悪い奴らの競争曲
俺は今年で3年目の電器会社の営業員。
普段はほとんど外回りだ。
業務用コンピュータなどを官庁や大手の会社に売り込むのが仕事で、なかなか話は決まらないが、うまく決まった時の利益は大きい。
通常は1年上の先輩と一緒に外回りする。
この先輩と仕事するのは入社以来ずっとで、ほんとに全く分からない俺をいちから教えてくれた感じだ。
最近は俺もようやく少しは使い物になってきたというか、一緒にいて邪魔にならなくなってきたんじゃないかと思う。
今日も先輩といっしょに事務用のコンピュータを市役所に売り込みに行くところだ。
この案件はそれほど大きな話ではないが、これまで競争会社のコンピュータを使っていたのをうちの製品に乗り換えてもらえそうなので、是非とも受注したい案件だ。
多少値引きも仕方ないが、どこまでやってしまうかが腕の見せ所で、その辺になるとやっぱり先輩はうまい。
落ち着いていて余裕ありげに笑顔で対応する。
こういうふうに対応されると相手にとっても安心感があるだろう。
俺は何もできないで、ただただひざに手をついて笑っているだけだ。
「それでは台数は25台、納入まで3週間で、設置作業込みでお引き受けということでよろしいでしょうか。」
「わかりました。それでよろしくお願いします。こちらにお願いしておけば安心なので、今後ともよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
やった、25台受注だ。値段的にもなんとか儲けがあるとこにおさえられたし、なんにしろ今後のつながりが出来たところが大きい。
「やりましたね。うちの製品に乗り換えてもらえたし、信頼感もつかめた感じです。俺は座っているだけで何もできなかったです。なんだか申し訳ありません。」
「いや、ここで話に割って入ってきて、余計なことを言うやつもいるんだけど、今日のような時はじっとがまんして背広で笑顔でいてくれるのが一番いいんだ。よくやってくれたよ。まあ徐々に勉強してってくれ。飯でも食ってくか。」
この先輩にはほんとにお世話になっている。
入社してすぐのころだ。
俺が残業してようやくまとめた資料が、次の朝に来てみたら全く書き変わっていた。
たぶん俺の作った資料は間違いだらけで、そのあとに全部書き直してくれたのだ。
訂正された資料を見ると俺の作った資料の数値はほとんど合っていなかった。
先輩は俺の帰ったあと全部見直して、その結果ほとんど資料の作り直しになってしまったのだろう。
あまり寝てないのかもしれない。
しかし先輩は
「おはよう、今日は10時半から会議だからたのむぞ。」
といっただけで、俺のミスについて一言もつべこべいうことはなかった。
俺はさんざん残業して帰って、なんで俺がこんな会社のために、こんなに苦労しないといけないのかと思って、すごい不満だった。
しかし、実際は俺はゴキブリ同然だったのだ。
そのあと徐々にはましになってきたものの、いつまでたっても先輩のサポーター役で、自分から新しい仕事を切り出していくことができないでいる。
そんな時だ。俺と、隣の課で同期の男が、部長に呼び出された。
「何の話だろう。昇格か?でも昇格ならおれ達より先になりそうな人がいるよな。」
2人は顔を見合わせて部長室に入った。
「失礼します。」「失礼します。」
「ああ、2人ともごくろうさま。
実は今日は2人の評価についての話で来てもらった。
2人は同期で3年目ということだが、その中でも普段からの努力があって実績にも反映されている。
部長会の集まりの決定で、君達がよりがんばってくれるように係長になってもらおうと思うんだが、どうだろうか。」
「いいんですか。より努力したいと思います。よろしくお願いします。」
俺は思いもよらない昇格の話に胸が高鳴った。
しかしだ。いっしょに来た隣の課の男は、予想外の反応をとった。
「とてもうれしいお話ですが、申し訳ありませんが辞退させて頂きたいと思います。
同じ課で一緒に仕事をしている先輩の中でまだ係長になってない方がいらっしゃいます。
先輩方にはまだまだお世話になっています。
私だけが先に昇格するというのは、一緒に仕事をしていく上でやりにくくなる可能性があります。」
「君の先輩を思う気持ちは分かるが、先輩を抜いて昇格するというのは良くあることだよ。
単に業務成績の良し悪しだけでなく会社に対する態度なども関係ある。
会社に対してケシカラン意見をよく言う社員の昇格は遅くなることが多い。」
「私はとにかく仕事のやりやすさを考えて、今回の昇格は見合わせたいと思います。」
昇格を辞退するなんてもったいない話だ。
あいつは変な野郎だと思っていたが、まあいいや。
とにかく俺は明日から係長だ。
あいつに対しても明日からは呼び捨てだ。
次の日だ。
お世話になっている先輩が話しかけてきた。
「係長になったそうだね。おめでとう。」
「ありがとう。まあ君もがんばりたまえ。」
先輩の方がどうみても俺より業績は上だが、いろいろ会社に対して意見を言う人なのでうるさがられたのだろう。
もう俺の方が先に係長になって、彼は部下だ。
「おい、午後のスピーチの資料はできているかね。」
「配布する資料の原稿は出来てますが、プロジェクターの資料がまだ仕上がってません。」
「まだ仕上がってないとはどういうことだね。気を付けたまえ。とりあえず原稿の方を私が見直そう。」
「よろしくお願いします。」
しかし何だか居心地が悪い。
ほんとにこれでいいのか。
いや、ゼッタイいいはずだ。
でもなんだか俺は嫌な奴なんじゃないか。
どうも俺は悪者になった感じがする。
いちにちじゅう余計なことを考えているせいか、すごく疲れる。
帰りの電車でもなんとか座れたらスグに寝てしまった。
しばらくしておきると目の前におばあさんが立っている。
以前の俺だったらすかさずおばあさんに席を譲っていただろう。
しかし、今の俺はまず考える。
この人、席を譲らないといけないほど年だろうか。
もしかしたら、俺とさほど年は違わないんじゃないか。
その上、今日の俺は凄く疲れている。
ここで席を譲る必要なんて無いんじゃないか。
おまけにどうせ降りる駅まで2駅くらいだ。
積極的に譲ったりしなくても、どうせ俺は降りるんだ。
考えているうちにおばあさんの方が先に降りてしまった。
もう悩んでもしょうがない。
これで良かったのだ。
でも本当に良かったのか。
俺はやっぱりだんだん悪いやつになってきてるんじゃないか。
何を考えてるんだ。
考えすぎだ。
俺は全く悪くない。
そうだ。悪くないんだ。
しかし家に帰ってもどうも気になってしょうがない。
なんだか寝付かれない。
朝寝坊だ。
特に目覚まし時計など使わなくても、いつも普通におきれているので、全く油断していた。
牛乳だけ飲んですぐ出発だ。
駅まで全力で走らねば間に合わない。
しまった。すれすれで信号を渡りそこなってしまった。
ぜんぜん車は来ないし、渡っちまえ。
しかし、渡り切った時、背中の方から声がする。子供の声だ。
「あの人、赤なのに渡ったよ。」
「あれは悪い人なのよ。赤は渡っちゃダメ。
悪い人のまねしちゃだめよ。」
悪い人のお手本になってしまった。
やっぱり俺は本性が出ると悪い人なのか。
また今日もいちにちじゅう余分なことばかり考えて、結局へろへろになってしまった。
俺はどんどん悪い奴になってきているようだ。
家に帰るといっても、悪い奴がアジトに戻るような感じだ。
夜もようやく眠れたが変な夢をみた。
ショッカーやバルタン星人、ハカイダー、ドロンパなど悪い奴らが集まって、みんなで飲み会を行っている。
俺も遅れてそこに入っていった。
「おう、よく来たな。」
ショッカーからチューハイをすすめられた。
これで俺もついに一人前の悪者だ。