02-背負うもののある戦い
イリーナをコックピットに押し込め、バウルは輸送機から飛び出した。ドラウムはバルカーの一世代前の機体であり、旧式ゆえに操縦性にやや難がある。ましてや重量が大幅に増したドラウムは遅く、そして制動さえも困難になる。
それでもバウルは機体を手足のように操っている。トップスピードで機器を脱した上、百八十度の急旋回を決め襲撃者たち全員を視界に収めた。
(ドラウムが四。標準装備、砂漠迷彩済み。なるほど強敵だな)
四機のドラウムは油断なく輸送機を包囲していた。手慣れている、そして連携が取れている。数の不利を覆すためには何をすればいいのか?
分断する。ロケットランチャーを起動、ターゲットを狙う。バウルは迷うことなく全弾を発射した。白い尾を引きながらロケット弾が高速で敵集団に飛び、喰らい尽くさんと迫る。
敵の行動は迅速だった。バウルから見て奥側にいた二機がライフルを構え、放った。AAの搭載火器は攻撃用のみならず|近接防御兵装(CIWS)としても有効だ。八つのロケット弾はすべて撃ち落とされ、爆炎だけを撒き散らした。
牽制弾が無意味に終わったことを確認する前に、バウルはランニングギアの角度を調整。真横に向けて走り出した。左右から撃ち込まれた弾丸は上体を逸らして避け、反撃の銃撃で敵の気勢を殺ぐ。敵はまだ止まらないが。
「すっご……! 死ぬ、死にましたよねいまーッ!」
「黙ってろ、舌噛んでホントに死んでも知らないぞ!」
たった一人で戦っていたなら、ここまで必死になっていなかっただろう。いま自分が死ねばイリーナも死ぬ。その一念がバウルを突き動かした。アサルトライフルで敵を牽制しつつ、グレネードランチャーのトリガーを引く。
グレネード弾の弾速はロケットよりも遅い。これもまた撃ち落とされるだろう。だが、落とされることが狙いだ。撃ち貫かれたグレネード弾は爆発し、周囲に煙幕を展開した。敵の動きが一瞬止まった、その音をバウルは聞き逃さない。
極度の集中。ありとあらゆるものを知覚出来るような不快な全能感。バウルは二門装備された35mm速射砲を展開。煙幕越しに敵がいるであろう場所に向けて放った。電子センサーの類が異常磁場によって無力化された現代、視覚に頼らない射撃など成立するはずがない。それでも。
『コンポ』とも愛称付けられる、特徴的な発射音が何度も響いた。ライフル弾とは比べ物にならないほどの質量の弾丸を、爆発的なエネルギーで発射する。単純な暴力がAAの薄い装甲を貫き、粉砕させた。計十六発の砲弾が四機のドラウムを完全に破壊するまでにかかった時間は、およそ四秒。
「すごっ……関節射撃でこの精度? あなたは、いったい……」
煙が晴れ、状況を確認したイリーナはあんぐりと口を開けバウルを見た。一方のバウルもただでは済まない。過剰な集中の代償として、凄まじい疲労感が彼を襲ったのだ。荒い息を吐き、大量の汗を流すバウルの髪をイリーナは撫でた。
「なにを」
「ありがとう。おかげさまで私はこうして生きていられた」
屈託のない笑みと、純粋な謝意。そんなものを受けたのはいつ以来だっただろうか。そうバウルは自問し、そんなものはなかったのだと結論付けた。
「あいつらだけとは限らない。早く、ここを離れよう」
バウルは機体のナビゲーションシステムに従い進路を決めた。最新のアップグレードが施されたGPSデータによれば、16Km先に街がある。これまで彼が見て来たのとは規模が違う、本物の街が。この機体なら一時間もかからないだろう。同時に、彼はいままで辿って来た道程が無駄ではなかったと確信した。
「すごいね、バウルくん。どこで操縦を習ったの?」
「……まあ、いろいろだ。それより、これからどうするんだ?」
イリーナの言葉が、バウルを現実に引き戻した。どこで習った、と言われれば解放同盟だろうが、果たして。テロリストの一員だったと自分で告白する勇気もないし、それにそれが正しくはないような気がしていたのだ。解放同盟が教えてくれたのは乗り方とトリガーの引き方くらいだったのだから。
バウルは直感的に機体を操作している。AAは程度の差はあれど操作性に優れ、短時間の訓練で習熟することが出来る。だからこそ機甲歩兵という兵科が成立し、機動戦前世紀の時代を築くことが出来たのだが、それにしても。
(あまりにも、俺の力は異常過ぎるんじゃないのか?)
ほんの半年前までまともに機体を動かすことも出来なかった小僧が、数倍の戦力差を覆すことが出来る存在へと変わった。それはいったい、なぜなのか。考えるまでもない、あの天使との接触が原因だろう。あれからバウルは変わった。
ならば、天使とはいったい何なのだろうか?
「ねえ、バウルくん。よかったら私たちと一緒に働かない?」
「え?」
「見ての通り護衛もみんな死んじゃってね。ただじゃ帰れないのが本音」
操縦桿を握るバウルの手に、イリーナは自分の手を重ねた。
「いいパイロットはみんな大手に取られちゃうからさ。いい人がいないか探していたところに来たのが、キミ。キミとならいろいろなことが出来る気がするんだ」
「無理だろう。俺には……戸籍がない。死んでいたはずの人間だからな」
バウルは自嘲気味に笑った。
二年前のあの日から彼は死人なのだ。
「その辺りの細かいことはこっちでどうにかするから大丈夫だよ!」
それを「細かいこと」だと言い切るイリーナに、またバウルは面食らった。少なくとも、彼女はいままでバウルの身近にはいなかったタイプの人間だ。
「……考えておくよ、イリーナ。でも、それはまずここを生き残ってからだ」
「じゃ、頑張ろうバウルくん。楽しみにしてるからね、私は!」
イリーナは輝くような笑顔でそれに答えた。バウルは彼女と一緒に働く姿を想像し、そんな未来もあるかもしれないなと小さく笑った。
「……でもごめん、ちょっと止まれる? きもちわるい」
「よせ」
……とはいえそれも、現状を切り抜けてからなのだが。




