作戦とも言えない作戦
腹が鳴る。地球にいた頃は仕事中に腹が減れば買い置きしておいたカップ麺でも食べればよかったが、ここにそんなものはない。食事とも言えない粗末な食事が一日に2回だけ。とても一日に必要な栄養を摂取できているとは思えない。
元々が痩せた体だったが、それからさらに痩せていく体を見ると恐怖を感じる。
「勝手に転生させられて餓死とかありえないだろ。だったら大人しく死なせとけっての。」
苛立ちのせいか、ついつい愚痴が出る。
しかし、あの不思議な空間で聞こえてきた声の正体は何者だろうか? と、たまにふと思う。転生なんて人の領域を超えたことを容易にして見せたところを見ると、あれが神なのか? と考えてしまうが、すぐに首を横に振る。
「あんなのが神であってたまるか。 いや、例え所謂神と呼ばれる者だったとしても俺は認めない。」
そちらの都合を死者に押し付け、何の説明もなくこんな場所に転生させた。子供じみた理由で死者にキレる。こんな存在が神というのなら、そんな者は自分には必要ない。
「むしろ、今出会ったら一発ぶん殴りたいところだ。」
さて、そんなくだらないことを考えていてもしょうがない。俺は糖分が不足してぼーっとする頭を気力でたたき起こし、覚醒させ、作業に集中する。
最近、一見して仕事に一生懸命取り掛かるように見えているのが功を奏したのか、ハーケンは俺の監視を怠っていた。
最初は常にゴーレム工場内にいたのが、最近ではゴーレム工場まで俺を連れて行った後はどこかに姿をくらませていた。恐らく宿舎で遊んでいるんだろう。だが、これは俺にとっては好機といっていい。
いつゴーレム工場に姿を表すか分かったものではないから大っぴらに準備作業をするわけにはいかないが、行動の自由はかなり得られた状況だ。
ここを出るためには、この施設の警備の奴らを殲滅させる必要がある。
物騒な話だし、現実離れした話だが、そうしなければ逃げられないだろう。
仮に何名かを倒して門を突破したとしよう。どうせ施設の他の職員が追ってくる。それどころか、施設外の、例えば軍隊や警察といった組織に通報されれば、一体同時に何人の相手から逃げなければならないのか見当も着かない。
だとすれば、少なくとも軍隊や警察には通報させないというのが必須なわけで、この施設にいる連中は洩れなく死んでもらう必要があった。
ただ、恐らく、魔道具工場で働かされている俺と同じ労働者達は殺さなくてもいいだろう。あえて奴らの味方をする奴はいないだろうし、もしも俺と同じように逃亡を試みてくれるのならむしろ俺の囮として役立ってくれるはずだ。
だから、この施設の約40名をほぼ同時に始末し、その隙に施設を後にする。
「40名を始末するとか、とても俺の口から出てくる言葉とは思えないな」
自嘲気味につぶやく。
ついこないだまで日本でただのサラリーマンをしていた俺が人を殺すなんて計画が普通に出てくるんだから驚かないほうが可笑しい。クリードという人間の記憶と生きざま、それらを知った事が影響しているのは間違いないだろうが、日本とはまた異なる過酷な状況で変化したんだろう。
「ためらうことはない。ためらったところで俺が死ぬだけだ。そもそも、普通に戦えば奴らのほうが圧倒的に強い。」
そういえば、最近たまに体がフラフラする。頭がうまく働かないこともよくある。睡眠不足と栄養不足のダブルパンチは確実に俺の体を蝕んでいるのが分かった。
体はやせ細り、風が吹けば倒れてしまうのではないかというほど華奢だ。こんな体での肉弾戦だけは勘弁してほしい。
そのためにも、準備が必要だ。
俺はまず、サーチャーを改良し、かつ複製した。大きさはそのままに、攻撃オプションを加えた格好だ。
圧縮空気を使って釘を打ち出すという簡単な武器だが、夜な夜な木に向かって試し打ちしてみたところ、5センチの釘がそのまますっぽりと木に埋没した。
射程距離は10メートルくらいか。頭に当たれば即死だろうし、体に当たっても十分戦闘力を削れるだろうと思った。サーチャー1体につき搭載数は10本。その分、アーチャーの飛行能力を強化する必要が生じたので、プロペラを大きくするなどデバイスの強化を行った。
そんなアーチャーを計20体造った。
錬成APIを使えば部品は簡単に造れるので、20体といっても意外と簡単に作ることができた。
次に作ったのは俺が乗るためのドローンだ。
ゴーカートのような座席にプロペラが前後左右に計4つ。ちょっとした軽自動車程もあるその大きさはやはり目立つ。だが、逃亡生活を続けるうえで、流石に足で移動するのは体力的に無理なので、こういった移動手段は必要だった。
それに、こいつにはもう一つの役目がある。
なんと、ゴーレムを2体は持ち上げられるほどの飛行能力がある。
俺はこの施設から逃げる際にここにあるゴーレムのうち2体は持ち去ろうと考えていた。逃走中の戦闘などを考えた場合、ゴーレムというのは貴重な戦力だ。
そして、そのゴーレムには既に目星をつけてある。
2メートルという体躯の黒い金属製のゴーレム。この工場に置かれてるゴーレムの中では、内部を見ている限り、恐らく最高峰のスペックを誇る。
どちらも同じオペレーティング・システムを搭載しており、一つ操作を覚えれば2体を扱うのは楽だった。
俺はその2体専用の武器を作った。
他の金属製のゴーレムを素材として利用させてもらい、重量感のある剣と盾をつくる。改造はそれだけではない。当然、ここの警備は魔法を使ってくるだろう。だから魔法対策をする必要があった。
この2体のゴーレムの役割は、基本的に俺の護衛だ。そして、距離が離れた敵を倒すのはサーチャーの役割。敵と対峙するときはこのフォーメーションで対応する。
「テストできずにぶっつけ本番とか、ああ、昔はよくやってたか。」
ブラックなIT現場のあるある。
テストせずに本番サービス開始なんてのは、やりたくはないが稀にしたことはある。その勝率は五分五分だったが、今回は勝てんかったら死ぬ。
あとは、ここに残ったゴーレムたちにも仕事をしてもらわなければならない。そのための準備も整った。
さぁ、本番を始めようか。