イルベンス②
眠りから覚めたのは、アルバが俺を起しに来たからだ。寝る前は日の光が差し込んだ2階の部屋は今は既に暗く、日が落ちたのだということを知る。
「旦那、夕飯の支度が出来ましたぜ?」
「んん? ああ、今行く。」
男に、それも35歳の中年男性に起されるのもなんだかなぁ、という感は否めないが、流石にまだ会ったこともないアルバの奥さんや娘を男が寝ている部屋に起しに行かせるわけにも行かない、というのはよくわかる。
俺はヨロヨロとアルバに連れられて3階のダイニングに足を運んだ。
そして、そこにはアルバの奥さんと娘が既に席に着いていた。
「旦那、紹介しますね。こっちが妻のサーシャで、こっちが娘のシーナです。」
サーシャは上品でおっとりした感じの女性だった。美女という感じではないが、可愛らしい、癒されるような感じの女性。きっと仕事で疲れて帰ってきても彼女に晩酌でもしてもらえれば疲れも一気に吹き飛びそうだ。
シーナは利発そうなきりっとした表情が特徴の女の子。だけど、それがきつく感じないのはサーシャの血を引いているからだろうか。アルバとサーシャのいいところをもらった、そんな印象を受けた。
どちらも黒髪なのはこのノーザンバーグ共和国の種族的特徴なのかもしれない。もとい、グリードも黒髪だが。
「サーシャと申します。道中、夫の危機を救っていただいたと聞いています。どうもありがとうございました。」
「シーナです。お父さんがお世話になりました。」
挨拶も卒ない。
この国の教育水準がどの程度かは知らないが、作法は行き届いているようだ。ただ…… アルバの危機を救ったというのはどういうことだ?
俺はついついアルバに視線を向けるが、当のアルバは困り顔で「まぁまぁ」といった感じでさっさと食事に移ろうとする。
「まぁ、あなたったら、お客様に対してちゃんと挨拶させてくださいまし。フフフッ、でもまぁ、グリード様もおなかが空かれているご様子ですから、早速食事にしましょうね。」
「お母さんと私で作ったんだよー」
俺は食事に目を移すが、確かにシーナが胸を張るだけはある。立派なステーキに、山盛りのサラダとパン。そして恐らくトマトか何かをベースに作ったと思われるスープが並んでいる。
ステーキは、アメリカ人が食べるような分厚さ。食事は豪勢に頼むとは言ったものの、食べきれるか自信が無くなってきた。
「こんな豪勢な料理は久しぶりだな。いや、楽しみだ。ありがとうございます。」
そこから楽しい食事がスタートする。
「この町ではいつもこんなに豪勢な食事を?」
「フフフ、まさかまさか。これはグリード様がいらっしゃっている間だけですよ。」
「豆と小麦はともかく、お肉と新鮮な野菜は高いんだよね。」
「そうでしたか、何だか余計な気を遣わせちゃいましたね。」
「旦那、気にしないでください。その分しっかりといただいてますからねぇ。」
「おいおい…… 子供の前でお金の話は良くないだろう。」
「むー、子供じゃないもん。グリードさんとそんなに年齢変わらないでしょ?」
言われてみればそうか。元の年齢は30だが、今の俺は20歳のグリード。目の前のシーナと3歳しか変わらないはずだ。
「ごめんごめん、そうだったね。」
「何だかグリードさんって、ちょっと大人びているというか、本当に20歳?」
「…… おじさん臭いかな?」
ちょっとショックだった。とはいえ、最早20歳頃の感性なんて忘れている俺にとって、どんな喋り方、どんな答え方をすれば年相応なのか分かったものではない。だが、どうやら違ったようだ。俺の問いにシーナはぶんぶんと首を振る。
「ううん、違うの。町の若い男の子はお金の話なんてしないよ。お金があれば、パァっとお酒と遊びに使っちゃうもの。それで次のセリフは『俺は偉大なハンターになるからお金は後からついてくる!』だもんね。グリードさんはそんな男の子達とはちょっと違うかなぁって思ったの。」
シーナの言葉、厳密には「ハンター」というワードに思わず反応してしまう。そういえばこの町には沢山のハンターがいるという話だったな。施設からの道中、ハンターが獲物とする魔物と言われる生き物には出くわした記憶がないが…… 興味はある。虎やライオンみたいな動物でも狩猟するのだろうか。
だから、聞いてみることにした。
「ハンターというのは俺も良く知らないのだが、彼らはどんな魔物を狩猟するんだ?」
「旦那、そりゃ色々としか言いようが無い。この辺の森だったらレッドグリズリーやホワイトビッグボアなんてのがメインだし、山のほうに行けばタイタスフェザーという巨大な鳥もいる。ああ、あと、出くわすことはまずないと思うが、山には氷雹竜ってぇ化物もいる。まあ、氷雹竜を狩ろうとするハンターはまずいないと思うがね。」
とりあえず、名前だけ聞いても良く分からないが、ネーミングだけは強そうではある。別に戦いたいわけではないが、いずれ道中出くわすのなら一度は見ておいたほうがいいかもしれない。そうしなければ準備ができない。
そんな風に考え込んでいると、シーナがアルバに非難の声を上げた。
「お父さん、グリードさんをハンターなんかにしないでよ? あんなのろくでなしのやることよ。」
「もっ、勿論だよ! あんな職業、命がいくつあっても足りない。やるもんじゃねぇ。」
「そんなに危険な職業なのか?」
『当然!』
「……」
まぁ、魔物と戦うという以上、安全ではないのは確かだろうが、俺が考えている以上に危険な職業のようだ。もっとも、今の俺にハンターになるという目標はない。
「それに、ハンターは魔術師が基本だからな。俺達みたいな非魔術師はお呼びじゃない。」
「非魔術師はハンターになれないのか?」
「そういうわけじゃないが、非魔術師でハンターになったところで、魔物を殺せる殺傷性の高い武器がないって話だ。魔法の補助なしで剣や槍、それに弓で倒せるほど魔物は甘くない。それでも俺だったら上手くいくはず!、って奴らが毎日のようにハンターになってはすぐに死んでいくんでね。この町はそういう奴らを何万何千と見てきた。」
「なるほどな。いや、いい話が聞けた。この町にいる間にハンターになりたいなんて言わないから安心してくれ。ちょっと気になっただけだ。」
「ひ弱そうなグリードさんがハンターになるなんて言ったら、それこそ爆笑ものだけどねー」
「ぐぬっ」
シーナの言葉に返す言葉がない。実際問題、ゴーレムが無かったら俺なんてその辺の子供にすら劣るだろう。
このようにして久しぶりの楽しい夕飯の時間が過ぎていく。
食事の後は風呂にも入らせてもらえた。まったく至れり尽くせりでここが天国ではないかと錯覚するほどだ。あの施設では風呂に入らせてもらえることすら無かったからな。
「よく考えたら、夕飯の時って俺、めちゃくちゃ臭かったんじゃ……」
実は極力息を止めてました、なんてシーナが暴露してきたら凄まじいダメージを受けそうで怖い。
だが、そんな馬鹿なことを考えられるほど、リラックスできたということで、風呂に入ったらそのままベッドに倒れこむように入り。睡眠をむさぼった。