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不思議な君と半端な

作者: hrka

貴重な休日を全部使って一気に書き上げたもの。。。

へばり付いたままで居られるほどの強い粘着力が欲しいと思った。

 

同じクラスの男子に変なやつがいる。纏う空気がみんなと違うというか

見ているものとか根本的なものが違っているようなそんなやつがいるのだ。

かといってどこかの漫画や小説に出てくるような色白というわけでも、青

春してるぜ!というほど色黒でもない。髪がぼさぼさでなければワックス

で立てているわけでもない。ストレートで少し長いくらい。どこにでもい

そうな感じで、服装も校則違反をしているわけではない。全体的に普通な

のに、もちろん発言も普通なのに、何故かクラスで一人浮いていた。あぁ、

でも少し整った、垢抜けた顔をしている。そのせいか高校に入学したはじ

めの頃は、女子の何人かがちょっかいを掛けたりしていたが、すでになり

を潜めている。次第にそいつに話しかける人は誰も居なくなっていた。自

然とそいつが話すことも授業を除けてなくなっていた。自分から話しかけ

てくることは一切ない。

 教室の窓側の一番後ろの席に座っているそいつは、いつも肘を立てて外

を眺めていた。何を考えているか一切読めない無表情で、でも真っ直ぐに

外を見ている。そうじゃなければ教室に居ない。何をしているのかは誰も

知らなかった。男子に尋ねても帰ってくる返事はいつも一緒で、肩を竦め

られるだけだった。私も聞くだけ聞いて探すことはなかった。なぜならそ

いつと視線がたまたまあった時があった。その時、見透かされたようで何

かがばれたような気がした。そして私は何もされていないはずなのに突き

放された気がした。別段仲が良かったわけでも知り合いでもない奴と視線

があっただけで、なんでそんな風に思ったのかは分からないが、とにかく

それは私には気味が悪かった。それから視線を合わせないように、たまに

ちらちらと見るようにした。自分が住む世界と違う世界に住む人間は特別

ですごく気になって仕方なかった。周りもそうだ。直接的な関わり合いは

持たないが、気にはなっているらしく、私と同じようにちらちら見ていた。

まるでみんなで夏休みの自由研究の対象を観察している感じだった。そう

すると、あいつは私のクラスの珍しい植物といったところだろうか。植物

と話そうなんて誰も思いはしない。そんな奴はきっと頭のねじが一本足り

ないか、落っことした狂ったやつだ。そう思っていた。


 その日のHRの連絡は、委員会が何個か開かれるといういきなりのもの

だった。私が入っている園芸栽培委員会の名前も珍しく挙がった。学校に

花があると生徒の暴動が減るとか何とか、言うそういうデーターがあるら

しく、校長が四年くらい前に急遽設置したらしい。おかげで校門から下足

箱までの一本道の両側には、長い花壇が二つあって綺麗な花が揺れている。

今は十二月だから淋しいことになっているが。それなのに何かすることが

あるのだろうか。

「ねぇ、叶多かなた

「何?」

 後ろの席の友達が背中を突っついてきたので振り返る。ついでにあいつ

の姿も視界に入った。相変わらず外を眺めているようだった。ちなみにあ

いつも同じ委員会だったりする。委員会の委員決めのとき、そう決まった

時は世界の終わりを見た気分だった。

「思ったんだけどさぁ、園芸栽培って何してんの?」

「……さぁ。知らない」

「知らないってあんた、委員でしょうが」

「知らんもんは知らんし。つか、活動に出たこと一回もねぇよ」

「うっわ。最悪」

「当然でしょ。なんで私が花とか土とかと戯れないけんのかちゃ」

「まぁ、確かにね。手汚れるの嫌だし」

 ケタケタと笑って、まだ何か言っている担任の話に耳を傾ける。

 そう、私は一回も委員会の活動に出たことはなかった。ほかの委員の人

も大体そうだ。土を触ると手が汚れたり制服が汚れたりするから、それが

嫌で活動に参加しないのだ。上の学年の人たちなんか参加している人がい

れば、それだけで奇跡を目の当たりにしている気分になれるくらいだ。毎

回参加しているのはたぶん私のクラスのあいつだけだろう。大体、委員に

なっている人は無理やりならされている人が多い。参加したくない気持ち

も分からんでもない。私も似たようなもんだし。

 私は今日も今までと同じように、少人数ながら活動している委員の人た

ちを横目に帰っていくつもりだった。別に心がどうなるわけでもない。し

たくないものはしたくないし、関わりたくないものは関わりたくないのだ。

それにあいつの視線が私には凶器だった。活動を一緒にしたらどうなる事

か、考えただけで鬱になりそうだ。

「以上終わります。号令」

 だらだらとしたHRが終わって、友達に適当な挨拶を投げ渡して私はク

ラスメイトの波に乗って下足箱へ向かった。だけど人の多さに嫌気がさし

て、一人波から外れて誰も居ない方向へと曲がった。変にざわつく校舎内

を遠回りしてゆっくりと下足箱に向かいなおすことにしたのだ。誰も居な

い廊下を一人で歩いて行く。十二月らしい冴えた冷たい空気は顔には痛い

けれど、心には優しい。遠くに響く喧騒も耳に心地よく響く。放課後とい

う開放感と、遠くに感じる日常の音に急に気分が高まった気がした。それ

はとても気楽だった。だけど遠回りしたことは失敗だったかもしれない。


 私は間違いなく帰ろうとした。帰ろうと確かにしていた。だけど、今日

はおかしい変な日だ。あいつが一人で、たった一人で作業なんかしていな

ければ、私は学校から離れることができたのに。というか、人がごった返

している時間帯に帰っておけば一人で作業している姿なんか見えなかった

だろうに。

 気が付いたら私は凶器に話しかけていた。自ら視線を合わせたのだ。私

は馬鹿だ。馬鹿すぎる。できれば生き急ぎたいのに。死に急いでどうする

のだろう。

「……一人でやってんの?小鳥遊たかなしくん」

 秘密の植物のあいつ、小鳥遊はゆっくりとした動作で振り返った。夕日

の逆光のせいで整っているはずの顔は真っ暗だ。どんな表情で私を振り返

ったのか見えない。右手に持っている園芸用のでかいスコップが所在なさ

げに揺れた。

「そう、だけど」

 同じ委員であることは多分小鳥遊は知っているのに、帰ろうとしている

私を責めるわけでも呆れているわけでもない普通の口調で返事をした。た

ぶん驚いている。次に何を聞かれるのか待っているかのように、微動だに

しない小鳥遊は私を振り返ったままだ。

 私は花壇から少し離れたところに棒立ちになって小鳥遊を見て、小鳥遊

は花壇の中に立って私を見ている、というそんな微妙な距離で話す。

「せ、先生は?他の人たちはどうしたの?」

「先生は職員会議。ついでに事務の人はお客さんが来ているみたいだから

その接待。他の人はいつも通りだよ。来てない」

「ごめん」

 私は何故か誤った。すぐに誤った。そしてなぜか泣きたくなった。あの

時と同じだ。初めて視線があった時と。でも、今は気味悪くないし怖くも

ない。変だった。というよりも、小鳥遊がこんなにも話す奴とは思わなか

った。もっとつっかえつっかえに話すのかと思っていたのだ。やっぱり普

通で変なやつだ。

「何で?辻木つじきさんが謝るの」

「だっ、て。私も委員で、でも帰ろうとしてて、今までだって一回も来た

ことないし」

 すっ頓狂な小鳥遊の言葉に返して言って、ハタと気がついた。もしかし

て今までにも一人で活動していたんじゃないだろうか。そんな日があった

んじゃないだろうか。そう思うと急に眼の前にいる人間が怖くなった。視

線があったとかどうとかの問題じゃない。一人でそこまでする意味が分か

らない。花壇だよ。花だよ。誰も見ていないようなものなのに。お金とか

が出るわけでもないのに。私はできない。そういうことは周りの目が気に

なって、かっこ悪くて、できやしない。

「あぁ、怒る道理がないよ、俺が委員長でもないんだし。良いんじゃない。

好き勝手にできるからこっちも楽だし。でも」

 そこまで言って小鳥遊は少し下を向いて黙ってしまった。

「でも、何」

 なんで私はこいつとしゃべっているのだろう。心臓よりもっと深い部分が

早鐘を打つ。痛い。とりあえず下足箱から出てくる生徒がいなくてよかった。

変な目で見られたらたまったものじゃないのだ。噂なんか立ってしまったら

私の今の立場も居場所も危ういものになってしまう。それは困る。だからみ

んなが部活に勤しんでいてよかった。遠くからいろいろな音が聞こえてくる。

どこかしこから吹奏楽の、なんの練習をしているのか分からない一定の音を

保った面白くない音。グラウンドの方からは野球部だかの、ストレス発散で

もしているかのような掛声。校舎からは放課後課外をしている、先生の教科

書か何かを読み上げる声。体育館からはバスケ部か何かの部活のボールを弾

く音。それに混じって、体育館の下にある柔剣道場からは剣道部の奇声が聞

こえてくる。

 小鳥遊がゆっくりと口を開いた。

「でも、花壇がでかくてそのうえ二つあるから、ちょっと贅沢過ぎて困る」

 周りの音に比べて格段小さい声は、そのくせ私の耳には一番大きく響いた。

こんな話方をするんだ。

初めて知った。優しいというか危ういというか、不思議な安ど感がある。た

ぶんそれは自分を作っている土台がしっかりしているからだと、何となく思

った。小鳥遊の土台がどんなのか知らないけれど。

「わ、私も手伝う」

 なんて唐突に考えもしないで言ってしまう自分も知らないけれど。頭のね

じがぶっ飛んでいるのは私だ。植物に話しかける人間なんてどこにもいなく

ないじゃないか。ここにいる。

「……手伝うって、辻木さん委員の一人じゃなかった?」

「え、あ、まぁそうだけど」

「変なの」

「た、小鳥遊くんには言われたくない」

 あはははと、感情がこもっているのかとても危うい感じに小鳥遊は笑った。

それからスコップと肥料を持ってくるから、と言って軽い跳躍で花壇から降

りた。それと私に制服が汚れるといけないから、と小鳥遊は花壇から少し離

れた所に置いてあった自分のカバンから作業用のエプロンを出して貸してく

れた。何故二枚持っているのかと聞くと、一枚持っているだけでは足りない

作業もあったりするかららしかった。家が花屋とかそういうわけでもないら

しかった。

 しばらく経ってから、奇妙な作業が始まった。

 私は制服の袖を思いっきりたくし上げて、長い髪を一つに結びあげて、ス

コップで土を掘り返している。十二月は次に植えるもののために土の栄養を

補充して準備をするらしく、一番汚れる作業だった。だから誰も居ないのか

もしれない。それに外は当然のように寒い。夕日が落ちていっているのだか

らなおさらだ。冷たい風が何度も通り過ぎって言ったおかげで手が悴んでき

た。

「いつからこんなに汚れることが嫌になるんだろう」

 何気なく思ったことを口にした。始めたばかりの作業が既に億劫に感じて

いたからかもしれない。

「見てくれを気にするからしょうがないよ。人は人の見てくれで評価してば

っかりだから」

 聞こえていたらしくすぐに返してくれた。本当に意外にもよく話す奴だ。

 私が硬くなっていた土を掘り返して柔らかくし終わった場所に、小鳥遊は

肥料が入った重そうな袋の端っこを大きく破って逆さまにして肥料を花壇に

補充していく。

「それに、ね。そんなに汚れてばかり居られるほど暇じゃないし」

「ゲーセンに遊びに行ったりカラオケに行ったりする時間はあるのに?」

「それとは別だよ。それは年相応の遊び方を知っているからしているだけの

話でさ。まぁ高校生が砂場遊びしてても怖いものがあると思うけどね」

小鳥遊は変というより、私たちよりも大人らしい。正直言って私自身がこん

なに真面目な話をしたのは初めてだったから余計にそう思えた。普段はあの

先輩がカッコイイだとか友達の恋愛相談とかそんな話ばっかりだったから戸

惑ってしまう。すらすらと意見を言う小鳥遊がいつも外を眺めて教室で浮い

ている人物には見えなかった。一人でうずくまっているように見えたのは間

違いだったみたいだ。細い弱弱しい植物じゃなくて、でかい太い幹をもった

木みたいな感じ。

私は初めに持っていた不信感や拒否感を感じなくなっていた。

「ふぅん。よく分かんないけどよく解る気がしなくもないよ」

「俺は辻木さんが今言ったことがよく分かんないよ」

 気にしないでいい、と笑いながら言ってそれからは無言で作業を進めた。

小鳥遊が一人で黙々とやっていた分もあって、長い花壇ひとつの準備はあっけ

なく終わった。花壇はあと一つ。だけどそこでいつもの悪い癖が鎌首もたげて、

私の隣で不気味に笑った。

 夕日が完全に落ちかかっている校舎内からは、それぞれが頑張っているらし

い音や声が聞こえてくる。相変わらず花壇の前を過ぎる生徒はいない。

「あ――、もぅ腰が痛い」

「あと少し。急げばすぐに終わるよ」

「休憩しよってば」

 準備が終わった花壇の淵に座り込んで、私は前に立つ小鳥遊をねめつけた。

見れば手は今までにないくらいに汚れて、所々に肉刺ができている。痛くはな

いが嫌だった。痛いのは言ったとおりに腰だけだ。だからさっきからずっと休

憩しようと駄々をこねているのだが、小鳥遊は作業をしようとしつこく言って

くる。だけど、嫌だ嫌だと言う内にあっさりと折れた。

「じゃぁ、俺一人でやってるから。出来るようならまたやって」

「わかったぁ」

 帰れとは言わないんだなぁと、作業を始めた背中を見ながら思った。事実帰

れと言われたかったような気がしている。でもここで放り出されても悲しい。

なんとも中途半端な気持ちだった。いつものように。

やることもなく、かといって作業する気にもなれないから、小鳥遊の動いてい

る姿をじっと見つめることにした。いつも座って動かない姿しか見たことが無

かったから、変な新鮮感があった。せっせと働く背中は小さくもでかくもない。

だけどなんでか頼りになりそうなしっかりした背中だなぁと思った。

一回だけ背伸びをして息をつく。遠くからは色々な音がまだ聞こえてくる。や

っていることを投げだしている人はたぶんここには私以外にはいないだろう。

いつもそうだ。私はそう人間だ。

小鳥遊の手が止まったのを見計らって声をかける。

「ねぇ。なんでそんなん仕事ちゃんとするわけ?委員で仕方なくって風じゃな

いじゃん。なにか貰えたりするわけでもないしさぁ?なんで?」

 最初みたいな遠慮はあまりない。あれだけの会話で打ち解けている自分にび

っくりだった。すこし考える様子で作業を再開しながら、何でもないかのよう

に小鳥遊は肥料を撒きながら言った。


「中途半端は止めたら?」


 止まった。

自分が、とかそんな次元じゃない。全部。何もかもが止まった。目の前が嫌には

っきりとクリアになった気がした。錯覚だけど。


 ほらやっぱりだ。こいつは見透かしていたんだ!


 返事としてはおかしい返事を聞いて、私は思いっきり小鳥遊を睨みつけた。嘘

がばれた子供のように。叱られるのを怖がっている子供のように。

 小鳥遊は何も言わずに持っていた肥料の袋を全部出してから、私を真っ直ぐ

に振り返った。今度は逆光のせいじゃなくてあたりが暗いせいで顔が、表情が

見えなかった。私はどういう風に見られているのか不安に駆られた。でも小鳥

遊を睨んでいた。自分の最下層がばれて引けはしない。

「辻木さんもだけど、クラスの人が俺をちらちら見るだろ。そのなかで一番中

途半端に見て来るのが辻木さん。好奇心も、苛立ちも、奇異も、視線にこもっ

てる大体のものが全部中途半端。俺もクラスの人たちを見てるよ。他のクラス

の人まで知らないから言えた口じゃないけど、少なくともクラスで一番中途

半端なの、辻木さんだよ。やってることもまちまちだろ。しかも、わざとに

中途半端にしてる。そんな中途半端は止めたらどう?」

 吐き捨てるように一気にまくし立てて言われた。何を言われているのか理

解したくないのに理解する頭が嫌だ。それはきっとねじが一本足りないか多

いせいだ。おかしいんだ。変なんだ。今日は何かが違うんだ。だからだ。

 なんて自分に言い訳をしながら、

「な、何でんなことお前に言われないけんのかちゃ。知るかそんなん。お前

に関係ない!」

 柄にもなく立ち上がって叫んだ。ぼろが出ているのにも関わらずに、上ずっ

た声で周りに反響させた。だけど冷静に自分を見る目が合って、今の自分は自

分が自分に見えないと呟いた。

「ねぇ。こんな話知ってるかな」

 少し困ったような、小さな子をあやすような、落ち着く声でいきなり小鳥遊

は聞いてきた。そして、沈黙をどう受け取ったのか知らないが勝手に話しだし

た。私は立ち上がったまま小鳥遊をかえりみる。表情は見えない。今度はそ

れに不安も苛立ちもなにも感じなかった。何でもないものがそこにあった。

代わりに鎌首擡げてきたやつが腹を抱えて笑いだしたように感じた。


「あるところに、おかしなマチがあるんだ。同じ形の建物が立ち並ぶ奇妙な

マチで、そこに住む人たちは毎日同じことを何の疑問もなく繰り返しているんだ。

そんなマチに居る、話すことをやめた女の子と、見ることをやめた男の子の話な

んだけどね。

女の子が昨日と同じように散歩をしていると、昨日はいなかった男の子を見つけ

るんだ。女の子は衝動的に男の子に近づいた。すると男の子は脱兎のごとく逃

げ出してしまった。それから毎日のように不思議な追いかけっこが始まった。

話すことさえやめなければ男の子に話しかけられる女の子は、そうと解って

いながら話そうとしない。だから男の子を立ち止まらせることはできない。

見ることさえやめなければ、後ろの女の子の存在にちゃんと気が付くことが

できる男の子は、そうと解っていながら見ようとしなかった。だから女の子

を振り返ってちゃんとついて来ないでと言うことはできない。この不思議な

追いかけっこは今日も続いている。たぶん、二人のどちらかが死ぬまで続い

て行く追いかけっこだ。決して追いつくことのない、追いつかれることのな

い追いかけっこは、そのくせ全く悲しくはない。逆に温かい追いかけっこだ

った。っていう、話」


 もちろん聞いたことはなかった。そもそも話として成り立っている感じが

しなかった。私は表情を一切変えることなく小鳥遊を見上げている。

「これは色々な角度から見ると面白いんだ。その話もちゃんと書かれていて、

本当はもっと長い話なんだけど。辻木さんはこの話の男の子にそっくりだよ」

「だから何」

「うん、だから、まぁ、この話の視点を変えると」

 小鳥遊は私の前に座った。ちょうど花壇の間の道を挟んだ妙な距離が開い

ている。人と人が話す時にこんな距離が開くことは集会のときくらいしかな

い。なんて、どうでもいいこと思いながら小鳥遊の話に耳を貸す。


「男の子は周りの人たちの嘘をついた顔が嫌で目を閉じちゃうんだ。それか

らは音だけで世界を生きるわけだけど、結局人って言葉でも嘘をつくでしょ?

だから男の子の逃げ方は中途半端。自分が生きている世界を完全に捨てられ

なかったっていうことだし。それに女の子がついて来るのが怖いって言って

逃げてるわけなんだけど、なら外に出なければいいわけでしょ。この男の子

はどこをとっても中途半端だ。でも、反対から考えるとそれでもどうにかし

て変えようとして、不器用ながらそういう中途半端な部分を残しているわけ

だよね。ちょうど、辻木さんのように。辻木さんがどういう思いでそうして

いるか知らないけど。変えたい何かがあってそうしているなら、辞めた方が

いいよ。結局男の子は逃げてるだけでどうしようもなかった。変え方は簡単

なんだよ。えっと、話すことをやめた女の子は誰も話を聞いてくれなかった

から話すことをやめたんだけど、女の子は言葉で何かを訴えるんじゃなくて、

行動で訴え出すんだ。それも同じことを何回も完璧にやり遂げて。実際男の

子に追いつくことだけはできないんだけど。それでも、話の最後の方では女

の子は行動で伝えることだけはできた。『大丈夫。世界はそんなに捨てたも

んじゃない』って、あ、これはちょっと、話がでかすぎた。ごめん、辻木さん」


 言って、小鳥遊は申し訳なさそうに小さくなってしまった。変わって私は

さっきまで入っていた力が完全に抜けていた。小鳥遊がここまで話す奴とい

うのにもびっくりして、こんなに諭されたことも初めてでびっくりして、中

途半端をわざとやっていることに気がつかれのにびっくりして、結果的にな

んか力を入れていることがあほらしくなってきた。小鳥遊の必死な話方も笑

えるし。

「辻木さんの思ってることも知らないのに勝手だった。ごめん」

 もう一回誤られた。だけど何も言えなかった。黙ったまま俯いている小鳥

遊を眺めていると、十二月にしては珍しい生温い風が吹いて、髪を揺らして

遊んでからどこかへといってしまった。

 そして思った。

小鳥遊と目があった時に感じた、あの恐怖にも似た感情。あれは中途半端を

見破られたと本能的にわかったからで、何回も泣きたくなるのは理解された

からだろう。よく分からないけれど、理解されるのは安心できるということ

だと思う。周りの友達は私が明るい性格のお調子者のだけど、どこか冷めて

る子だと思っている。だけど違う。そうじゃない。でも、他人が持つ理解か

ら自分がずれると、ハブられてしまうことを知っている。だからそれに当て

はまるように自分がしたいことも、成績もほとんど全部のものを制御しなく

てはいけない。一人になったら学校という場所で居場所なんか作れない。ま

して生きて行けやしない。徹底的なまでの排除行動は恐ろしいのだ。それに

居場所がないと私は生きていけない弱い人間だし。小鳥遊とは違う。

だから、中途半端にしてないと私は認めてもらえない人間だと思い込んでいた。


「謝んないでよ。土、準備しないと、花、咲かないんでしょ。するよ。準備」


「え、あ、え?」

 ぶっきら棒に、かたことにそれだけ言い放って、私は立ち上がって向かい

側の花壇の上に飛び乗った。掌にある肉刺なんか知らない。結構重いスコッ

プを握りしめて土を掘り返し始めた。腕が痛んだけどそれも無視した。ガス

ガスと、周りにこだましている音に負けないくらいに大きな音で掘り返し始

めた。

「あ、そこ終わってるんだけど」

「早く言いやがれ!」

 思いっきり出鼻をくじかれた。だけど、めげずに終わってない部分を聞い

てからもう一度掘り返し始めた。力いっぱい土にスコップを突き刺して、掘

り返すというよりもものすごい勢いで穿り回した。肉刺が潰れた気がしたけ

ど痛くはなかったし、不思議と気にはならなかった。

 小鳥遊は始めポカンとしていたようだったが、途中で我に返ったように肥

料の袋を破って中身を私が穿り回したところに撒き始めた。慌てたせいで手

元が狂ったのか、同じ場所にぶちまけた時は怒鳴ってしまった。

また、風が吹いた。今度は冷たい風だった。だけどこれさえも気にはならな

かった。土のにおいが優しいせいだと思う。小鳥遊が何度か申し訳なさそう

にちらちらと私を見てきたのも原因かもしれない。小鳥遊はきっといいやつ

なんだ。こんな感じの人の優しさを見たのは久しぶりだった。だけど、小鳥

遊の場合はわかりにくいから気味が悪い。結局、気味が悪い。あぁ、良いや

つだけど駄目だ。気味が悪いんだから。

ふと、また視線を感じて顔をあげると、思いっきり顔をそらす小鳥遊が視界

に映った。すこしムッとした感じに口を尖らせた。

「見ないでよ」

「見てないよ」

 それだけ言って黙々と作業を続けた。夕日はもう大分前に居なくなった。

部活の活動が終わった生徒が何人か下足箱から出てきて、私と小鳥遊を当然の

ように変な目で見てきた。だけどものすごい勢いで土を掘り返している私の

迫力に気圧されたのか、足早に過ぎ去っていった。それでも変な噂が立つだ

ろう。茶化してくる人が出てくるだろう。なんか周りの人間がいる場所が、

普段私がいる場所が、煩わしく思った。

「辻木さん、いいよ帰って」

「何遠慮してんのっ。中途半端にするなって言ったのあんたでしょうが。

一時間経たない内に前言撤回しないでよ」

 そこまで言って、スコップを思いっきり花壇に差し込んで、ふんぞり返っ

て小鳥遊を指指さした。花壇の中で、土まみれで、胸を張る女子高生ってど

うなんだろ。花壇で啖呵切ってんだよ。意味の分からなさに、頭のねじのこ

とを思い出した。だけど、深呼吸して追い払った。私は柄にもなくまた叫ぶ。


「あんたのせいで中途半端にできなくなったんだかんね。責任とってよね!」


 また隣を生徒がおずおずと通り過ぎていった。最後の一言は確実にいい餌に

なる。やばい。言い過ぎた。気にしてられないけど、気にする自分が歯がゆい。

やけくそでもう一回叫ぶ。


「だから、責任もって前言撤回するな!」


 たぶん小鳥遊は私が中途半端にしていた理由を、なんとなく解っていたはず

だと思う。だから胸を張って私はそう宣言した。一人で蹲っていたのは私の

方だったみたいだし。何回も叫んで吹っ切れた。いや、どうでもよくなった。

「責任って、辻木さんやっぱり変」

「小鳥遊くんには言われたくない」

「俺やっぱり変かな?」

「え、あ、いやぁ。変じゃないというか言わないというか、なんか変」

「結局変なんじゃないか。辻木さんの方が変だよ」

「だから、小鳥遊くんには言われたくないんだってば」

 あはははと、感情がこもっているのかとても危うい感じに小鳥遊は笑った。

この笑い方なんとなく好きだなぁと思った。というか初めて気分が悪くなら

ない笑い方に出会った気がした。がさつでもなくて、気品があるわけでもな

い。変に普通な笑い方。

「あと少しで終わるね」

「あ――っ。腰が痛い」

「休む?」

「休まない」

 二カッと笑って、私はスコップを抜いてもう一回思いっきり土に埋め込ん

だ。先生も事務の人も来なくてよかった。むしろ今は来てほしくない。作業

が終わってから来てほしかった。そしたらこれを出汁にジュースでも奢って

もらおう。  

とりあえず今は、この雰囲気に溺れていたいと心の底から願っているのだ。

「小鳥遊くんは、変だぁ!」

 唐突に叫んだ。意味はない。叫びたくもなかった。だけど叫んだ。自分で

も意味が分からない。だから小鳥遊のびっくりして戸惑う表情なんか見えな

いふりだ。

「いきなりなんだよ。辻木さんの方が変じゃないか」

「お黙んなさい!辻木さんなんて余所余所しいわ。さんを取っ払うか、叶多

と呼びなさい。そして小鳥遊くんが変なんです」

「……かな、辻木が変だよ」

 叶多と言ってくれようとしたみたいだが、恥ずかしいのか遠慮したのか名

字を選んだようだった。それがおかしくて思いっきり笑い飛ばしてやった。

私の周りで男子も女子も名字で呼び合うやつはいない。小鳥遊はそれを知っ

てか知らずか、とりあえず笑われたことにむすっとした顔をしているようだ。

暗いのに目が慣れて視界がある程度見える。おかげで初めて表情がはっきり

見えた。

「下の名前で呼べばいいのに、小鳥遊くんはやっぱり変なやつだよ」

いちじくでいいよ」

「は?」

 いきなりの発言に私はまた止まった。目を瞬かせながら小鳥遊を凝視する。

危うくスコップを自分の足に突き刺すところだった。

というか、下の名前を聞いたの初めてだ。

「いち、なんだって」

 戸惑いながら、でも気変わりでも起こされたらたまったものじゃないから

慌てて聞き返す。すると、今度は私が笑われた。むすくれる番が来た。

「漢数字の九って書いて、いちじく。叶多って呼べばいいんでしょ。だった

ら俺も名字にくんじゃなくていいよ」

「両親は博学ですか?」

「いや。言葉遊びが趣味なんだよ二人とも。作家と脚本家だから」

「凄いじゃんそれ。きっと面白い話を書いてるんだろうね。あ、もしかして

良い泣ける話だったりして」

 私は止まった手を動かし始めながら言う。なんか嬉しかった。気味悪がっ

ていたやつが案外気味が悪くない良いやつだったなんて、一体どんな少女漫

画だというのだろう。おかしくてたまらない。いい友達になれそうだったけ

ど、たぶん明日話しかけたり話したりはしない気がした。それでいい気がし

た。淋しくはないだろう。無口の理解者が居たって悪い気分じゃない。

「何でそう思うの?」

「だって、九が話した話、良い話だったからさ」

 ありがとうと、九が小さな声で言って私はわざと聞き返しまくった。照れ

隠しなのかなんなのか早口で「土を早く掘り返して」と言われてしまった。

ほんとうに良いやつだ。クラス全員で観察していたはずの植物は、誰にも気

がつかれないように本当の姿をひた隠していたらしい。そんなのに私が初め

に気がついたんだ。ちょっと誇らしかった。

「よっし。これで終わりでいいんだよね」

 ため息交じりに言いながら、最後に肥料と土とを混ぜてスコップを置いた。

「うん。終わり。ありがとう、助かったよ」

「それ変だよ。私委員だよ?当然じゃん」

「よく言うよ。あ、手の肉刺大丈夫?一応消毒液と絆創膏あるから」

 長い二つの花壇の土が生き返って、私ら二人に笑った気がした。私は返すよ

うに微笑んだ。いい気分だった。あぁ、そうか。本当に誰の目を気にするこ

となく久しぶりに何かをやり遂げたからだ。九のおかげだ。感謝、感謝。も

う一度私は笑った。傍から見たら気持ちが悪いやつだ。

 私は走り去った九が返ってくるのを花壇の淵に座って待つことにした。一

旦座ると疲れがどっと体中を駆け巡った。どっさりと重い荷物を肩に乗せら

れた気分だ。そんな感覚にうんざりしながら、なんとなく真っ暗になった空

を見上げた。心が軽いと空を見上げたくなるものだからだろうか。うろうろ

と視線を泳がしていると星を見つけた。かと思うと速く動いているから飛行

機だろう。残念だ。ここじゃもう星も見えないのかもしれない。飛行機はど

こかへ飛んで行っている。私は小さすぎる飛行機を見るのをやめて、でかい

月を見た。少し欠けた、満月に近い形のそれは、それの中に餅つきをしてい

るウサギを飼っているように見えた。初めてだった。

「手、消毒していいかな」

「うひゃ。いきなり現われないでよ。心臓止まったらうしてくれんのよ!」

「随分待ったんだけど」

 苦笑い気味に言われてしまった。それに投げやりに誤ってから、両手の消

毒を受ける。そのまま適当でいいと言ったのに、腕を引っ張られて水道のと

ころまで連行された。手を水道水で洗われた瞬間、冷たさと傷に沁みる痛さ

のダブル攻撃で手がパンパンに張れたような気がした。容赦なく洗うから痛

いのなんのって、無様にも涙がボロボロ出てきた。ジタバタして喚いて、や

っと解放されてから手を見るとどうにもなってないから不思議なもんだ。絶

対腫れ上がっていると思ったのに。と、息つく間もなく消毒に移った。これ

が一番地獄だった。思わず九の足を蹴っ飛ばしてしまった。とにかく痛かっ

たのだ。


「ねぇ、月の中に餅つきしてる兎がいるってそう見えたりする?」

「まぁね。見えたり見えなかったりするかな。つ、叶多はどうなの」

 まだ抵抗があるらしい。というか、九まで絆創膏を腕に足に張っている。

「さっき見えたんだ。びっくりした。初めてだったから」

「心が綺麗な証拠だよ。よかったね」

「うるせぇ。変なこと言うな」

「変じゃないよ。良いことだろ」

「変だぁ」

「変じゃない」

「変」

「変じゃない」

「変だって」

 一息ついて校舎裏にある倉庫に道具を戻して、花壇の前に帰ってきて先

生が来るまでずっと言い合った。どこか変な二人が変だ、変じゃないと言

い合っていることこそが変なのに、気がつかないふりをして言い合った。

先生がとても不思議そうな顔をして私たちを訝しげに眺めてきた。

「あ、そうだ先生、ジュースぐらい奢ってよね」

「え――先生金欠なんだよ」

 ハタと思いついた私は、先生に思いっきりねだることにした。苦笑いの

九を無視して先生に言い寄った。何とかくぐりぬけようとする先生に向っ

て私は最終手段として両掌を先生につきだした。九にしてもらった手当の

後を先生がまじまじと見る。

「見ろ。私なんか両手破れた肉刺だらけちゃ。温かい飲み物寄越せ!」

「わかったよ。一応辻木は女の子だしな。一応女の子に重労働させたから

な。先生が飲み物を買ってやろう」

「なんか余計なこと言ってるし。一応ってなんだよ一応ってさ」

「あはは」

「九、笑うな」

 仕方な下げでも投げやりでも、二人共にジュースを奢ってくれる先生も

良いやつだった。私はホットのココアで、九はホットの紅茶を買ってもら

った。大見え切った先生はしきりに財布の中身を気にしていた。

「じゃあ、お財布がまた空に近づいたところで、お前ら気をつけて帰れよ」

「はぁい。さいなら先生」

「ごちそうさまでした」

「おーぅ」

 着けたままだったエプロンを外しながら、二人で小さくなっていく先生

の背中を見送りながら笑った。外したエプロンは予想以上にものすごく汚

れていた。

「いいよ。洗って返さなくたって」

「嫌だ。洗って返す」

「中途半端にされたら困るし」

「しないってば!」

 また言い合って、私はエプロンについた土を払えるだけ手で払って、問

答無用に鞄の中に入れた。じゃぁ、頼むよと言う九に笑って答えた。

「俺自転車だから、先に帰っていいよ」

「荷物置いてたら?私見とくよ」

「ありがと」

 ぼーっと冷たい風に吹かれながらココアを飲んで待っていると、小走り

に九が自転車を押してきて、鞄を前の籠に詰め終わってから二人で校門ま

で歩いた。流れ的に校門から少し離れたところにあるバス停まで送っても

らい、挙句の果てにはバスが来るまで待ってもらってしまった。誰も来な

くて本当に良かったと思う。見られていないという保証はないけれど。

 途切れ途切れの拙い会話をしていると、遠くからバスのエンジン音が聞

こえてライトが見え始めた。通学に使っているバスが来たようだった。

「じゃ、おつかれさん」

「うん。気をつけてね」

 がらんどうのバスに乗り込んで、一番後ろの席に座った。車内は当然のよ

うに暖かくて明るい。カバンを自分の隣に置いて、自転車にまたがった九に

手を振った。一瞬びっくりしたような顔をしたあと手を振り返してくれた。

バスはゆっくりと発進した。あっという間に九の姿は見えなくなった。

「ひっさびさに疲れたわ」

 何だかとても変な気分で、ニタァと笑った。窓に映った自分の顔を見てか

なり変質者並みに気色が悪いと思った。だけど笑わずにはいられなかった。

窓に映る自分の顔がどんどん気色悪くなっていく。顔を元に戻すためにも

バスの中から月をもう一度見てみようと思ったが見えなかった。少し残念に

思ったが、たぶんまだ飼われている兎は餅をついているだろう。それならそ

れで別に見えなくてもいいかと、また笑った。





部活用の原稿でおろしたもの。

結構気に入るキャラが生まれましたよ。

もうちょっとこいつらの話書きたいかも。。。

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