サボテンの言うことには
ここは大きな県立の体育館。
バレーボール、バスケットボール、バトミントン、武術、ダンス、いろいろなスポーツに対応できるように、かなり広く作られている。
しかし今日ここで行われているのは、スポーツではなく、一般の人も参加できるセリ、それもサボテンのセリだ。
俺も全くのシロートなのだが、面白半分でセリを見に来た。
セリで扱われるサボテンは小さいものから大きな特殊なものまでいろいろだ。
今ステージで出品されているあのサボテンなら小さくて愛着が持てそうに思える。
なんとかあれを手に入れられないだろうか。
ルールもよく分かってないが、出来れば俺もセリに参加してみたいと思う。
2600円、2700円、「2800円」
「2800円、次ありませんか、はい決まり、2800円で決まりです。」
やった、生まれて初めてセリで競り落とした。
かわいいサボテンだ。
「お兄さん、良かったね。業者が入る前で、あまり値段が上がらなかったよ。
普通なら4000円位のものかな。」
「やった、可愛いサボテンを安く買えたみたいだ。」
まだ手に取る前から、すでに愛着が湧いてきた。
お金はレジで払って、サボテンはカウンターで袋に入れて渡してもらう。
いよいよあとはサボテンを受け取るだけだ。
今日はラッキー、なんかウキウキしている。
しかしだ、どうもおかしい。
いつまでたっても俺のサボテンが現れないのだ。
もう、次の次、それどころか5人以上先まで来たのに、まだ出てこない。
どうも俺の次の人が、間違えて俺のを持って行ったらしく、その代り、次の人のサボテンはいつまでたってもテーブルに残っている。
待っていてもしょうがないので、次の人のを代わりに持っていくしかないか。
しかし、これの方が少しりっぱなサボテンのようで、ちょっと気が引ける。
10人位先まで来たが、次の人のは相変わらず残っていて、俺のはまだ現れない。
しかたないので、次の人のを代わりに持っていくことにした。
いざ家に持って帰ると、サボテンというのはなかなか動物みたいで愛着が湧いてくる。
俺が選んだやつではないが、もう関係なく、とてもかわいい。
猫や犬のように主人にまとわりついたりはしないが、俺が可愛がっているからそこに居るんだという充実感がある。
成長スピードもすごく遅くて、急に形が変わるものではないが、きっとほんの少しづつ、すくすくと育っているに違いない。
明日もう一度、サボテンのセリをやるみたいだ。
俺もサボテンマニアというほどにはいっていない。
行ってみようか、どうするか。
翌日、今日もやっぱりセリ会場に来てしまった。
でも今日は特に買い物をしようというつもりではなく、見るだけだ。
休日なので午前中から賑わっている感じだ。
すると、客の中から声がする。
「うちの息子がまぬけでさ、きのう払った金額より小さいサボテンをもって帰ってきやがってさ・・・」
えっ、それたぶん俺のですと言おうと思ったが、現物がない。
明日がセリの最終日らしいので、試しに今のサボテンを持って来ることにした。
一度自分の選んだサボテンなら、置いてあれば分かるんじゃないか。
まあ、今のサボテンも随分かわいがったが、俺がセリで選んだ小さいサボテンにも少々未練が有る。
次の日、今のサボテンを、受け取りを行うテーブルの隅に置いておくことにした。
だれか名乗ってくるだろうか。
俺も自分が選んだ小さいサボテンにできればもう一度会いたい。
しかし、期待通りにはいかず、いつまで見ていてもだれも現れない。
賑やかな声がする。今日もセリは進んでいるようだ。
しびれを切らして、セリを見に行く事にした。
今日は最終日だから、出品物のレベルも高いようだ。
ちょっと高くて俺には手が出ない感じだが、見ているだけでも面白い。
今日は業者も来ているのか、シロートがとろとろやっているのとは違う。
出品物もすごい迫力、こんなの売っちゃっていいのか。
博物館用じゃないのか。
ほんとに凄いな。
おっと、うっかりしてた。
俺のサボテンを見に行かないと。
すると、テーブルの隅に残されたサボテンを、いままさに持っていこうとするやつがいる。
そいつはサボテンを持ったまま、どんどん行ってしまった。
「おい、ちょっと待て。そこのサボテンを持った人、ちょっと待って。」
聞こえただろうに止まる素振りはまるで無い。泥棒だ。
「待て―、サボテン泥棒。そこの人、待ってー。」
俺の様子を見て、泥棒に声をかける人がいる。
「おい、後藤。あの人が待てとか言ってるみたいだぞ。」
泥棒は後藤って言うのか。
声をかける人がいるし、近所の工場の帰りみたいだな。
「まてー、後藤。待ってくれー。」
走って逃げてるわけではないが、速足で行くのでなかなか追いつかない。
上りの坂道で陰になって、見失ってしまった。
ちくしょう、どっちに行ったんだ。
苦しまぎれに近くを歩いている人に聞いてみた。
「すいません。後藤さんどっちに行ったか分かりませんか。」
「後藤ならまっすぐ歩いていったけど。」
聞けばすぐ分かる人なんだな。そんなひどいやつではなさそうだ。
走って追いかけていると、ようやく追いついた。
「すいません。今、サボテンを持って行ったんじゃないですか。
あのサボテン、俺のなんです。そのかばんからはみ出ているのがそうです。
返してください。」
最初はしらを切ろうとしたらしいが、かばんから出ているのを見つかって観念したようだ。
「申し訳ない。サボテンを見ていたら、愛着が湧いてきて、欲しくて欲しくてたまらなくなって、持って来てしまったんだ。全く申し訳ない。お返しいたします。」
「まあ、気持ちが分からないでもないので、気をつけて下さい。
俺はサボテンさえ戻ってくれればいいから。
特に警察とかには言いません。」
しかし、ここで大問題が。
「これ、俺のサボテンじゃない。」
俺は別のサボテンの泥棒を追いかけていたのだ。
テーブルにあと1個残っていたのを持って逃げたので、当然俺のサボテンを持って行ったと思ったが、俺のサボテンはそれより前に泥棒されていたのだ。
どうしよう。
これは他の人のサボテンだから返さないとまずいか。
しかし、俺のサボテンは泥棒されていて、そんなの通報しても返って来ないだろう。
代わりにこのサボテンを持って帰るか。
しかし、それじゃ俺が泥棒ということにならないか。
泥棒の泥棒だ。
どうしたらいいのか分からない。
とりあえず、サボテンに聞いてみることにした。