虎熊の空の旅
とにかく時間を稼がせる。
暗仁と黒影の二大戦力を追加投入した俺は魔術式の実装に入る。
といっても、大した実装じゃない。
使用する魔法は移転魔法。
術発動者から半径10メートル四方の空間を、その上空10キロメートルの位置に転移させる。術発動と合わせて、現在の座標を割り出し、高さに関して現在地より10キロメートル加算した数値を移転魔法にセットするだけだ。
この魔法を2体のスケルトンのマジックオーブにコピーし、発動可能状態であることを確認する。
「何をする気なの?」
ゴーレムのマジックオーブと格闘する俺を見ながらシーラが心配そうに尋ねてきた。作戦の詳細を知らないシーラからすれば不安でしょうがないか。なんたって、この作戦がこけたら、俺だけでなく自分も死ぬかもしれないんだもんな。
「なぁに、自然の力を使ってあいつを殺すのさ。」
実際にあの虎熊を殺すのは重力による落下という自然の摂理。俺も同じ危機を迎えたことがあるが、俺には重力制御魔法があったのでダメージ無く着陸できた。さて、虎熊にはそれがあるかな?
上空10キロメートルからの落下なんて、人間なら跡形もなく飛び散る。それが重量数トンはありそうなあの虎熊だったらどうか? 当然、受ける衝撃エネルギーは人間の比じゃない。
「自然の力って言われても分からないよ! ちゃんと説明してよ!」
「説明している時間はない。まぁ、見てろ。そして祈っててくれ。」
ヒステリーを起こすシーラを無視して、セッティングを終えたスケルトンたちを伴い、家の外に出る。家の外ではまだ戦闘が続いていたが、既にデヴァスト3体が大破…… 暗仁と黒影はまだ健在だが、必死に虎熊の攻撃を受け続けており、いつまでその状況が持つか分からない状況だ。
殲鬼は何とか片方のガトリングガンの修復が終わったのか、射撃を行っているが、どうにも調子が上がっていない。どこかガトリングガンの内部構造に異常が残っているのかもしれない。もはや、戦力の大幅ダウンは免れず、次に攻撃を喰らったら完全にノックアウトだろう。
時間はない。
「スケルトン2体。行け!」
俺の掛け声と合わせるように虎熊に突進していくスケルトン。武器は何も持っていない。虎熊にタッチできればそれで十分なのだから、彼らの役割は身を軽くしてでも虎熊に触れること。
自らも10キロメートル上空に飛ばされ、恐らくその後は大破するだろうという運命が待っているにも関わらず、それを恐れないスケルトンという名のゴーレム。ゴーレムのメリットはこの死をも恐れないところだろうな。
人間の兵士なら絶対こうはいかない。
「デヴァスト残機はスケルトンの護衛だ。虎熊の攻撃を一切スケルトンに当てるなよ?」
いくら修復力が高いスケルトンと言えど、虎熊の攻撃を一度でもうければ恐らく行動不能になる。つまりゲームオーバーだ。
暗仁と黒影に邪魔され、殲鬼にちょっかいを出された状態ではスケルトンなどに手を出すゆとりもなく、スケルトンたちは確実に虎熊に接近していった。そして彼我の距離が5メートルを切ったところで猛然とダッシュ。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺が突貫するわけではないが、何故か声を張り上げて応援してしまう。
そして、ついにスケルトン1体の手が虎熊に触れた。
「お前は強力な敵だったよ。それじゃあ、空の旅を楽しんで来い!『空間転移』!」
そして、スケルトンと虎熊の姿がこの場から忽然と消えた。
数十秒経過したころだったか
空から虎熊が降ってきた。しかも頭かからだ。手足をバタバタさせているが、無駄なあがきだな。どうやら空を飛んだり重力魔法をつかったり、といった最悪の自体にはならなくて済みそうだ。
「正確な計算はできんが、落下スピードはマッハを越えるだろ。地球の乗り物ならどんなものでもそんなスピードでモノにぶつかったらイチコロだ。」
俺の横でシーラの喉がゴクリとなる音が聞こえた。
「さぁ、お前はどうかな?」
そして、虎熊は頭から地面に激突。
ズッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
すさまじい音と共に砂埃が舞う。一気に視界が失われ、虎熊の状態を確認することはできないが、とりあえず作戦は成功だ。
あとは、虎熊の生存を確認するだけ。
サーチャーに命じて、虎熊が落ちてできたクレーターの中心を見てみることにしたが、ズタボロになりピクリとも動かない虎熊がそこにいた。
「原型をまだとどめているところは流石だが…… 俺の勝ちだな。」
俺は安堵の表情を浮かべ、その場にへたり込んだ。