03-馬頭閏賀
バウルは男、ローゼン・ブルックス中尉に先導され駐車場まで連れていかれた。背後の二人にも、背中を見せているローゼンにも、油断はまるでない。
(下手に騒ぎを起こせば、イリーナにも面倒をかけることになる)
何のために自分を呼んだのか。その問いにローゼンは答えなかったが、軍人が来たということは自分にとってあまりいいことではないと分かっていた。
「別にキミを取って食おうというわけではない。安心してくれよ」
ローゼンはバウルの不信感を感じ取ったのか、爽やかに笑いながら言う。どうだか、と内心でバウルは毒吐く。望んでやったことではないとはいえ、つい半年ほど前まで彼らとバウルは戦場で殺し合っていた。もっとも、それは一方的な虐殺と言った方がいいものだったし、彼らもバウルのことなど知らないだろうが。
ローゼンと護衛二人は表に回されていた黒い防弾仕様車に乗り込んだ。狭い車内で、バウルとローゼンとは向かい合う形になった。
「説明もせずここまで連れて来て、申し訳なかったね」
「本当にそう思っているなら、どういうことなのか説明してくれ」
「本当に申し訳ない。だがまとめて説明するために移動する必要がある」
それっきり、ローゼンは何も言わなくなった。諦めるしかないか、とバウルはわざと大きくため息を吐いた。その姿を見て、ローゼンは苦笑する。
十分ほど時間をかけ、車は物々しいゲートの前まで辿り着いた。『関係者以外立ち入り禁止』の標識、武装した兵士が運転手と言葉を交わす。確認が終わりゲートが開き、車は施設の中へと入って行った。太陽系連邦軍本局へと。
「ほとんどなくなったと聞いていたが……」
「やはり、知らないんですね。ここノーデンは中東地区と西欧地区の中継点に当たり、重要度が高いということで戦後も戦力が維持されているんです」
そういえば、とバウルは思う。戦争で寸断された鉄道貨物のターミナルもあったし、空港もあった。近くには港もあったように思う。なるほど、これだけ大量の物資が行き交う場所ならば戦力が置かれていることにも納得だ。
車は地下に入り停車した。オレンジ色のぼんやりとした光に照らされた地下空間、ローゼンはバウルに降りるよう促した。車外に一歩足を踏み出すと、意外なほどひんやりした空気が漂っていることに驚いた。もっとも、それはいままでバウルがいた場所、テロリストたちの粗末な住居と比較してのことだったが。
駐車場から施設内に入り、何度か角を曲がり、エスカレーターで上下する。直線距離で結べば一キロほどになるだろうか。その間に何度か職員とすれ違うが、ローゼンはそのすべてに対してにこやかに対応した。
(軍人らしくないな、この男。もっと威圧的な連中だと思ったが)
もっとも、彼が抱いているイメージは教会が植え付けた偏見に満ちたものだったが。そうしているうちに、彼らは目的地に辿り着いた。五メートル四方ほどの部屋で、壁際には黒塗りのマジックミラーが備え付けられていた。中央にはデスクと一対の椅子。ローゼンはそこに掛けるよう、バウルに促した。
「運輸局から連絡があったんだ。登録IDのない人間が街に入ったと」
手際よく始末している風だったが、どうやら筒抜けだったようだ。
「しかしイリーナ・フェネクス嬢と一緒に入場したというのでね。これはどういうことかと、キミたちのことはしばらく監視させてもらった」
「彼女は有名人なのか?」
「フェネクス商会はこの街ではちょっとした有名人だよ。取り扱っている物資の量は大手にも負けないし、中小だからこその小回りも発揮していてサービスもたいへんいいと評判だ。彼らを刺激したくない、というのも分かるだろう?」
一緒に入って来た男の素性は気になるが、勇み足を踏んでフェネクスの機嫌を損ねたりしたくない、ということか。そうバウルは理解した。
「観察して、俺が逮捕するに値するような人間だと分かったのか?」
「誤解しないでくれ。キミを逮捕しようというのではない、少なくともすぐには。ただ話を聞きたいだけだよ、馬頭閏賀くん」
一瞬、反応が遅れた。
そしてすぐに思い出す、それが自分の名だと。
「馬頭、閏賀」
「キミの指紋を照合した結果だ。ああ、もちろん適法な範囲で収集した情報だ」
バウルのうわごとめいたつぶやきが聞こえなかったのか、ローゼンは話を続けた。話の前半は、法的根拠の説明に費やされることになったのだが。
「馬頭閏賀、キミは二年前にここから30Km離れた都市でグラディウス解放同盟との戦いに巻き込まれ行方不明となった。慎重な言い回しになるが、家族と一緒に死んだものと思われていたんだ。すでに死亡宣告も成されている」
「……そうか、みんな死んでしまっていたのか」
「死亡宣告は取り消すことが出来るから、キミの戸籍を取り戻すことも可能だ。戦争の混乱の最中、消えてしまった人も大勢いるからね……」
そこで一旦ローゼンは言葉を切った。バウルからすれば、ありがたかった。自分も、両親も、確実に死んだのだと納得する時間が出来たのだから。
「聞きたいのは、キミが消えてからの二年間の話だよ」
「俺が心の底からテロリズムに染まったと、そう言ってほしいのか?」
「その様子なら、心配する必要はないのかもしれないけれど」
バウルの皮肉めいた言葉に、ローゼンは真剣な口調で返した。
「キミが社会復帰するために必要な支援を、我々は行うことが出来るんだよ。解放同盟によって、否、戦争によって人生を歪められた人々はキミだけではない。そうした人々を助けるために、いまの太陽系連邦は存在しているんだ」
ローゼンは最後に『話してくれるかな』と聞いた。バウルは目を伏せ、少しだけ考えた。やがて、重い口を開く。あまり思い出したくない話だった。