標準APIと拡張API
クリードになってから1週間が経った。
そして、ここがどれだけ劣悪な職場かを理解した。
6時 起床&朝食(固いパンとクソマズイスープのみ)
7時 仕事開始
12時 昼飯(朝食と同じ)
13時 仕事開始
1時 仕事終わり&就寝
自由な時間は休み時間と睡眠時間のみ。土日の休みもないことが分かった。
前世の俺の職場もブラックだったが、ここも相当なものだ。しかし、労働時間もそうだが、栄養が足りない。ああ、だからクリードはこんなにやせた体をしてるんだな。もはや自分の体なのに、何故か他人事のようになってしまう。
なお、ここの工場はゴーレム以外にも様々な魔道具を作る工場でもあった。いや、正確には魔道具をメンテナンスするための工場といったほうが正しいか。
魔道具はゴーレムに比べて遥かにメンテナンスが楽ではあるが、同時に扱う数も多いようだ。従って、ゴーレム工場にはアルスマンとハーケン、それに俺の3人しかいないが、魔道具工場には30人近い従業員がいるようだ。
だが、その魔道具工場もゴーレム工場とさして待遇は変わらない。数名の魔術師の管理者にその他大勢の非魔術師が働く、という感じ。
ちなみに、彼らとは食堂は一緒だが、それ以外に接点がなく、従って会話もない。
さて、ゴーレムの構造については大方理解できた。
調べていくうちに面白い情報に出くわした。それは標準APIと言われる、ゴーレムのオペレーティング・システムに予め搭載されたプログラムだ。
地球におけるプログラミングでも、何もすべてを開発者がイチから作るわけではなく、例えば文字や数字、それに時刻を扱う処理など、利用頻度の高い処理は予め標準的なプログラムが用意されていて、開発者はそれを流用することができる。
それと似たような標準APIというものがゴーレムのオペレーティング・システム内にも搭載されていたというわけだ。
もっとも、似ていると言うだけであって、標準化されている内容は全く異なる。
「錬金APIだと?…… 標準化されるには少々物騒な名前だな。」
俺は唸った。搭載されているプログラムが古代語で書かれた魔術式をベースにしているとはいえ、いきなり出てきたのが錬金APIときたら、流石に驚く。
だが、その内容を調べていくと、確かにゴーレムにとっては必要な処理だと理解した。
「成程。損傷した体の復元に用いるということか。」
ゴーレムの体は基本的に石材、木材、鉱物といった個体かつある程度耐久性の高いものでできている。だが、耐久性が高いというだけで、損傷しないというわけじゃあない。従って、損傷したパーツを取り換えるなどのメンテナンスが必要になるのだが、欲しいパーツが常に手に入るわけじゃあない。
「だから、物質を錬成するAPIが用意されているのか。」
物質の錬成
それは、物質を臨む形状に変化させるための魔術。応用すれば形状変化だけでなく化学変化も取り入れることができる。確かに、この魔法を使えば、損傷したパーツを応急処置することはできるだろうな。
「これ、マジックオーブとパワーポットさえあれば、俺にでも使えないかな?」
残念ながら俺には魔力がない。従って、マジックオーブだけでは動力となる魔力が不足して魔術は発動しないだろう。だが、ゴーレムはその魔力をパワーポットからの魔力供給で補っているのだから、それを俺も活用できないか? と考えたわけだ。
俺は、錬金APIを取り入れた、ちょっとしたプログラムを書いてみることにした。
プログラムの書き方はAPIを拝見させてもらう中である程度理解したから、サクサクと書ける。
「さぁ、これで上手くいけば、ちょっとした丸い石ができるはず。」
書いたプログラムは簡単だ。
魔術発動者が右手に持つ物質の形状を球体に錬成する。
言葉で書くとたったこれだけだが、これをプログラムするともうちょっと長い文になる。
ブォン――――
マジックオーブが光り、パワーポットから魔力が供給される。
すると、俺の右手にもっていた石が光り、やがて奇麗な球体になった。
「ふはっ、ふはははは、こりゃいい。随分とあっさり魔法が発動したもんだ。」
俺は小躍りした。
つまり、この実験で、魔力が無い人間でも、マジックオーブとパワーポットを用意すれば魔法が使えることが分かった。さらに、マジックオーブに搭載されているAPIを解読していけば使える魔法の種類も増えていく。あとは、そのAPIを組み合わせて自分に使い勝手のいい魔法を作っていけばいい。
まるで、夢中になれるおもちゃを与えられた子供のように、俺は目を輝かせてAPIを食い入るように読み込んでいく。
◆
何体かのゴーレムのAPIを調べていくうちに、俺はあることに気づいた。
それは、搭載されているAPIに違いがあるということ。逆に、共通して搭載されているものもある。つまり、標準APIがあるのなら拡張APIもある、ということに気づいたのだ。
例えば、今触っている木材でできたゴーレムには気温を操作するためのAPIが搭載されていたが、その前に触っていた金属製のゴーレムにはそれが無かった。逆に、金属製のゴーレムには重力を制御するためのAPIが搭載されていた。
そして、すぐにその目的に気づく。
「ゴーレムによって用途は違うし、それに合わせて素材も変わる。素材が変われば必要となる魔術も変わってくるわけだから、そこに必要とされるAPIの差が生じたということか。古代文明ってのは侮れないな。」
あくまで推測だが、金属でできたゴーレムはやはり重量があるので、それを円滑に動かそうとすると重い体が邪魔をする。だから、重力制御の魔法を使って重量をコントロール使用としたのだろう。木材でできたゴーレムの場合、温度変化によってパーツの損傷が考えられる。それを防ぐために、温度をコントロールようとしたのだろう。
「重力制御のAPIに気温調整のAPIか。これは中々便利そうな機能だな。」
特に重力制御のAPIはかなり高度な技術だと言える。地球でも重力を制御する技術は確立されていないから、魔法という技術には驚かされる。
「一体、魔法がどういう仕組みで動いているのか、本当はそれも知りたいところではあるが、今はこっちのほうが面白い。」
まだまだ調べるべきゴーレムは腐るほどある。
それから1週間もすると、工場に置かれているゴーレムの半分以上は調べがついた。
「ゴーレム制御用のAPIを筆頭に、魔力操作、センサー、気温操作、錬金、重力制御か…… 過剰すぎるほどの知識が手に入ったものだが、いかんせん覚えきれない。できれば自分用のマジックオーブを手に入れてそこに詰め込みたいな。」
ただ、ゴーレムにマジックオーブは一つのみ。それを盗み出してもどうせばれる。だとすると、造れないか? とも思ったが、それは中々骨が折れそうだ。とはいえ、時間はかかるかもしれないが、やってみる価値はある。
だが、その前にふと思うことがあった。
「そういえば、何故ここでゴーレムや魔道具を整備している?」
ゴーレムも魔道具も戦闘用のものだ。つまり、ここで整備されたゴーレムや魔道具は軍隊ないし、それに近しいところに届けられるはず。ならば、これらを誰がどこで使うのか? 興味がわいてきた。
それだけではない。
そもそも、クリードはどこからここへやってきたのだろうか? 肉親は? どういう経緯でここへやってきた? そして、何故自殺した?
これまで目の前にあるゴーレムという知的好奇心をくすぐる存在があって、さして深く考えることのなかった問題に俺は向きあう必要があると感じた。