魔道具の整理
歩くよりも空を飛ぶほうが目的地へ早く到達できる。それはその通りだ。
現に、トリスターは最大時速80Kmで飛行可能なので、歩くことと比較することすら憚られる。
ただし、トリスターでの移動は目立つ。
人気のない荒野を突き進むのであればいいが、田畑や放牧が広がる土地を飛行すれば、それはもう目立つ。町や村の付近を飛ぶなど論外だ。
従って、移動は基本的に夜間。人が寝静まっているだろう時間を狙って飛ぶようにしている。寝床はどうしているかというと、毎回錬成魔法で地面や壁に穴を開けて、寝られるスペースを作っているわけだ。
「テントがあれば楽だが、あるはずもない。」
今日の寝床はちょっとした崖の岩を錬成魔法でくりぬいて広さ10畳程の部屋を作った。この部屋の作り方は、確かに雨風はしのげるが、いかんせん通気性は最悪だ。原始人は主に洞窟に住んでいた…… なんてことを昔勉強した記憶があるが、原始人は通気性をあまり気にしなかったのだろうか? とふと思った。 まぁ、どうでもいことだ。
寝床が整えば、あとは寝るまで施設で集めた魔道具のマジックオーブの中身をチェックする作業に没頭する。
どんな魔術が保存されているのか? その魔法はどんな仕組みで動くのか? そういうことをプログラムを追いながら理解していく。
結果として、面白い魔法が2つ。
1点目:空間操作魔術API
2点目:隷属魔術API
の二つだ。
それ以外にも役に立つ魔法はたくさんあったが、この二つはその特異性からして際立っていた。
空間操作魔術APIは端的に言えば、自分専用の異空間を作り出すことができるというもの。
この魔法は二つの処理で成り立っているといっていい。
最初の処理は異空間自体を作り出す。空間の広さ、時間経過の有無、温度、空間へアクセスするためのIDとパスワードの設定などを決めていく。
ちなみに、実際に異空間を作ると、その空間に識別IDが付与されるようだ。確かに、他人が作った異空間を、第三者がアクセスできてしまっては問題がある。
次の処理というのが、実際に作成された異空間へのアクセスだ。そのために、識別IDを使ってアクセスする異空間を指定し、物を異空間へ送る、異空間から取り出す、中身をチェックする、といったことができる。
ものすごく便利な魔法であることは間違いない。しかも、最初の異空間を作る際には多大な魔力を消費したが、作った異空間にアクセスするのは大した魔力を消費しない。
早速、縦横高さ50メートルの空間を作り、持ち物の出し入れをしてみた。無事に成功したときの感動と言ったらない。
この空間を操れる魔術式を組み込んだマジックオーブを、俺が二つとゴーレム2体に1個ずつの計4か所に仕込んでおくことにした。元々俺だけが持っていればいいか、というのもあるが、万が一俺の持っているマジックオーブが破壊された場合、目も当てられない自体が発生する。さらに、俺が2個持っている理由としては先に挙げた、マジックオーブが破壊された時のスペアだ。
一応、このマジックオーブには、さらに硬貨魔法を常駐起動させるようにしており、ちょっとした攻撃程度では壊れないようにはした。だが、用心するに越したことはない。
隷属魔法APIは、簡単に言えば相手を隷属して意のままに操るためのもの。恐らく、この世界に存在しているのかどうか分からないが、奴隷商人なんて存在が使うためのものだろう。
この魔法の面白いところは、微量なマジックオーブを相手の体内に埋め込むという物理的なプロセスが必要なところだろう。
そのために、これは錬金術のAPIの範疇ではないか?とも思うのだが、マジックオーブを液状化するプログラムが用意されている。
この液状化したマジックオーブが対象の体内に入り込み、隷属魔法発動時のレシーバー兼簡易プログラム発動のためのデバイサーとして作用する。
例えば、奴隷の主が奴隷に「死ね」と言った場合、その「死ね」という言葉を奴隷の体内のマジックオーブが受信し、奴隷を殺すための魔法を発動させるとい仕組みだ。
逆に、奴隷を解放する場合のプログラムも用意されていた。隷属魔法発動時のレシーバー兼簡易プログラム発動のためのデバイサーとなるマジックオーブの破壊・抹消を行うための魔法だ。つまり、これを知っていれば、仮に自分が陥れられて奴隷になったとしても、奴隷から抜け出せるということを意味している。
今すぐ使うことはないが、一応用意しておこうということで、液状化したマジックオーブを作成しておき、異空間にしまっておく。そして、自分が装着しているマジックオーブには隷属化と隷属化解除の魔法を発動できるようプログラムを準備しておくことも忘れない。
こんな旅を続けているうちに、タラス山地の麓にある大都市、イルベンスにたどり着いた。