蹂躙
ここは施設の北門。
常に門を警備する兵士が2名常駐している。彼らの役割はこの施設で強制労働させられているクリード達の逃亡を阻止すること。
つまり、外からの侵入者に対する警備というよりは、内側からの逃亡者への対応が役割だ。そんな逃亡者は非魔術師かつ、大した武装も持てないだろう、ということで、彼らの装備も実に軽装備というものだった。
布地の軍服に魔術杖。腰にはサーベルを携えている。
この施設の労働者相手にはそれで十分だろう。だが、ゴーレムとサーチャー相手には、その軽装備は自殺行為とさえ言えた。
この日、門番の警備に当たっていたのは18歳のケリーという青年と、20歳のハンスという青年だった。生まれながらにして魔術師の家系に生まれた二人はノーザンバーグ共和国の陸軍に入隊。その後数年の軍務の末、ローテーションとして回ってくるこの施設の警備役を命じられた。
これまで何度か逃亡者を捕まえては、泣き叫ぶ逃亡者を嗤いながら魔法で焼き殺すなんてことをしてきた。随分楽な仕事で、むしろ逃亡者が少ないときは暇を持て余すほどだった。
だが、今その二人の顔は大いに引きつっていた。
「なっ、何だよあれっ!?」
見たことはある。ただし戦ったことはない。戦う場合は専用装備で臨まない限り、良い結果は得られない。軍学校では教官からよくそのように教わったものだ。授業中はフンフンと聞き流す程度だった。何故ならそんな物騒な存在が自分たちの目の前に現れるなんて夢にも思わなかったからだ。
「ゴッ、ゴーレムだとっ!?」
今、ケリーとハンスの目の前に暴虐のキラーマシーンが姿を表した。
◆
「ファイヤーボール!」
「ファイヤーアロー!」
火属性魔法ではオーソドックスな魔法を一斉に仕掛け、ケリーとハンスはゴーレムのダメージを確認しようとした。
「やっ、やったか!?」
「いくらゴーレムの防御力が高いと言っても、限度があるだろう。1発で駄目なら何度でもお見舞いしてやる。」
ゴーレム相手には、特に石材でできたゴーレムには火属性魔法は効きにくい。できれば土属性魔法で強力な物理攻撃を仕掛けるのが良いとされていたが、残念ながら二人の持っている魔術杖には土属性魔法はセットされていない。
そして、爆炎の中から何事も無かったかのようにノソリノソリとこちらに向かってくるゴーレムを見て、二人は心底恐怖を感じた。
ならばと思い、再度魔法を発動しようと杖を振りかざしたところで杖を持つ腕に振動が走る。
パリイィン
それは何かが魔術杖を破壊する衝撃だと理解したのは、魔術が発動しなかったから。
「ファイヤーボール! あれっ? 魔法が発動しないだと!?」
「嘘だろ? ファイヤーアロー! こっちもだ! えっ、マジックオーブが……」
ハンスが眺めた魔術杖には肝心のマジックオーブが砕け散っていた。そしてケリーも同様の状況で、一体何があったのか?と周囲を見渡す。そこで見たのは二人が今まで見たこともきいたこともない黒い飛行体。
「なっ、何だあれは……」
やがて、何かが自分に向かって飛んでくるのは分かった。それはどんどん自分に近づいてきて、目と目の間、丁度眉間にぶつかると、そのまま吸い込まれるように頭の中に入ってくる。
「ア……」
その言葉を最後に二人の意識は永遠に戻ることは無かった。
◆
「東西南北の門は全て制圧完了。全く拍子抜けだな。」
正直、もう少し苦戦するかと思っていた。元々の想定ではサーチャーが敵を捉え、ゴーレムの高い戦闘力で蹂躙する、というものだったが、ゴーレムの出番は特になく、闇夜にまぎれたサーチャーの釘の射出で難なく殺すことができた。
逆に言えば、サーチャーが思いのほか対人戦に有効だという結果を知ることになった。魔術師と言えど、想定していない不意を突かれた攻撃には弱い。その強度は非魔術師、つまりただの人間と殆ど変わらない。
「魔術師といっても、魔法が使えるだけのただの人間というわけだ。恐れを抱きすぎたな。」
まぁいい。計画はすこぶる順調。
俺は門にいるゴーレムとサーチャー達に宿舎に向かい殲滅作戦を支援するように命令を出す。俺の周囲にはゴーレムとサーチャーが捉えた映像がウィンドウとして表示され、常に状況が分かる。これは便利だ。
ただ、管理する数が多すぎるのはいただけない。既に俺の管理能力はフル稼働。正直適性な管理と適切な指示が出せているとは思えない。
「これは改善の余地ありだな。できれば、ゴーレムの管理をゴーレムに任せてしまいたい物だが。まぁ、それはおいおいの話として、到着だ。」
目の前には魔道具工場の入り口がある。この中には恐らく数十名の拉致強制労働者達とそれを監督する施設職員がいるはず。
目的は明確で、施設職員の殺害と、魔道具に取り付けられたマジックオーブの回収だ。
「さぁ、油断せずに行こうじゃないか。」
自分の味方は自分が整備したゴーレムたちだけ。こんな世界で初見の人間を味方と思えるはずがない。施設職員はおろか、強制労働させられている同類に対してもいざとなれば躊躇なく非情な対応を取って見せる。
その覚悟に迷いが無いか、改めて自分に問う。勿論答えは是だ。
俺は魔道具工場の扉を開いた。