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第6話 「……どうやって、家の中に入ったんですか?」

 翌日の夕方。


「ユユユユユユユユノちゃん、どどどどどどどど」

「うん、まずは落ち着いて深呼吸するところから始めようかな!」

「深呼吸できないー!! してる場合じゃないー!!」

「いや、いま深呼吸しないでいつするのよ」


 ぐっと言葉に詰まってうつむいてしまった唯子に。PN(ペンネーム).俺。こと第29回オーバーラップWeb小説大賞で、見事『アオハル×メイカーズ』とともに大賞を受賞した創作友達の立花ユノはため息をついた。なにがあったかは知らないが説明自体できないのでは相談に乗りようがない。

 それにスカイプでもこの調子なのだ、家でどれだけうろたえて震えているのが目に見える。だが同時にいつも通り嬉しいことがあるときと同じくえへえへと雰囲気が嬉しそうだから、心配いらないと思ったが。


「で、とりあえず受賞おめでとう、なにがあったの?」

「!! ユノちゃん千里眼持ってんの!? 実は担当さんがついて!」

「あ、私もついたわよ」

「ほんと!? ってことはユノちゃんも受賞したんだおめでとー! でね、そのわたしの担当さんが!」

「あんたメールよく読みなさい、同列受賞よ。で、担当さんが?」

「16歳のイギリスからの帰国子女で銀髪青目の太陽神アポロンと並んでも遜色ない顔面のまぶしさを持つ美少年で、超冷たい目で見られちゃった! 蔑み顔! あざーっす!」

「それどま? (それどこまでがまじ?)」

「ぜんま!(全部まじ話!)」


 えへえへ雰囲気を崩して、イスの上で内股座りでにやける頬を押さえている唯子の後ろに人影が写ったような気がしたが執筆途中だったユノはコーヒーで口を潤しながら気のせいだろうと思った。なんせ、リアルではスカイプ越しにしか会ったことはない。一度、本当に一度だけ。リアルで会おうと言ったことがユノにはあった。あれは今でも最大の禁句だと思っている。

 白磁の肌は真っ青に染まり、絶望がその片方しか見えない青い目に宿った途端黒くなった画面に。取り返しのつかない言葉を放ってしまったのだと知った。

 それから、1週間はスカイプで連絡しても音信不通。なんとかメールで、リアルで会うのはなしにしようと話をこぎつけてやっと連絡は再開されたくらいだ。担当もきっと画面越しにあっているのだろうと思っていた、だから。


「へえ、先生は蔑まれるのがお好きで?」


 ざざざっと髪にマイクがこすれたのか、ノイズが入り。その直後に聞こえた高くも低くもない、まだ若い美少年ボイスに、ユノは再び口をつけていたマグカップの中にコーヒーを噴き出した。唯子の部屋に、他の人がいることを想像してなかったから。

 ぶっほぉぉ!! と汚い音をたててコーヒーを噴き出し、それが気管に入ってむせこんでいるユノを後目に、「ぷぎゃっ」と小さく子豚のような悲鳴を上げつつ震えて。後ろを振り向くのをまさに決死の覚悟ですと言わんばかりの顔に変えてゆっくり首をひねる前に。


「蔑まれたいんですか、ねえ。先生?」


 小さな耳元で追い込むみたいに密やかに囁かれて。羞恥に真っ赤になった唯子。また鼻血が出そうになったが、そうは問屋が卸さないとばかりに。むにっと反対方向の頬をつねられる。

 頬をつねられることで、我に返った唯子は一言。


「……い゛い゛え゛」

「なんですかそのものすごく後悔してそうな顔」

「……生まれつきこんな顔立ちです」

「嘘でしょう」


 顔を真っ赤にして、心底悔しそうに涙を流している唯子に冷たい視線のままツッコミを入れる彩花。

 できるなら罵って欲しかった、と唯子は思ったがどう考えても10歳以上年下の相手に罵られて喜んでいるのをたとえユノであったとしても見られたくはなかった。っていうか大人としての理性が邪魔したセウトどころか完全なるアウトだ。それだけはあってはならんと神からの啓示を受けた気がした。故に断ったのだが、顔には本音が漏れてしまったらしい。


「と、いうか。……先生、実在の人と繋がってたんですね」

「ど、どういう意味ですか!?」

「だって先生、昨日お会いした時もユメトくんユメトくん言ってましたし」

(やばい、考えてたことが口から出てた!?)

「スマホの画面も『アイドル×スピリッツ』の望月ユメトでしたし。そもそもこの部屋を見て先生がオタク……それも望月ユメトオタクであることを疑う人間はいません」


 しみじみと、部屋を見まわしながら言う彩花にぐうの音も出なくて縮こまることしかできない唯子である。そこら中……それこそ天上にまで張られたポスターやポストカード、タペストリー。棚にはぬいぐるみやフィギュアに寝床にしているロフトからはユメトくん抱き枕がチラ見している。ぐうの音も出ない。しかし知りたいことならある。


「『アイ×スピ』知ってるんですか?!」

「……まあ、やってますし」

「だ、誰推しですか!? やっぱりユメトくんの双子の妹、ユメコちゃんですか!?」

「……別に。推しなんていませんよ、ぼくはただ先生がブログでやってるっていってたから始めただけですし」

「え……わたしがブログやってたの、5年は前ですよ? Twitte○が布教されてからはそっちに移ってもうブログやってませんし……」

「知ってますよ」

「?」


 つまりはどういうことだってばよ? 唯子の中で疑問が膨らんで。首を傾げた。さらりと長い白金色の髪が揺れ流れたが、右目は以前隠れたままだ。本当に推しはいないのかとか、なんでブログやってたのを知っているのかとか、Twitte○に移行したのを知ってるのかとかいろいろ言いたかったけど。

 まず重要なことは。


「……どうやって、家の中に入ったんですか?」

「開いてました」

「へ、わたし鍵閉め忘れてました?」

「はい」


「いや、絶対嘘でしょ。それ」


「「あ」」


 スカイプをしっぱなしなことを。呆れ顔のユノの存在をすっかり忘れていたハモった2人の声に。ユノはこいつら……と頭を痛めたのだった。


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