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運命の首班指名

我々の世界によく似た世界。一つの隕石の存在が世界史を大きく変えてしまいます。第二次大戦モノをあつかった堅い戦争小説というよりは、SF小説の感覚で読んで下さい。

 奇跡的に急進的に文明開化を遂げた日本帝国。その帝都東京は、明治の頃よりその発展を見守ってきた。だが、今度ばかりは様子が違っていた。

 帝都の至る所に立ち込める黒煙。ピークは過ぎており、事態は沈静化していたが、その住民達の絶望は未だ治まってはいなかった。

 18年前の1923年のこの日、帝都は、日本史上最大級の大地震が起っていた。政府は素早い帝都の復旧を急ぐと同時に、地震の原因究明に急いでいた。震源地は太平洋プレートの中央。それは巨大な〈隕石〉の落下によるものだった。


 1941年9月1日。陸軍省でただ1人黙祷をささげる男がいた。

 (あれから18年か・・・早いものだ)

 織田光長陸軍大臣。

 彼の先祖は戦国武将織田信長であり、先祖顔負けの勇猛果敢な軍人であった。省内では大の政治家嫌いで通っており、統帥権問題では幾度と他の閣僚とトラブルを起こしていた。同僚達はそんな彼の事を先祖信長にあやかり、『うつけ大臣』又は『歌舞伎大臣』などと呼ばれていたのだ。

 廊下から駆ける音が聞こえて来た。

 「閣下!」

 部屋のドアを開けたのは陸軍軍務局長の柴田昭であった。

 「何だ騒がしい。」

 織田の前で直立不動となった柴田は興奮気味な荒い呼吸を静めてから口を開いた。

 「な、斎藤がついに倒閣します。現在、重臣会議が行われ、明日の朝には首班が指名されます」

 斎藤道信。今回が3度目の辞任で倒閣である。1度目の時、あの大震災直後に首班に指名され、『震災復興内閣』の立役者として有名な人間であった。今回の倒閣は以前から行われていたアメリカとの『隕石』の領有権問題での行き詰まりであった。

 「それは急だな。で、誰か名前は上がっているのか?」

 「それが・・・」

 柴田は言葉を濁していた。

 「何だね、省内には候補者の情報ぐらい入るだろう?」

 「閣下であります」

 間を空けず覚悟を決めた柴田の言葉に織田は一瞬無言になった。織田は暫く考える目をしながら、柴田に問いかける。

 「柴田君、それは何かの間違えではないのかね、第一私の大の政治嫌いはあの天子様もご存知であるはずだ。私は戦争屋だ、首班など縁の無い世界なんだよ」

 織田はおもむろにタバコを取り出し、マッチに火を付けた。柴田はだんだん白い煙に塗れてくる織田の表情を見つめ、口を開く。

 「畏れながら、実は自分も日米の緊張状態により混乱した陸海軍を上手く纏めれるのは閣下しかいないと思います。来るべき時に・・・」

 「もういい・・・」

 柴田の話を止め、織田は宮城の方角に向いた。

 「私は、天子様がもしアメリカと戦えといえば戦う。しかし、天子様がそれを拒否されるのであれば、素直に引き下がるつもりだ」

 窓の外は街灯がつき始めすっかり夜の景色になろうとしていた時だった。


 翌日、陸軍省では多くの報道陣が詰め掛けていた。

 「あのぅ毎朝新聞ですが、織田閣下に一言お話を伺いたいのですが?」

 対応していたのは軍務局長の柴田であった。

 「すまないが、閣下は不在だ。」

 「少しだけでも教えてもらえませんか? あの『隕石』の対米交渉は継続為さるおつもりですか?」

 「その件に関しては、また後にして頂きたい。」

 柴田はそう言うと、近くにいた係員に報道陣を追い払わせた。柴田は足早にそのばを去る。

 (・・・ったく、こんな時に気楽な連中だ!)

 軍務局の室内に逃れてきた柴田を待っていたのは、軍務局の高級課員の電話対応であった。

 自分の席につくと、ようやく電話を終え、受話器を置いた高級課員が寄って来た。

 「やはり、対米交渉は継続の方向のようです」

 「やはりそうか」

 葉巻を咥えた柴田は少し咽ながらも部署内の時計を見つめていた。

 (もう、時間が無いんだ・・・)


 時は数時間前に遡る。陸軍省から秘書官と共に自動車で参内していた織田光長は。帝から直々に首班指名を受けていた。

 「卿に内閣組織を命ず」

 玉座に深く腰をかけていた帝は、まさに神格そのものであった。少なくとも織田にはそう見えていた。直立不動の織田に対して言い渡す。

 「畏れ多くも・・・この織田、全身全霊を賭け、首班の大命、を享け賜ります」

 織田は深く頭を垂れた。

 「朕が貴殿を指名した理由、わかっておるな?」

 「はっ、存じ上げております。 隕石の領有権を主張する米国との交渉の白紙還元し、もう一度交渉することであります」

 「うむ、あの隕石には、不可思議な技術情報がのっており、初めに我が国が調査に乗り出しておる。国際協調を重んじてきた我が国は、研究情報の共有として、欧米諸国にも開放した。それはいい。お陰で我が国は多数の欧州諸国との共栄関係を築いてきたといっても過言ではない。しかし、米国がそれを撤回し、独占するという事は東亜諸国並びに、世界の秩序を乱す事となる。隕石の技術情報は民族の自存と自衛の為、役立たねばならん。それが米国で無くとも、固有の国が独占してしまえば野蛮なる弱肉強食の世と変わりはせん」

 帝は内閣に対しここまで私情を話されたのは極めてまれな事であった。

 東洋の小国である日本が単独でアメリカと渡り合える訳がない。正直織田はそう思っていた。

 (糞ッ!何故あんな隕石なんて落ちて来るんだ。ただの隕石ならこの様な事も無かったのに・・・)

 日本はとんだ貧乏くじを引いてしまったのかもしれない。自分が史上最悪のタイミングで総理になってしまった事を実感したのだ。


 「これは・・・」

 陸軍省にいる柴田が手にしていたのは在米日本大使から送られて来た電文であった。

 『米国政府。米太平洋艦隊ヲ南洋諸島ニ派遣ヲ決定セリ。注意サレタシ。』

 「奴等は仕掛けて来る気だ。対日交渉はタテマエだったんだ。」

 宮城から戻ってきた織田は柴田から電文を奪い食い入るように見つめた。

 「今まで身を削る思いで臨んだ交渉は奴らの飛んだ茶番だったのか。」

 「閣下、奴らの狙いは隕石だけでは無いと思います。初めからアジアが目的では?私は米国とソ連の関係がどうも気になるのです。隕石の調査権に乗り遅れた両国は力ずくで未来情報を奪取しようとしているんじゃ・・・」

 2人の表情が凍りついた。先に織田が話を切り出した。

 「なるほど、未来情報を持っているが、それを活用し切れていない現在は彼等にとって絶好のチャンスかもしれない・・・」

 「そして、戦後に技術情報を独占しようとする手か・・・」

 「とにかく、私が戦争回避工作を命じられた以上それを賢明に勤めればならん」

 柴田はその時、織田の官僚体質を見た気がした。事務処理や職務を忠実に全うしようとする姿勢は軍部のみならず、政界の鏡と言ってよかった。しかし、首班としての裁量としては柔軟さに欠けるのではないか? 柴田はそう感じた。後に解る事であるが、重臣会議で織田を首班指名した真の理由は、こうした織田の真面目さと、絶望的にもどう転がっても、日米開戦は避けられないとする所に行き着いた重臣達の貧乏くじだったのではないか? どうせ絶望的な運命が待っているなら、責任は織田に押し付ければよい、そうすれば何とでも言い訳ができる。

 「閣下、これはチャンスでは無いでしょうか?」

 柴田はそんな織田の立場を察して助け舟を出してみた。

 「この様に、米国は艦隊を南洋に派遣しています。これは事実上の戦闘体制に入ったと見て、帝に奏上してみてはどうでしょうか?」

 「それは、ならん。ならんのだ・・・」

 織田はそれ以上言うなという素振りをみせた。しかし、柴田はそれでも食い下がって見せた。

 「ではせめて、海軍に呼びかけ、万一に備え、こちらからも艦隊を派遣したらどうでしょうか?」

 「柴田。君の気持ちはよく解った。しかし、我々が今、行動を起こせば相手に口実を与えてしまう、今は耐えるのだよ」

 米国は明らかに日本の先制攻撃を狙っていた。織田にもそれは理解できていたのだ。もし、こちらから攻撃すれば、帝にも戦争責任が及んでしまう事になる。例え自分の決断が後世に汚点を残す結果となったとしても、帝とこの国を守らねばならない。

 「天子様の平和を愛されるお気持ちは理解している。例えこの事実が明らかになったとしてもそれは揺らぐことは無いだろう、だからこの戦争は、あくまで正当防衛でなくてはならん」

2人の間を刻々と時は過ぎてゆく。


 織田の組閣後、新聞、ラジオ等のメディアは一斉に対米交渉の継続か断念かの話題に集中していた。中には既に日本は開戦準備を整えているという噂すら流れていた。国民の世論は残酷な物で、織田の心情も知らず無責任に世論は一人歩きしている。中には「陸相時代の勇猛果敢さは何処へ消えたか? 宰相になったとたん回避に転じるとは、二枚舌か!」と中傷する者さえいた。

 『弱腰内閣』のレッテルを貼られていたのだ。前内閣が交渉の行き詰まりで投げ出した内閣だけにそれだけ国民から期待されていたのかもしれない。

 鋭い一部の評論家の意見では、今回の出来事は、隕石があっても無くても、起りえた事態といった評価もある。

 「馬鹿げておる。」

 織田は新聞を丸め屑篭にぶち込んだ。

組閣から既に3ヶ月が過ぎようとしていた。交渉は未だ足踏み状態である。両者一歩も引かずといったところだ。当時石油の大部分を米国からの輸入に頼っていた日本であるが、技術情報の理解により人造石油の開発と生産に成功はしていた。しかし、人造石油の生産には石油の抽出以上にコストがかかる為、交渉の継続には多少疑問点はあった。

 「人造石油の移行政策で以前より生産コストが上がってしまい、国内産業は大打撃を受けています。 これは政府からの援助でまかなえる物ではありません」

不機嫌な織田に対し、柴田はなだめる様に話しかけていた。しかしこの後、海軍からのある一報により、事態が急変するのだ。その一報は電話で知らされる事になる。

 「南洋諸島、トラック島にて米艦隊と交戦状態に入れり、これは演習にあらず」

 1941年12月8日日本時間午前7時。米機動艦隊のトラック島奇襲により、米国は日本帝国に対し宣戦を布告。織田内閣は直ぐに帝都に戒厳令を敷き大本営へと向った。


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