知らない土地
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
目を開けばそこは空の上でした。
「なんて、バカな話があるのかよおおおおおおおおお!」
事実、俺は空を絶賛フリーフォール中だ。どうやら移転魔法の高度の指定がよろしくなかったようだ。だが、よくよく考えてみれば、まだましなほうだったのかもしれない。これ、座標を間違うと地中の中に転移しました、なんてオチもあるんだよな、きっと。
それに、フリーフォールしても少なくとも数十秒は稼げる高さだったのは良かった。例えば高さ20メートルとかだったら考える間もなく地上に激突する。
というわけで、少し冷静に考え、重力魔法を展開。引数に重力を0.001倍、に指定する。俺の体重が恐らく60キロくらいだろうから、なんと60グラム程度の重量になるわけだ。体積は変わらず、重量だけが60グラムなわけだから、それこそ空気で満たしたゴミ袋が落ちてくるようなもの。
無事、地表に着陸した。
「マジ死ぬかと思った……」
それにしても重力魔法は本当に使える。これまで何度お世話になってきたか知れない。本当に、あのゴーレム修理工場でこの魔法を知ったのは僥倖としか言いようが無い。
俺はドッと疲れてその場に座り込んだ。
色んな事があった。イルベンスの町の惨事、そして移転魔法からのフリーフォール。
「アルバ、サーシャ、それに…… シーナ……」
絶対に死んだはずだ。地下室かつ、エアコンの空調能力が備わっていてあの熱量だ。町は壊滅だっただろうと容易に想像できる。追ってきた連中は間違いなく俺を追いかけてきた。だから、三人を含む町の人たちが死んだのも俺が原因だ。
俺一人が生き残るために、何千人もの人が命を落とした。
「フッ…… フハハッ…… ふはははははははははっ。あーーーはっはっはっ。 本当にふざけた話だ。俺が悪いのか? あんな牢獄のような場所から逃げた俺が悪いっていうのか? 何も悪いことはしていない。ただ気づいたらあの場所にいた。あのままだったらいずれ死んだだろう。だから逃げた。逃げるために人も殺した。 で? 今度は殺しちゃいないが俺のせいで死んだ! 俺は悪くない! ただ…… ただ、生きたいと思っただけだっ!」
人気のない草原に俺の大声が響き渡る。
大声で思いのたけをぶちまけたせいか、少し落ち着いた。
「それでも、アルバ、サーシャ、シーナ。お前たちには悪いことをしたと思っているよ。恨むなら恨んでくれていい。ただ、俺も一つ目標ができた。」
俺は決意に満ちたまなざしを空に向ける。ノーザンバーグがどの方角にあるのか分からなかったが気持ちはノーザンバーグの方を向いている。
「あの国はいずれぶっ潰す。」
この体の主人であるグリードを拉致し、強制労働させ、さらには国民すら平気で殺した。
もしかしたら、俺の知らないところで良い面もあるかもしれない。だが、知ったことじゃない。
今は国を亡ぼすなんてそんな大層な力はないが、何年かかってもいい。一泡吹かせてやりたい。
そう心に誓った。
◇◆◇
さて、気持ちの整理がある程度着いたところでこの先のことを考えなければならない。まず、俺はグリードの故郷のジルコニアという国に移転したつもりだ。確かに移転した先はこの通り陸地なわけだが、残念ながらどこかの草原のようで、ここがジルコニアかどうか分からない。
とりあえず人がいる集落についてここがどこなのかを知らなければならないだろう。
というわけで、まずは偵察…… と言いたいところだが、サーチャーを全機失ったことに気づいた。
そういえば、鹵獲されたサーチャーは一矢報いてくれただろうか。
俺との通信が一定時間途絶すると、一酸化炭素をまき散らした上に爆発するという仕掛けなんだが、一人か二人くらいは殺してくれているとありがたい。
ちなみに、何故一酸化炭素をまき散らすかというと、一酸化炭素が最も簡単に作れる毒ガスでることと、他のもっと殺傷力の高い毒ガスは生憎化学式を知らなかったからだ。だが、一酸化炭素中毒で相手の自由を奪うことができたらその後の爆発もモロに喰らってくれる可能性が高くなるので一石二鳥ではある。
とにかく、サーチャーがないことには偵察はできない。作るのはいいがちょっと今日はそんな気分にはなれない。あとはトリスターにまたがってその辺を飛び回るというのも手だが、流石に今日は疲れた。色々と限界だった。
「日も少し傾いてきたことだし、今日は早めに休むとするか……」
俺は空間魔法でテントを取り出し、設営を始める。テントの外には暗仁 と黒影の二体のゴーレムを警護につかせ、タラス山地越え用に用意した食料をかじり、さっさと寝ることにした。
◇◆◇
次の日、目が覚めた俺はトリスターにまたがり周囲を探索しだした。あまり高度が高いと、人目に付きやすいかとも思ったが、今は逃亡しているわけじゃないので気にならない。
やがて、草原を抜けた先は一面山や森が広がってた。まさに山林と言った感じで、木々は日本にもあるような杉などの針葉樹林から広葉樹林まで様々。まさに雑木林とはこのことかと思いながらも、森の上を走り抜けていく。
「流石に、森の中をトリスターで走りぬく気はしないな」
トリスターはおおよそ時速60キロメートルほどで走る乗り物だ。そんなスピードで森の中を走ったら1分も立たずに気に激突するだけだ。
だが、そんなことを思いながら走っていると、突然何かがこちらに飛んできた。
「うぉっ? あっぶねぇ」
だが、それは一つではなく次から次へとこちらに飛来する。
それは矢だった。
矢が飛んでくる方角を見ると、森の中にいくつか櫓のようなものが立っていて、そこから人間のような風体の生き物が矢を射かけてきていることが分かった。
「あれは…… 人間じゃないな。」
褐色の肌に尖った耳、そしてつぶれた鼻。眼光は鋭く背は小さい。
後から知ったが、それはゴブリンという名の魔物だった。