つかの間の穏やかな時間
新たなゴーレム、殲鬼を作成している間、暇な時間を見つけてはシーナの家庭教師をしていた。アルバは泣いて喜んでいたな。どうやら相当算数が苦手のようだ。
「それじゃあ、まずはどの程度計算ができるのか試してみよう。」
「よっ、よろしくお願いします!」
息巻くシーナに気圧される俺。正直人に勉強を教えたことはあまり無いので、そこまで期待されても困る。
「まあ、とりあえずこれを解いてみてくれ。」
そうして手渡したのはまずは簡単な足し算と引き算。2ケタ台の数字を使った計算問題だ。まぁ、シーナの年齢的にこれくらいは簡単に解けるだろう…… と思った俺が馬鹿だった。
20問くらいだから5分程度で終わるだろうと思ったが、待つこと20分。漸く終わったようだ。そして答え合わせをするのだが――――
「ふふふっ、正答率50%か…… すまん、舐めてたわ。」
「でしょ? 半分も正解したのよ。褒めてー」
「褒めるか! こっちは満点とるかなって思って出題してんだよっ!」
ちなみに、シーナは17歳である。
「結構難しい計算だったんだからしょうがないじゃない。」
「はぁ…… でも分かった。要は計算問題の場数の問題だよ。」
「場数?」
「そう。この程度の計算問題って、解き方も大事だが、いくつも問題を解いているうちに覚えちゃうんだよ。答えが合っている問題もあるから解き方は分かるんだろ?」
「うん、そりゃあね。」
「あと、解き終わった後の見直しだな。お前見直ししてないだろ?」
「見直し? 何それ」
ため息が出そうになるが、そういう風に教わっていなかったらしょうがないと割り切る。だから、見直し方法を教えると、「そんな凄いやり方が……」なんて唸られるわけで、大した事を教えているわけでもないのにこっちが恥ずかしくなる。
「さぁ、見直し方法が分かったら、後はひたすら問題を解くだけだ。」
俺は紙とペンを持ってひたすら問題を書いていく。この国にパソコンとプリンターがないのが残念だ。
気合でどんどん問題を作っていく俺に、シーナの顔がどんどん青白くなっていくのが見て取れた。
ノート一冊分くらいの分量の問題を作り終え、いい仕事をした!と俺がすがすがしく感じているときに、その横ではシーナが死んだ魚のような目をしていたのは気づいていたが会えて無視する。
「さぁ、これを夕飯までにやり切れ。」
夕飯までにはまだ5時間近くある。
「こっ、これを夕飯までに?? 無理に決まってるじゃない!死んじゃうわ!」
「無理かどうかは聞いていない。それにこの程度で人間死にやしない。やれ。」
「このっ、鬼!悪魔!」
シーナの罵声を躱し、俺は部屋を後にする。
なぁに、1時間後にバグを直して本番リリースしろ!なんて茶飯事のIT技術者に比べれば大したことはないさ。あ、俺、そんなことやってたから過労死したんだっけか。
なんて考えつつまた地下室に籠ってゴーレムの作成を続ける。
◆
こんなスパルタな学習方法を続けていると、シーナの計算のスピードと正確さはぐんぐん伸びていった。詰め込み教育…… というのとはちょっと違う気がするが、結局勉強はある程度反復を繰り返すことで頭に定着させるからな。解き方を教えればそれで大丈夫というわけにはいかない。
いずれにせよ、この勉強方法に慣れて次第に余裕と笑顔が垣間見えてきたシーナに俺も自然と笑みがこぼれてくる。
「グリードは先生になるべきだと思うのよ。」
ある日唐突にシーナがこんなことを口にした。
「問題を作るのが大変だからお断りだな。」
この1週間、ひたすら手書きで問題を作りまくった俺の指はちょっとしたペンだこができていた。キーボードに慣れ親しんだ俺に紙とペンは辛すぎる。
「しかも、俺は教えるのは得意じゃない。この一週間だってひたすら問題を解かせるしかやってないぞ?」
「でも、おかげでかなり計算は早くなったわよ? これだけできればお父さんもきっと驚くわ。」
こんなシーナに微分積分やら三角関数を説明し始めたらきっと発狂するに違いない。
いや、別にシーナを馬鹿にしているわけではなく、国、世界、時代、その他もろもろの様々な背景や環境で教育内容や教育レベルなんて変わってくるのだから仕方ない。
「ふっ、お役に立てて何よりだよ。」
「その人を小ばかにしたような言い方が無かったら言うことなしなんだけどね。」
ほっぺを膨らませるシーナを笑いながら、穏やかな時間が流れていく。
だが、そんな時間はそう長くは続かなかった。