謎の男
『臨時ニュースを申し上げます。大本営発表!大本営発表!帝国陸海軍午前7時発表。帝国陸海軍は南洋諸島に於いてアメリカ軍と戦闘状態に入れり』
そのラジオの電波は日本中を駆け巡る。米国からの先制攻撃であり、織田内閣もその事は強調して会見に臨んでいた。
「・・・つまり、卑劣なる米軍は隕石の武力制圧を目論んでおり、我が帝国は東亜の秩序と国際調和を鑑み、戦闘に踏み切ったのである」
襟詰めの軍服を身にまとっていた織田光長首相は歯切れの良い口調で映画ニュース用の演説を行っていた。ラジオや新聞媒体なら多少は緊張もほぐれるが、やはり映像となればそうはいかない。服装の乱れを気にしながら撮影に臨んでいた。
(これでは道化師だな)
首相となった織田は陸相時代に比べ軽率な発言を避けた。これがせめてもの心構えのつもりだった。
撮影を終え、織田は秘書と共に車に乗り込もうとする時、目の前に1人の男性が現れた。
「首相、待って下さいよ。ちょっとお伺いしたいのですが」
風貌は新聞記者のようだった。だが風体が悪い。
「私、毎朝新聞社政治部の服部義昭といいます」
名刺を渡された織田は溜息をつきながら口を開いた。
「宣戦布告に関しては先日喋らせてもらったつもりだが」
織田は服部という人間に不快感を抱いていたがこの場を切り抜ける為だ。
服部は胸ポケットから手帳を取り出し、話を切出した。
「いえ、私が伺いたいのは満州で密かに行われているある開発計画の件ですよ」
「貴様、何故その事を・・・スパイか!」
織田の大声で周辺にいた憲兵たちの注目を引くが、服部は襟に隠していたピンをちらつかせた。
「シッ!縁起でもない事仰らないで下さいよ。私は生粋の日本人ですよ」
服部は手帳には覚ませていた写真をみせる。写真は満州での開発しているそれと同様だったが、何かが違っている。写真に写りこんでいた周りの景色でその違いがようやく解った。
「これは・・・」
「そう、あの計画は既にアメリカに筒抜けです。それどころか、アメリカはわが国よりも早く実戦投入に踏み切るでしょう」
「何という事だ。恐ろしい私が一番恐れていた事が・・・」
日米戦争勃発から3時間後。服部と名乗る新聞記者との出会いはこの戦争に大きな影響を与えてゆく事となる。