02-可憐
「……ああ、そうだ。大丈夫か?」
暑さとはまったく無関係に額から汗を流しながら、バウルは言葉を絞り出した。少女は床に手を突き、よろよろと立ち上がった。倒れそうになり、バウルがそれを支える。長い金髪がはらりと流れ、差し伸べた手をくすぐる。
「ありがとう……ねえ、他のみんなは?」
「残念だが、キミ以外に生きている人は見つかっていない」
「ありがとう、あなたが来てくれなかったら私もそうなっていたね」
少女は屈託ない笑顔でバウルに礼を言った。罪悪感でバウルの胸がチクリと痛む。長年のテロリスト暮らしで錆び付いていただけで、良心くらいある。
「ここを早く出よう。何か誘爆するようなものは積んでいるか?」
「山ほど。救難信号くらいは出しておきたいけど……」
「襲撃で受信装置も発信装置も壊れているだろう。
いずれにしろ、味方の救援が来る前に物資目当てのゴロツキが来るだけだ。
位置だけ記録して脱出しよう」
少女はこくりと頷き、バウルに支えられともに出口まで歩き出した。
「そう言えば、名前聞いてなかったよね。
私はフェネックス商会のイリーナ・フェネクス。
見習いだけど、商会の経理として働いてるんだ」
「その歳でか? 大したものだな。俺は……」
名乗ろうとして、言葉に詰まった。
名乗れる名前は一つしかない。
「……バウル。いまはそう名乗っている」
「不思議な名前だね。この辺の人には見えないけど……」
この辺りでの暮らしが長い彼女にさえ不審に思われる名前なのか、とバウルは内心で嘆息した。どうせつけるなら不自然のない名前にしてほしかった。
転がる死体を彼女から出来るだけ隠しながら、バウルは格納庫に進んだ。使えそうな機体はドラウム一機のみ。他は損傷して使い物にならない。
「仕方がないですね、相乗りするしかないみたいです」
「そんなこと出来るわけないだろ、何言ってるんだお前は」
AAは基本的に人一人を収容するスペースしかない。比較的余裕のあるDSシリーズとはいえ、二人目を押し込めるスペースなど存在しない。
「キミが乗れ。俺は一人で歩いてきた、それがまた続くだけだ」
「言っておきますけどバウルさん、私操縦下手くそですよ。免許取得のために勉強しているんですけど仮免許講習を三回連続で落ちてますからね」
「何のアピールだよ」
「コースからの脱線4回、縁石に引っ掛けること8回、坂道での転倒6回。そもそも起動さえも出来ないこと3回……」
「分かった、分かった。お前には動かせないってことはよく分かった」
なぜ一人で行かないのかは理解に苦しんだが、ともかく彼女が一人で行きたくないということは分かった。自分一人で行く、という選択肢も取り辛かった。結局、バウルは一番困難な二人で脱出するための算段を立てなければならなくなった。
一縷の望みをかけてコックピットハッチを開くが、バルカーのものとほとんど同じ省スペース設計のコックピットがあるだけだ。とても二人は入れない。
「……私たち二人、子供でよかったですね。バウルさん」
「何言ってるんだ……まさか、そこに入るつもりか?」
少し考えて、バウルはイリーナの考えを理解した。ようするに、彼女はシートの隣に備え付けられた荷物置き用のスペースに入ろうというのだ。確かにイリーナは小柄なので、多少はみ出すだろうが入れるだろう。しかし……
「さすがに窮屈過ぎないか? もうちょっと、その、方法が……」
「ないから私たち、困ってるんじゃないですか。そうでしょう?」
ぐうの音も出なかった。バウルは諦め、パイロットシートに腰掛けた。その上からイリーナが慎重に入り込んで来る。体と体が否応なく接触し、バウルの心にさざ波を立たせる。久しく感じていなかったものに、酷く困惑した。
「いやはや、案外なんとかなるものですね……? どうしたんですか?」
「何でもない。それより、早く行こう。さっさとこの窮屈な旅を終わらせる」
バウルは発進しようとしたが、その前にイリーナから待ったがかかった。
「ここに積んであるもの、放っておくのはもったいないですよ」
「かと言って牽引は出来ないだろう、いい的だ。置いて行くしか……」
「ならくっつけて行きましょう。緊急避難です」
無駄にするぐらいなら持って行く。商売人めいた発想だ。イリーナはまたバウルの上を通って機体を抜け出し、ひしゃげたコンテナを指さした。ドラウムのパワーでハッチを引き剥がすと、大量の武器弾薬が積み込まれていた。
「なるほど、このせいで盗賊どもに襲われたということか」
「えーっとドラウムに積み込めるのはこれとこれとこれと……」
アルゴーン系のAAは共通規格化されたユニット取り付け構造を採用しているので、装着自体は楽に終わった。2×2ロケットランチャーを肩に装着、バックパックのウェポンラックには32mm速射砲二門を装備。25mmアサルトライフルにはアンダーバレル・グレネードランチャーを取り付けた。あとは積めるだけの弾薬を積む。
「しかし……これは売り物なんだろう? いいのか?」
各部の動作をチェックしながらバウルはイリーナに問いかけた。
「一番回収し辛い資材は人間。それがウチの方針ですからね」
悪戯っぽく笑いながらイリーナは返した。
「なるほど、確かにな」
武器の積み込みがほとんど終わったのと同時に、重いモーターの駆動音が外から聞こえて来た。明らかに、こちらに接近している者たちがいる。
「こんな世界じゃ、それが真理かも知れないな」