宿舎での戦闘
宿舎での戦闘の状況は、詳細は把握できていないが、悪くない状況だというくらいは把握できている。流石にゴーレムとサーチャー全てが送ってくる映像と音声を把握して適切な指示を出すのは不可能だ。処理能力が足りなさすぎる。
ただし、何体が活動中で何体が破壊されたかくらいは分かる。
元々、宿舎には10体のゴーレムと10体のサーチャーを派遣していた。その体勢で奇襲をかけ、相応の成果は出た。
ゴーレム数体で表と裏の出入り口を塞ぎ、残りは1階の窓という窓を破壊し、建物の中への侵入を開始した。
ゴーレムは建物といった遮蔽物が多い場所での戦闘が意外と性に合っている。元々、動きが緩慢なゴーレムは、人間相手でもうまく攻撃が当たらず、逆に人間の方はフットワークを生かしてアウトレンジから攻撃を仕掛けるなどしてゴーレムを仕留めるというケースが多い。
だが、逆に人間の動き回れるスペースが限られる建物ではゴーレムの攻撃が良く当たる。それに加え、ゴーレム達のオペレーティング・システムには追加開発した常駐プログラムが稼働しており、恐らくそれを目の当たりにした宿舎の職員共は慌てふためくだろう。
ちなみに、10体のゴーレムと10体のアーチャーが第一陣とするならば、第二陣は既に到着し、戦闘に参加している。東西南北の門を攻略していた、計8体のゴーレムと8体のアーチャー達だ。いずれも無傷で宿舎に到着済みだ。
建物に入ったゴーレム達のカメラを覗いてみると、建物の中がどれほど悲惨な状況なのかがよくわかる。
ボロボロに壊された家具。それに壁や床も所々大きな穴が空いている。
壁の焦げ跡は恐らく魔術師が魔法を使ったのだろうが…… 建物の中で火属性魔法を使うとか、自殺願望があるとしか思えない。
「お、交戦中じゃないか。」
どうやら、ゴーレムとマンツーマンで戦闘を行っている男がいた。顔に焦りは見られるが、懸命に槍を振るってゴーレムと戦闘を行っているのが分かった。
「どれどれ、宿舎に向かいながら戦闘を眺めるとするか。」
◆
そのゴーレムと戦闘を行っていたアンドレという男は槍を構えてゴーレムと対峙していた。対峙といっても、動きが止まっているわけではない。底なしの体力と思えるほど動きが衰えないゴーレムと戦闘を継続するも、どれくらいの時間が経ったか、既にアンドレには分からない。
が、槍術の師範にもその腕を認められ、ノーザンバーグ共和国においてもある程度名の知れた名槍【ヴァルモンテ】を扱う者としてはここで踏ん張らないわけには行かない。
名槍【ヴァルモンテ】
勿論、魔道具である。その効果は爆散。刺した個所を中心にちょっとした爆発を生じさせる。生身の人間相手ならかすり傷でも致命傷だ。
当然、その効果はゴーレムに対しても有効。現に目の前のストーンゴーレムの体を何度となく爆散させた。何度手足を破壊したか知れない。
だというのに……
「なんだ、何故直る??」
あり得ない。何度壊しても見ているそばから修復されるゴーレムをみてアンドレは顔が青ざめた。
いや、ゴーレムの修復機能自体は話に聞いたことがある。だが、こんなに早く直るものなのか?
「くっ」
このままでは、先に魔力と体力が尽きるであろう自分が先に負ける。だからこそ、最大限の一撃で一気に倒そう。アンドレがそう思ったのも無理はない。
ブン、ブン
ゴーレムのパンチが休むことなく繰り出される。このパンチにも、いや、ゴーレムの動きにもアンドレは焦りを覚えていた。
「ゴーレムはもっとトロイんじゃあなかったのかよっ!」
体の動きを大きくして左右に回避するアンドレに余裕はない。捕まれたら最後、圧倒的な重量とパワーで押し潰されるのは目に見えていた。
それでも、まだ戦っていられたのはアンドレの力量が施設内でトップクラスだからなのだが、こんなゴーレムが他の職員にまで襲いかかっていたら、まず助からない。
(対応できそうなのは、所長にマオ、それにダインくらいか? クソッ!)
アンドレは当然、名前をあげたうちの二人が既に死んでいることを知らない。
ゴーレムの動きを捌きながら、どうにかチャンスを作り、ある程度の距離を稼いだアンドレは大技を繰り出す。
「こいつは疲れるから使いたく無いんだが…… 覚悟しろよ?」
アンドレが持つもうひとつの魔道具、【ブースト】。それは発動中の術者の肉体を強化し、運動能力を高める。が、使用中は絶えず魔力が消費されていくので、アンドレが使える時間は5分ほど。
「ブースト発動!…… からのぉ! 一転突破ぁ!」
これまでに無い動きで一気にゴーレムに襲いかかるアンドレ。狙うはゴーレムの弱点、マジックオーブだ。
一転突破
それは最速の刺突であり、アンドレのブーストと組み合わせれば、少なくともこの施設内で回避できるものはいない。さらにヴァルモンテの爆散を加えれば、敵に対して大ダメージを与える。
グリードの改造を受けたゴーレムでも、アンドレの動きにはついていけなかった。そしてアンドレのスピードは衰えることなく、正確にゴーレムの胸を捕らえた。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
つらぬけっ!
突き崩せ!
ぶっ壊れろよおおおお!
アンドレが吠える。
一撃で決めないとまた再生し、それはアンドレの敗北を意味する。だから必死だ。
だが幸運にもヴァルモンテは深々とゴーレムの胸を貫いた。
ニヤリ
アンドレから笑いがこぼれる。
「お前は本当に厄介な奴だったよ。それじゃあな。爆散!」
ドゴォォォン……
爆発音とともに、爆風とゴーレムの破片が舞う。
爆発は肉体の内部で発生させるほど威力が強い。胴の内側から爆発を受けたゴーレムは上半身を吹き飛ばされ、活動を停止した。
「ふぅ…… 何とか上手くいったか……」
アンドレは額の汗をぬぐった。びっしょりと汗が流れ落ちるのを見て、ここまで手こずる相手はいつぶりかと自問する。
「共和国軍兵士ならランクCクラスはあるぞ、こりゃ……」
Sを筆頭にAからEまでランク付けされた個人戦闘能力におけるCランクともなれば、エリートとも言われるレベル。
しかも、そんな相手が何体もいる。施設職員ならまず勝てないだろうとすぐに思い至る。
「この施設はもう持ちそうにない。近くの町の軍隊に知らせないと…… 」
と、宿舎から出ていこうとしたところである音に気づいた。
パチパチパチパチ
それは拍手の音。思わずその音の方を見たアンドレの前にグリードが姿を表した。