クリードの過去
クリードの記憶をさかのぼる。
俺という魂と同化したこの体にはクリードの記憶が残っているが、それは記憶をさかのぼる、ということを意識的にしないと情報が引っ張れない。
クリードの生まれ故郷はジルコニアという島国だった。今いるノーザンバーグ共和国とは海を隔てて隣国ということになる。
「悲惨な生活だな……」
クリードの幼少期の記憶を見ていた俺は、思わず顔をゆがませた。
完全な身分社会。小さな町で生まれたクリードは非魔術師の庶民の家に生まれた。庶民といっても親は貧しい農民で、生活は困窮。
6畳ほどの広さの部屋にクリードの両親と3人で生活する毎日。もっとも、この両親はクリードを愛してくれていたようだ。
だが、家を一歩出たら状況は一変する。
町の領主やその取り巻き、魔術師の子供たちからいじめられる光景が数多く記憶されていた。殴る蹴るは当たり前。やり返すことはご法度。時には、いじめをかばった両親含め暴行にあった。町の他の非魔術師の連中は見て見ぬふりか。
「この体の傷跡はこいつらの仕業だったのか。」
体中に所々に刻まれている切り傷、火傷の跡、恐らく刃物はおろか魔法すら使ってのいじめだったのだろう。
自分の事ではないのに腸が煮えくり返る。
やがて、疲労と心労が重なって父は他界。その後は母が独りで養っていたが、そんな母も父を追うようにして病気になり他界。
働き口を求めて工場の多くある港町に流れ込む。
「そこで、ゴーレムに出会ったということか。」
自分の育った小さな町では見たことのないゴーレムを見て、クリードは心躍った。ゴーレムを整備する工場で何とか働かせてもらい、メンテナンスができるまでにはなった。
給料は低く、生活は厳しい。だが、その仕事にやりがいは感じていたようだ。この時期がクリードにとっては人生の中で唯一の幸せな日々だったようだ。
だが、その状況はある日を境に一変する。
「ハッ、クリード、お前、拉致されたのか。」
地球でも他国から拉致されるということはないわけではないが、かなりレアなケースと言える。まぁ、日本人にとって他国から拉致されるというのは特別な思いがないわけでもない。だが、あまりにも状況が似ているとも思ってしまった。
拉致された先がここノーザンバーグ共和国というわけだ。
クリードの記憶の中では、ノーザンバーグ共和国という国の評判はすこぶる悪い。
共和国と言いつつも、独りの指導者による独裁制で、かつその指導者は世襲制と来たもんだ。さらに、国は貧しく国土も狭い癖に軍事力を強化し、近隣諸国を恫喝する。もっとも、恫喝する相手はサウザンバーグ共和国と故郷のジルコニアの2か国くらいか。
拉致された後の待遇はまた悲惨なものだった。それは今自分が身をもって体験しているが、粗末な食事と毎日の長時間労働、それに逃亡を許さない厳重な警備と暴力。
「俺の元いた世界も大概だとは思っていたが、お前も苦労したんだな」
ついつい、クリードというに人間に同情以上の親しみを覚えてしまう。
クリードがここに連れてこられて抱いた感情、それは一言でいうと絶望と憎しみ。
生きては帰れないという絶望は筆舌しがたく、そこに至るまでに随分とここで暴れたし、逃亡しようとも考えたようだ。だが、いずれも失敗に終わっている。
憎しみもまた半端ない。
それはそうか。やっとのことで掴んだ幸せな毎日を突如奪われ、仕事内容こそ同じかもしれないが、奴隷のように働かされる毎日。仕事が遅れれば殴られ、蹴られ、罵詈雑言が飛んでくる。そして、ノルマを達成するまでは眠ることさえ許されない。アルスマンとハーケン、それにノーザンバーグ共和国に対する憎しみは相当深く、俺の心までも憎しみに染まっていくような感覚を覚えた。
それもまた悪くないか、と思ってしまった。
よく考えれば、この世界に転生しても俺には生きる目的が無かった。勿論、ただ生きるというのもアリだとは思う。ここからどうにか逃げ出せれば、ここで得た魔術の知識を使って面白可笑しく生きていく事も可能かもしれない。
だが……
クリードのこれまでの生き様を見るに、この世界は随分と俺にとって住みにくい。人を人とも思わない魔術師。虐げられる非魔術師を見て見ぬふりをする非魔術師。そしてクリードを拉致したノーザンバーグ共和国。
全てがわが身可愛さを追究し、他人に対する優しさや配慮などは存在しない。
もっとも、クリードの生い立ちを知った今の俺からすれば、そんな連中と同じく、自分以外の全てがどうでもいいと思うが。
「やりたいように生きてみるか。とりあえず、ここを脱出する。あとはここで得た知識を使えば面白いことの一つや二つできるだろう。」
ここを脱出するためには準備がいる。そしてここを脱出するには恐らく今まで経験したことのない暴力的な行動が必要になるだろう。だがまぁ、人を拉致して悪いとも思わないような奴らのことを考える必要も無い。
何にせよ、鍵を握るのはゴーレムだ。俺にゴーレムを扱わせたことを後悔させてやる。