エリーゼ少佐
ノーザンバーグ共和国が誇る3人の戦姫。
彼女たちは個の戦闘力に秀で、そこに戦略や作戦はあまり意味をなさない。そのような小細工は圧倒的かつ理不尽な戦闘力によって簡単にひっくり返ってしまう。
例えば、こんな実話がある。
長城を超えて南のサウザンバーグ王国がノーザンバーグ共和国領に侵攻してきたことがあった。総勢3万人を超す大軍である。この3万人の軍勢はノーザンバーグの防衛ラインである長城に大きな穴をあけ、付近の村や町を侵略し、破竹の勢いで攻めあがってきた。
そんな勢いある大軍の前に突如姿を現したのはたった一人の少女だった。
当然、サウザンバーグ兵は首をかしげる。
3万人を相手にたった一人で戦いに臨もうというのか? と。
当然、サウザンバーグ兵は大いに笑った。ノーザンバーグはサウザンバーグに比べて貧しいとは聞いていたが、わずか3万人相手に1人しか、しかもこんな少女しか派遣できないほど困窮しているのかと。
だが、その数刻後、サウザンバーグはこの世の地獄を見ることになる。
当時、若干15歳という若さで陸軍少尉になったエリーゼは得意とする火属性魔法を放つ。その魔法は指定した地点から半径1キロメートル四方を太陽の表面のごとき高熱で焼き尽くす――――いや、もはや消滅させるといったほうがいい。
魔法の名は『クリムゾン・フレア』。
今ではノーザンバーグでも禁術指定となっており、国家最高指導者の命令以外では発動することを禁じられているが、それはこの惨事が原因と言われている。
とにかく、逃げる時間などない。発動したが最後、その魔法効果領域内にいる者は皆消滅した。
勿論、その範囲外にいた者もただでは済まない。
熱波がすさまじいスピードで広がり、瞬時に黒焦げになったもの、重度の火傷を負ったもの。などなど、たった1発の魔法で瞬時に2万もの人命が失われるに至り、サウザンバーグ兵は大混乱に陥る。
指揮命令系統は崩壊し、恐慌となった兵士たちは我先にと死に物狂いで自国領内に戻ろうとするが、戻れたのは100名足らずだったといわれている。
『火蝶』
それが彼女に送られた二つ名だ。別に蝶のように美しい振る舞いなどしてはいないのだが、確かにその美貌は蝶と呼ばれるに値する。
金色に輝くツインテールの髪に勝気な赤い瞳。小柄で華奢なその体からどうしてあれほどの魔法が放てるのか、皆不思議でしょうがない。
エリーゼはいつも退屈だった。
生まれはこの国でも高名な魔術師の家系。しかも、建国時の功臣の家柄とだけあって、生まれてこの方地位にも金にも困ったことはなかった。
物心ついたころには魔法なんて簡単に扱えた。それこそ体を動かすのと大して変わらないほどに簡単なことだった。
しかも、魔術師と言えど、魔道具の力を借りなければ魔法を使うことはできないのが一般的であるにも関わらず、エリーゼは魔道具を使わずとも魔法が使えた。
これは体内にマジックオーブの役割を果たす器官が備わっているからであり、エリーゼのような存在はただの魔術師ではなく、高位魔術師と呼ばれる。
とにかく、権力、地位、金、実力、全てにおいて恵まれた存在。
それがエリーゼという存在だった。
彼女からすれば、必死に魔法を身に着けようとする者、必死に金を稼ごうとする者、必死に権力者に取り入ろうとする者が理解できなかった。ただ、そのような存在を面白いとは感じてはいたが。
「あらあら、必死ですこと。」
それが彼女の口癖だ。
とにかく、暇を弄ぶエリーゼはグリードの探索と追討という任務があるという話をサラミスから聞いた時に手を挙げた。
「最近暇してますから、遊んできますわ。よろしいでしょう?」
勿論、サラミスとしても断る理由はない。簡単にそれに承諾した。ただ、釘をさすことも忘れない。
「あまりやりすぎないようにね? 君の部隊はいつも過激だから。」
事実、これまでの任務で国内の町や村を地図上から消滅させることがしばしば。
「あらあら、庶民が多少減っても誰も困りませんわ。」
こうなるとサラミスは笑うしかない。
エリーゼの率いる中隊200名はイルベンスの町を眼下にとらえた。
これまで探索に訪れた町や村はいずれもハズレだった。ゴーレムもしくはその匂いを少しでも放つものをつかむことができなかった。
だから、恐らくこの町にターゲットがいる。
エリーゼは薄く笑いながら愛馬の腹を蹴り、街道をイルベンスに向かって走り始めた。