ゲムラーの涙
「おはようございます。」
「おはようございます。」「おはようございます。」「うっす。」
「今日、君達3人にやってもらうのは怪獣の破壊シーンだ。
準備してあるビル街をおもいっきり壊して欲しい。
怪獣は3匹同時に出現する。
どの怪獣も一度バッチリマンに倒されていて、仕返しに来ている設定だ。
今日のシーンではバッチリマンはまだ現れず、怪獣が出現して、町を破壊し始めたところだ。
遠慮せずに、町を力いっぱい壊して欲しい。
じゃあ、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」「よろしくお願いします。」「うっす。」
「立花くんにやってもらうのはゲムラーだ。
怪獣の中では小柄でこちょこちょ動きまわる。
口からレーザー光線をはく設定だ。
たまに止まって、レーザー光線を吐くふりをしてくれ。
あとから原稿に書き込みでレーザー光線を入れる。」
「見吉くんにやってもらうのはズグラだ。
大柄で体重が重くて力が強い。ゆっくりと動いてくれ。
頭には大きな角があって、角を振り回す。」
「木田くんにやってもらうのはロボット クインサンダーだ。
ロボットなので、ガタガタ動く。オカマロボットの設定だ。
クインサンダーはお腹から超音波が出る。
着ぐるみの中でスイッチを押すと、目とお腹に付いているランプが点滅するので、
たまにスイッチを押してくれ。
さらに書き込みで超音波の絵を入れる。」
「このあと試し撮りに入るが、その時はまだミニチュアは壊さないで、イメージをつかんでくれ。
まず、各自着ぐるみを着て、鏡の前で動きを確認してくれ。
細かい動きについてはスタッフに相談するように。
不明な点があったら聞いてくれ。
では、よろしく頼む。」
「よろしくお願いします。」「お願いします。」「うっす。」
早速、用意された着ぐるみを着始める。
「こりゃ重いや。」
さすがに1人では着られない。後ろをそれらしくスタッフさんに閉じてもらう。
鏡の前に向かって動いてみる。
「俺はゲムラーなんだ。俺はゲムラーなんだ。
こちょこちょっと動いて、レーザー光線をはく。
ちょっときついかな。
でも、そんな事言っていられない。俺はゲムラーなんだ。」
見吉さんのズグラが話してきた。
「なあ、立花さんのは軽そうでいいな。
俺のはすごく重たい上に、頭にでっかい角があって、すぐ肩がこりそうだ。
ゆっくり動けって言うんだけど、それが意外とたいへんなんだ。」
木田さんはロボットの役で、スイッチがあったり、一番難しいのだが、若いせいか要領よくこなしているようだ。
昼休みに入った。
着ぐるみを脱ぐと、もう汗でいっぱいだ。
本番前にかなりへばってしまっている。
出前の弁当を食べているとズグラの見吉さんが話してきた。
「なあ、今日撮るバッチリマンのシーンてさあ、ホントのストーリーじゃなくて宣伝用のものらしいぜ。」
「どおりで。アルバイトなんかにこんな重要な役をやらせるなんて変だと思ったよ。」
「まあ、こんな役やることも滅多にないから、おもいっきり町をぶっ壊させてもらうよ。」
若手の木田さんは特に不満があるでもなく、ずっとスマホを食い入るように見ている。
午後スタートだ。
また俺はゲムラーになった。
今度はいよいよミニチュアのビル街に立っている。
最初はまだミニチュアは壊さず、立ち回りの確認だ。
別にセリフがあるわけでもないし、とくにトリッキーなアクションをするわけでもないので、練習もなにもないだろうと思っていた。
「スタート」
事前に練習してきたように、こちょこちょっと動いては止まってあたりを見回す。
本番ではビルをぶっ壊しながら進んで、同じ調子でやればいいんだろう。
バッチリマンもまだいないし、ふっとばされる事もない。
そう思って体をよじった瞬間、図体の大きいズグラとぶつかってしまった。
足場が悪くて安定性のないズグラのほうがビル街に倒れた。(ドォガン!)
「カット。」
「しまった。」
「ビル街を壊すのはまだだぞ。伊藤さん、矢柴さん急いで直してくれ。」
「すいません。」
「あっ、こんなのショッチュウだから。気にしないで。」
「ゲムラーは右奥の三分の一、ロボットは手前の左三分の一、ズグラは手前の右三分の一をだいたいの目安にして動いてくれ。お互いは接触しないように気を付けて。」
「本番いきます。
スタート」
(ガチャガチャバァンドン)今度はミニチュアの町をぶっ壊して進んでいく。
俺はゲムラーだ。ぶっ壊すぞ。
「カット!」
「えっ、ぶつかってないしどうしたんだ。」
「上空から地球計測隊のヘリが飛んで来ることになっている。
下ばかり見てないで、上も見あげてくれ。
伊藤さん、矢柴さん、シーンの途中からで、戻すので、急いで直して。」
「手前のビルは、最初のより低くなりますが、いいですか。」
「たぶんそこはほとんど映らないので、それでいこう。
伊藤さん、矢柴さん、急いでくれ。
他の人は、一度休憩してくれ。けっこう暑いから脱水症状に気を付けてくれよ。」
「だめだ、もう汗びっしょりだ。だんだん動きが悪くなってる感じだ。
これじゃまた怒られるかもしれない。」
見吉さんのズグラはもっとたいへんそうだ。
「俺はもう肩に何か貼らないと、肩こりもあるし、こすれて赤くなってる。
これでバッチリマンが出てきて、投げられたら首が折れそうだ。」
ロボットの木田さんは空いた時間は、相変わらずずっとスマホに食いついている。
「いけ―、レッドブラック。そこだ。やった!1着レッドブラック、大穴だ。
こんなことやってられないや。じゃあ後は頼みます。サヨナラ。」
「えっ?サヨナラって。帰っちゃった。ちょっと、どーすんだ。
かんとくー。木田さん急用で帰っちゃいました。」
「かえったー?ここまで来て何考えてんだ。
だれかとりあえず代りにならないのか。」
「ロボットの役は難しいので急には出来ません。」
「くそー、まずは入るだけでいいから、だれかいないか!」
「・・・・・」
「しょうがない、俺がやるしかないか。」
「監督、大丈夫ですか。そうとう重たいですよ。動けますか。」
「じゃあ悪いが立花さん、ゲムラーと変わって、ロボットをやってくれないか。」
「えっ、ロボットですか。ずっとゲムラーのつもりでなりきっていたのに。
ロボットは動きが違うし、スイッチがあって難しそうなので、いきなりは出来ません。」
「大丈夫だ、ゲムラーができれば、ロボットもできる。
ロボットの動きは見ていただろう。その調子でやってくれ。
ちょっと重いかもしれないが、俺よりは若いから大丈夫だ。
ゲムラーは代りに俺がやる。」
ゲムラーとロボットを着替える。
「ちょっと動いてみて。(ガタッ、ガタッ グー。ピカピカ)
いいじゃないか。じゅうぶんロボットになってるよ。
よしオーケーだ。これでいくぞ。
スタート。」
(ガタッ、ガタッ グー。ピカピカ)
しかし、最初はロボットだったのに、だんだんに手足の動きが練習してきたゲムラーになってきてしまう。
おまけに、なんだ!あの監督のゲムラーは。あんなのゲムラーじゃない!
ゲムラーはもっとこちょこちょっと動いてレーザー光線を吐くんだ。
あんな、寝ぼけて首をまげてるようなのとは違うんだ。
違うんだ。あんなんじゃない。。。
考えてるうちにロボットが完全に停止してしまった
「カット!」
「立花さん、何やってるの。へばっちゃった?
まだこれからなんだからね。しっかり頼むよ。
伊藤さん、矢柴さん急いで直して。」
「すみません。俺のせいで。」
「こんなの別にいいけど、大丈夫?
なんかボーッとしてたぜ。ちょっと休んだ方がいいんじゃないの。」
ゲムラーの目がおれを見ている
停止したロボットのランプが点滅している
そーだ。俺はロボットなんだ。