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第8話 (包帯だけ、回収すればよかった)

「お大事にどうぞー」


 どこか色っぽさ、名残惜しさを含んだ声が背中にかかるのに彩花は一応の礼儀として後ろを振り向いて小さく頭を下げた。それに対して、きゃあっとあがった歓喜の悲鳴に。


(黙れ、外見しか興味のないメスどもが)


 と内心辛辣に吐き捨てる。そして、医師が巻いてくれた右手の包帯をちらりと見て唇を緩める。唯子が、尊敬して、敬愛してやまない先生が、心配してくれた。

 正直、応急手当だけで十分。せっかく先生がよれよれだったが巻いてくれた包帯をとる看護師の女を睨みつけてしまったのは仕方のないことだと思っている。その端整な容姿から、過去に女性に無理に言い寄られたり誘拐されたかけた経験から彩花の目線は女性に厳しい。

 そのままタクシーを拾うために歩いて大通りに出て、手を挙げることで無事にのれたタクシーの中。行き先を携帯ショップですと告げると。


(包帯だけ、回収すればよかった)


 そんなことを考えていた彩花だったが、突然。ぴろりんと私用のスマホが鳴った。壊してしまったのは会社用だったため、「外にはどうしても出られないんです……」と心配げに泣きそうな顔をしていた唯子に私用のスマホのLIN○の番号を伝えてから、唯子が調べてくれた病院に行ったのだった。

 私用のスマホが鳴ることはほとんどないため、誰か……先生だったらいいなと一縷の淡い望みを託して画面をつけて新着を示すLIN○のページ。唯子とのトークルームを見ると。


 <病院終わりましたか? 怪我、縫うことになってたりしませんか? できればでいいので返信ください 17:41>

 <終わりました。縫うことにはなっていません、ただの消毒で終わったので大丈夫です。心配おかけして申し訳ありません。 17:45>


(なんでこんな可愛げのないことしか、言えないんだろう……)


 正直言って、いま彩花は唯子に心配されて死にたくなるほどうれしい。このまま死んでも無事に昇天できる自信があるほどだ。なのに、なぜ心の底から心配してくれているであろう唯子にこんな態度しか取れないのだろう。

 LIN○の返事だってそうだ。どんな言葉を並べてくれているのだろう、心配してくれているかな、気弱な先生のことだからきっと強い言葉なんて使わないだろうななんて考えつつ本当はすぐにでも開きたかった。

 でもそうすると既読がついてしまって、送ってすぐにみられると唯子に気持ちが悪いと思われるかもしれないとぐっと我慢した。それでも4分しか持たなかったけど。そして予想通りに強い言葉なんて使われずに優しい言葉で綴られていたメッセージに、泣きそうになった。

 そして、唯子からいつ返信があってもいいようにすぐにトークルームを出る。直後、ぴろりんとLIN○独特の音が鳴る。


 <そうですか、消毒ですんでよかったです。心配を押し付けてすみませんでした。もし明日来れるようでしたら、渡したいものがあるので普通にチャイム押してきてください。サプライズでもびっくりしすぎますから 17:50>

 <渡したいものですか、今日伺った方がよろしいでしょうか? 17:53>

 <いえいえ、大したものじゃないので明日でいいです。今日はゆっくり休んでくださいね、お大事にしてください。返信は不要です 17:55>


 唯子の声での再生が余裕すぎて辛かった。優しくてどこか甘い幼い声での脳内再生。そして脳裏に浮かぶのはひどく心配した顔をして彩花を病院へと送り出してくれた唯子の顔。

 いまもあんな顔をして文字を打ってくれていたのであろうか、彩花を心配して。彩花だけのために顔を歪める唯子……なんて素晴らしいのだろうか。

 返信は不要という文字も利き手である右手を怪我してしまった自分への配慮だろうと、彩花は気付いていた。


「ああ、もう……」


 愛おしいな、なんて言う甘い言葉は空気に溶けて消えた。胸がいっぱいで、この幸せの心地のまま帰って寝たい気分だが。仕事というものはそう言うわけにはいかない。

 携帯ショップで会社用のスマホを修理に出してその間のデータを移行してもらい、会社に戻って仕事をしなければいけないのだ。

 そういえば、唯子の『アオハル×メイカーズ』は大長編でまだ完結してないのだが、進捗状況を聞くのを忘れたな。と手痛いミスに思わず舌打ちがもれる。しかし、LIN○で返信は不要といわれているのに、返信ではないが連絡するのもなんか変だし。と妙に細かい性格が災いして、唯子に連絡できずこれとさらに本当に手の痛さもあったが。

 とりあえず、携帯ショップでおろしてもらって。待っている間に考えようと、ショップへと繰り出したのだった。


 結局、会社に出社はしたものの手の包帯について尋ねられ、正直にスマホで手を切りましたと言ったところ。編集部部長から「今日はいいから、帰りなさい。その代わり明日は頑張ってもらうから」という言葉を頂いた。

 正直な話、仕事を溜めるくらいだったらそのまま包帯をして仕事をしていたかったが、血がにじんできたところでドクターストップならぬ部長ストップがかかってしまい仕事はできなかった。ああ、これで明日先生に会いに行く時間が減る……と内心嘆きつつ。

 さりげなく仕事を持ち帰ろうとしたのだが、18歳年上の同僚に見つかって部長に叱られて無理やり帰らされた彩花だった。納得いかないと思う。


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