第10話 「ご褒美かひどいのかどっちかに統一しなさいよ、喪女ヒキニートが」
その日の夜。
「でね、彩花さんわたしをいじめるんだよ! 正直ご褒美なんだけどひどくない!?」
「ご褒美かひどいのかどっちかに統一しなさいよ、喪女ヒキニートが」
「……ねえ、最後の罵り必要だった? ユノちゃん」
ノートパソコンで執筆しているユノに、唯子の方もイラストのラフ画を描きながら。作業台にて。どう考えても八つ当たりとしか考えられない言葉。しかし本当でしかない言葉に静かに問うた唯子に対して、ユノは淡々と真顔で返す。
「どう聞いてもあんたの話って惚気だから、どの視点から見ても惚気以外の何ものでもないから」
「どこが惚気なの!? わたし、彩花さんとの関係について真剣に話してるんだよ!」
「そういう言葉選びだよ!! うちのクソ担当と交換してほしいくらいだわ!」
「い……いくらユノちゃんでも、彩花さんはあげないんだから!」
「ほれみなさい! 大体ね、料理作ってもらいました、膝枕してもらいました、ファンって言われました、あんたに会いたくてこの業界入りました、終いにゃ合い鍵渡しました……どこが惚気じゃないんだ言ってみなさいよ!」
「えっと……全部!!」
「張り倒すわよ」
ユノちゃん酷い!! 画面の向こうで作業台にテーブルにえぐえぐ半泣きで突っ伏した唯子に、ユノは柔らかいため息をつく。
この見かけが小さな友人の危機管理能力はザルだザルだとは思っていたが、まさかの枠だった。囲いだけ、中身なしである。
でも、この子が三次元の人間関係で悩んでいるのを初めて見たなと思った。いつもはユメトくんユメトくん。なにか悩んでることがあったと思えば『アイドル×スピリッツ』の鬼級がフルコンできないとかそんな正直くだらない内容のものしかないかと思っていたのに。
「成長、したのよね……」
「え? ユメトくんが? ユメトくん青年バージョンは確かに公式で出てるけど正直あんま好みじゃ」
「誰もあんたの好みについて聞いてないわよ。っていうか、本当に美少年好きよね唯子は。同年代の彼氏とかほしくないの?」
「え……あ……。だ、だって。この見た目に寄ってくるなんてロリコンだし、男の人は力強いから怖いし、その……」
「あーごめん、いまのあんたには彩花さんがいるもんね。愚問だったわ」
「あ、彩花さんは関係ないよね!?」
そんなに真っ赤な顔で何言ってんだか、とからかってもよかったのだが。顔を上げて、両手を横にふっている唯子があまりにも慌てていて。横に置いていた紅茶のカップを倒しかけたために、そんな軽口は叩けなかった。
そもそも、男に対して「力が強いから怖い」と言っている時点でなにかトラウマがあるのだろう。そこを無理やり叩くなんて鬼畜な真似、ユノには出来なかった。
そして、慌てていた唯子が急に真面目な顔になって。手を組んでゲンドウポーズを決めたところで、流れは持っていかれたためもある。あまりにも真剣な顔をしていたため、何ごとかと眉をひそめたユノ。
「ユノちゃん、わたしさ。かわいいとイケメンは両立できないと思ってたんだよね。だって、可愛いの反対語がイケメンで、イケメンの反対語が可愛いと思ってたから。あ、不細工とかそういう答えは求めてないんで。でも異論は認める」
「まあ……、そうよね。可愛すぎてイケメン! とかイケメンすぎて可愛い! とは言わないもの」
「でもさ、今日。見ちゃったんだよ。太陽神アポロンすら嫉妬するほどにまばゆい顔面がさらに輝いていて、なおかつそこに子犬的な可愛さを含んだ表情を」
「彩花さんか……」
「ユノちゃん!? まさか第3の目がっ!」
「ないわよ」
あんたが話題にする人間なんて限られてて、なおかつあんたに直接会えるなんて言うのは担当くらいしかいないだろうが。何度つっこめばいいのだろう、この枠頭の友人に。
はあーと深いため息をつきながらからだを倒せば、ぎいいとイスが鳴いた。どうしたの? 執筆でお疲れなの? 夜にスカイプしてごめんね! と勝手に自分を責める方向に謝りだした唯子に。
「大丈夫よ、ちょっと疲れただけ。で、彩花さんが何?」
「『先生、どこにもいかないでください』ってまばゆい顔で……きゅるるんって!! もう、嫁にしたくなっちゃう顔で言うから!!」
(あっちはたぶん、婿になりたいと思ってるでしょうけどね)
「ユノちゃん?」
「ううん、なんでもないわ。ほんと、うちのクソ担当と変えてほしいくらいの出来た子よねと思って」
「あ、あげないよ!?」
「わかってるわよ」
ふっと遠い目をしたユノに、そんなに担当さんと相性悪いのかなと考えた唯子だったが。さすがに彩花さんはあげられないと断固抗議をしておいた。
ストレスたまってない? と唯子が問うと、暫時ぴたりと動きが止まったユノが。ノートパソコンを横に追いやって「た゛ま゛って゛る゛ぅ゛ー」とノイズがかったざらざらな声を出して突っ伏した。担当に相当いじめられてるらしい。
こんな時、どんな言葉を掛ければいいのかわからないコミュニケーション能力がほぼ7歳で止まってしまっている唯子がおろおろしていると。ばっといきなりストレートをふんわりと巻いた髪を振り乱しながら立ち上がり、ユノは宣言した。
「でもいいの、来月末ラノベフリマだから! 私倍率の高い校長室ゲットしたのよ! 来月にはカクヨムコンの大賞発表で名前が売れるし、売り上げも倍増だわ!!」
あーはっはっはと腰に手を当て近所迷惑もなんのそのと言わんばかりに高笑いするユノに、唯子は苦笑した顔の裏で考えたのだった。
(ラノベフリマってなに?)
と。




