喧騒のなか人は
喧騒のなか人は忙しなく各々の目的地に向かう。
僕もそんな群衆の一人である。ただ違うのは、目的がないことだった。こんなふうに目的を持たない人間が繁華街にでると何をどうしていいか分からないものである。なぜ電車で三十分間も揺られて、ここに来たかと訊かれると「なんとなく」としか言えない。ここには何にでも揃っている。服屋、お洒落なカフェ、映画館、大型書店、ショッピングモール、エトセトラエトセトラ。それらを求めていたような気もするし、ほんとに何も考えずにここまで来てしまったのかもしれない。
まったく自分というのはよく分からないものだ。こんなことなら家でゴロゴロとしとけば良かったと後悔してしまい、家に帰ろうかと気持ちも揺らいでしまうけれども、着いたばかりで引き返すのも交通費の無駄に思えてしまって、つい何か時間を潰せそうな場所を探してしまう。
しかし、人の波に流されてばかりで足を止める瞬間はなかなか訪れない。はて、このまま波に乗ったままだとどこに出るのか。ふと頭に浮かんだ疑問の答えを出してみようかと流れに身を任せることにすると随分と心が休まった。
流されているうちに前方の背広を着ていた猫背の男性が立ち喰い蕎麦屋に入った。うしろのお婆さんは友達と待ち合わせしていたのだろう「あっ」と歓声を漏らすと流れから逸れてしまった。左前の学生であろう青年も香水がほのかに香る女性も流れを変えていく。結局は僕もいつのまにか流れから外れたらしく、ただ一人とぼとぼと歩いていた。なんとも寂しな思いをして運んでいた足を止めてしまった。振り返るとさっきまでの人の流れがあったが、今更混じる気にもどうにもならなかった。
初めまして、作者のひやむぎです。
このたびは読んでくれてありがとうございます。
毎週火曜日に連載する予定です。お気に召しましたら幸いと思います。
では、また翌週に。