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デットヒート  作者: 長谷川ラジオ
2/15

大正ラッパー

大正生まれの男が六本木にシンセサイザーを置く

朝だ

久々に日差しがいい

「おとうさん新聞とってきてくださいませんか。」

腰をのばし、郵便受けを見に行く

私は90代で大正生まれ、妻は80後半で昭和初期生まれ

息子一家と一緒に住んでいるが、基本的なところは夫婦2人でやっている


今日は祭日で、やたらと新聞広告が多い

テーブルに座って青汁を飲みながら新聞に手をつける

1面には大した記事が無い

適当に真ん中を割る

全面広告だ


ばかでかく鍵盤楽器の写真が載っている

シンセサイザー

右隅には『私のおススメ』

頭にいろいろ飾りを付けた黒人ミュージシャンが笑っている

これだ

心拍が高まった

あとでもう一回詳しく見てみよう


近所の散歩に出る

大きく腕を振って速足で一周

いつもすれ違う人と犬に笑顔であいさつする

少し汗をかいたが快適で落ち着いた


家に戻ってもう一度新聞に目をつける

今度見るのは最初から真ん中へんの全面広告

シンセサイザーだ


『世界中のミュージシャンに愛用されています。』

細かい説明が書いてあるが分からない

メーカーと連絡先を裏紙に書き取った


「あなた、パンでよろしかったですか。」


「ああ」

もういちど全面広告の写真に目をやってから

新聞を閉じて、コーヒーを飲んだ



10時半からは週に1回のラージボールがある

私がこういったスポーツできるのも、そろそろ限界だ

体育館までは息子が車で送ってくれる


体育館に到着したのは私が1番で、開始の直前に若手が現れた

「おはようございます。篠塚さん。今日は息子さんの車ですか。」

「おはよう、高橋さん。最近はいつも息子が送り迎えしてくれるので助かるんですよ。」

そのあと次々部員があらわれてラージボールの練習が始まった

皆さん私相手では少し手加減しているのが分かる

あまり露骨に手を抜かれると、私も腹が立ち、ボールに変な回転をかけたりする

30分くらい打ち合ったところで休憩だ


「高橋さん、もしよかったら塩飴はどうかね。

 運動すると水分だけでなく塩分も不足するそうですから。」

「ええっ、塩飴ですかー。俺はいりません。」めんどくさそうに首をひねった

「そうかね。。 。」 なんだかすごくがっかりした顔になってしまったようだ

隣の人が小声で、「おい、高橋。一応もらっておかないと失礼だぞ。」

「えー、でも食べたくないですし。」


12時になって練習も終了だ

大分汗をかいた

今度は塩飴をすすめるのはやめておく


「高橋さん、今日はいろいろ教えてくれてありがとう。

 実は練習とは関係ないんだが相談できればという事があるんだ。

 高橋さんは確か大学で電気関係をご専攻になられたそうで。」

「えっ、一応そうですけど、パソコンは特に専門ではないですよ。」

「もしお分かりになったらですが、

 シンセサイザーについてお詳しくないですか。」

「シンセサイザー?楽器のことですよね。

 電子楽器ってことは分かりますけど、特に使ったことはないので、

 通りいっぺんの事しかわかりませんよ。」

「そうですか。

 実は今度シンセサイザーを買ってみようかと思ってるんです。」

「シンセサイザーですか?

 まあ初心者用の物なら安いですし、ちょっと遊びで買ってみるのもいいんじゃないですか。」 片づけしながらの受け答え

「いや、私の買おうと思ってるのは、本職のミュージシャン用のものなんですよ。

 けさの新聞に公告が載っていたんですが、なんでも世界中のミュージシャンが使っているということで、メーカーの名前と連絡先をメモしたんです。」

「はっ、どういう話ですか。ホントの話ですか?

 なんでそんなもの買う必要があるんですか。冗談でしょう。」

「高橋さん。びっくりされたかもしれませんが、私は本気なんですよ。

 実はわたくし六本木にビルを持ってまして、だいたい貸してるんですが、

 空いている部屋があるんです。

 その部屋にできればシンセサイザーを置きたいと思っているんですよ。

 チッチッチーチク チッチッチーチク ってやつです。」

「ちょとまって下さい。シロート知識しかありませんが、

 シンセサイザーを置くといっても、それだけポンと置けばいいものではなくて、

 音響の設備とか照明とか、もしかしたら床や壁まで変えないとならないかもしれません。

 よくわかりませんがお金も相当かかると思います。

 とてもシロートが突然買って、すぐ使い物にはならないと思いますよ。」

「費用は気にしなくていいです。

 ほかに必要なものがあるなら、そういった業者のかたに相談したいと思っています。」

「本気のお話みたいですけど、あまりに突飛な話で、

 ちょっと私がご相談にのれるワクを超えてます。

 いずれにしても私としてはあまりお勧めな話じゃないですね。

 失礼ですが、もう一度、ゆっくり考え直してみたらどうでしょう。」

「高橋さん、ありがとうございます。

 本体だけじゃなくて、いろいろ必要そうだというお話が聞けて助かりました。

 またいろいろ教えてください。」

「篠塚さん、大丈夫かな。」 息子さんのベンツが迎えにきた



数日後、高橋の家に聞きなれない声の電話がかかってきた

「高橋さんのお宅ですか。

 ラージボールでお世話になっています篠塚の息子の健太と申します。」

「篠塚さんの息子さんですか。

 いったいどうされました。」

「実はこのところ父がおかしな話を始めまして、

 急にシンセサイザーを買いたいと言うのです。

 ボケ防止に多少そういった楽器をやってみるのもいいかと

 話を聞いていたんですが、何でも本職用の高価なものを買うんだと

 いうことで、全然聞かないんですよ。

 母さんも、父さんがやりたいって言うんならという事で止めようとしないですし。

 失礼ですが、高橋さんにも相談したということで、お手数ですが、

 もしできましたら、考え直すように勧めて頂けないでしょうか。」

「その話はこの間お会いした時に確かに伺いました。

 最初は遊びなのかと思っていたんですが、本職用のものを

 買うんだということで、どこまで本気なのかと思っていたんですが。

 一応、私からはあまりお勧めできないとお話したんですが。」

「そうですか。ご心配おかけしました。

 父はどうやらもうメーカーの方に連絡をとるようです。

 年も年ですし、メーカーの方が、どこまで真面目に対応してくれるか分かりませんが。

 そう心配しないでも、業者の受付もあまり怪しい話は相手にしないでしょう。

 すいません、また何かありましたら相談にのってください。」



私はどんどんシンセサイザーの購入の件を進めていた

業者の方も特に疑うこともなく、この案件にのってくれた

「一度、六本木の設置場所を視察したいのですが。

 その際に、他の音響設備等をどうしていくかを相談しましょう。」

全部まかせで六本木のビル内に設置できるとあって、業者のほうは至って乗り気だ


業者の視察が六本木の設置場所に来た

30代の男性と若手の女性で2人ともスーツ姿だ

女性のほうは私にはお構いなく、パチパチ写真を撮ったり、測ったりしている

いろいろ話してくるのは男性の社員のほうだ

「失礼ですがお年はどのくらいでいらっしゃいますか。」

「90代なんですよ。

 こういうと信用して頂けないですかね。」

「とんでもない。

 受け答えもはっきりしてらっしゃいますし、案件を進めていくには十分です。

 他の階は別のかたに貸されているということで、壁や床の整備は必要に

 なってくると思いますが、ベースがいいのでやりやすいと思います。

 もしよろしければ、総合的なデザインから、壁や照明などの業者の手配まで

 すべておまかせ頂ければと思います。

 これが完成すれば、多くの人にお使い頂ける設備になると思います。」

「そんなに人に使って頂けるものができれば幸いです。

 是非よろしくお願いします。」


しばらくして、業者の男性が家の方に訪れてきた。

見積りが出来たということで、いよいよ本番だ。

「公共的な使用も見込まれますので、区のほうの支援も取り付けられました。

 多くのかたに使って頂いて、当社としても宣伝効果が見込まれるので、

 見積りはかなりお安くまとめられたと思います。」

「いろいろ工夫して頂いてありがとうございます。

 がんばってください。」

横で一緒に話を聞く息子は絶句している。今更止められる状況ではない。

「このあと、音響関係や照明関係、床壁などの各部を担当する業者のものから、ごあいさつと説明がございます。」

「私は良くわからないからお任せしますよ。」

「まあそう言わずに、息子さんと一緒にお聞きください。」

これだけのものを作るとなると、さすがにたいへんだ。



設計が終了し、施工が始まった。

1日に1度は進行状況を見に来ている。

細かいところは分からないが、だんだんに物が出来ていくのを見るのは楽しい。


若手の職人が空調の無い部屋で大汗をかきながら働いている。

昼休みはコンビニのおにぎりらしい。

「もし良かったら塩飴はどうかね。」

「ありがとうございます。こういうの助かるんですよね。」

職人はすぐに塩飴をほおばった。



数か月後、高橋の家に電話があった。

「高橋さんのお宅ですか。

 ラージボールでご一緒してました篠塚です。

 お久しぶりです。

 実は以前にご相談したシンセサイザーの施設が完成したんですよ。

 高橋さんにも是非一度見に来て頂きたくてお電話しました。」

「ええっ、本当に出来たんですね。

 それはゼッタイに行きたいです。

 すごいですね。」



高橋は篠塚のビルを訪れた。

「こんにちは、篠塚さん。

 あまりにりっぱなんでビックリしました。」

「高橋さん、わざわざいらして頂いてありがとうございます。

 この部屋は音だけじゃなくて、照明も工夫してるんです。」

部屋がまっくらになり、パッとスポットライトが点いた。

「私も最近演奏するんですよ。

 チッチッチーチク チッチッチーチク 」


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