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第4話 「膝とは足の関節部分を指しますので、これは太腿枕ですね」

「うう……なんかめちゃくちゃいい匂いするぅ」

「先生前世は犬かなんかだったんですか?」

「違います、きっとセミ……ふふ、7日間しか生きられないこの命の脆さと儚さを小説に……って誰ですか!?」

「先生の担当編集者の彩花です」

「ふひぃ! そうでした!!」

「ふひぃってなんですか、ふひぃって」


 冷たい目線が突き刺さるも、それすらもご褒美といわんばかりに両手を口元にやって。えへえへ笑っている唯子は気がついていない。自分が今どこにいるのか。


(いまの冷たい視線いいな! ぜひユメトくんにやってもらいたい……、『アオハル×メイカーズ』の挿絵が8割がた終わってるから、それが終わるか休憩の合間にでも冷たい目で見下ろすユメトくん描きたい……いや、描くんだ!!)


 ユメトくんとは、唯子がやっているリズムゲーム『アイドル×スピリッツ』の推しキャラで。天使ような愛らしさと天真爛漫な笑顔がうりの美少年キャラである。ちなみに唯子、小説家になろうにも載せている挿絵を自分で描くタイプの小説家になろう小説家だった。その時の名前はあたりめである。


 なぜって? 絵をかくときのお供があたりめだからであって、部屋のごみの中にはあたりめの入っていた筒状の容器がごろごろ転がっていた。まあそれもいまは姿を隠しているが。


「でも、小説にそれだけ心を傾けられているのは素晴らしい心がけですね」と本当に薄く微笑んだ彩花に、その下から見た淡い笑みに、笑顔を見れた幸福感と共に唯子はやっと違和感を覚える。ついでにまつげも銀色できらきらと輝いていて、その長さに驚いた。


 そう、下から見た。


 じゃあ唯子はいまどこにいるのかという部分に思考が流れる。枕は固いが温かくて時おりぴくりと動く。ということは……。


「あああああの」

「なんでしょうか、先生」

「もし気のせいだったら蔑んでいただいて構わないんですけど! もしかして、わたし……膝枕されてません?」

「いえ、別に蔑みませんけど……違います」

「そ、そうですよね! わたしみたいなの」

「膝とは足の関節部分を指しますので、これは太腿枕ですね」


 なにか問題でもありますか、といわんばかりに淡々とした瞳で見下げてくる彩花には全く悪気というものがない。当然だろう、だってこの状況が作られたのは、間違いようもなく唯子のせいなのだから。勢いよく起き上がって、涙目で彩花を見る。


「ふ、ふ……な、なんで普通の布団に寝かせてくれなかったんですか!?」

「寝かせようかと2段ベッドに行ったのですが、あいにく荷物置き場になっておりまして。敷布団なのかと思ってクローゼットを開けたら……」

「あ、」

「ゴミが雪崩を起こしまして」


 頭の中に0.01%しかなかった存在であるゴミたちに。幸い生ごみはなかったので片付けて玄関に置いてありますが。ちらりと玄関の方を見ながら付け加えられた言葉に、唯子はもう一度気絶しそうになった。ちなみに唯子の寝床はロフトであるが、なぜ二段ベッドがあるかというと。唯子にとってのロマンとしか言いようがない。結局荷物置き場になっているが。


 だってだって、このまばゆいばかりの美少年に汚部屋なんか……ましてや29歳喪女のゴミなんかを片付けさせてしまったという事実が重くのしかかる。そう、膝枕なんて目じゃないほどに。いや、そっちも随分と目だったんだけど! と頭を抱える唯子に、「大丈夫ですよ」さらっと彩花は告げる。


「部屋の掃除もついでにしておきましたし、食事も作っておきました」

(スパダリかよ……)

「先生?」

「はっ! あ、あの。ありがとうございます。ごめんなしゃい」


 噛んだ……噛んだ……圧倒的感謝しかない場面のお礼で噛むとか私は何歳児だよ! 29歳児? もうすぐ三十路とか言うな! ああほら彩花さんも顔背けてるー!! 笑えよ、笑えばいいじゃんか!! 肩震えてんのばれてるんだから! 内心誰に向けていいかわからない怒りに叫んでいれば。実際、笑ってくれた方が何倍もましだった。


「……どういたしまして、じゃあもう大丈夫そうなので。料理を召し上がりながら契約について話を聞いてくだ……いえ、やはり契約書を汚すと大変なので後にしておきましょう。お雑炊、持ってきますね」

「す、すいません」

「お気になさらず」


 顔をキッチンの方へと背けたまま、さっさと立ち上がり歩いて行ってしまった彩花の。髪に隠れた耳がほんのり赤かったのには一切気付かなかった唯子だけが、のろのろとローテーブルを元の位置に戻そうとお気に入りの猫のカーペットの上で奮闘していたのだった。



「……なにやってるんですか? 先生」

「テーブルがわたしのいうこと聞いてくれないんです……」

「それは……テーブルは生き物じゃありませんから」


 10分くらい経って、家主の唯子すら存在を忘れていたミトンを両手にはめた彩花が。

 これまた唯子に存在を忘れられていた、ピンクのハートの鍋敷きと共にいい香りのする鍋を持ってきた時に。

 唯子は彩花にため息とともに冷たい視線と正論を頂いたのだった。正直ご褒美だった。


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