11-決戦
マティウスの街の輪郭が見えて来た。ミカエラの出現によって破壊された街が、宵闇に影絵の如く立っていた。光り輝く天使の注意がバウルに向かう。
『飛翔体? 攻撃兵器ではない。人間がまた策謀を?』
「残念ながら、俺は策だのなんだのと、そういうものとは無縁だ」
『なぜお前がここに来る。私に勝てないことは分かっているはずなのに』
広域通信も入る。
待機しているアルタイル社が送って来たものだ。
『こちら航空管制室。貴殿は現在、航行禁止区域を飛行している。速やかに旋回し、軌道を修正されたし。繰り返す、こちらには迎撃の権限がある』
あと数時間ですべてが終わるから、引っ込んでいろと言うことだろう。ミカエラの体が一際強く輝き、ランバス・スフィアが次々と生成される。
「バカめ」
『なんだと? こちら航空管制室、もう一度――』
「バカめ、と言ったんだよ! 貴様らの都合など、知ったことか!」
バウルは口元を三日月形に歪めて笑った。上体を傾け急降下、ランバス・スフィアの突撃をかわす。更に空中で一回転し減速し、二本の足で地面に着地する。NTCF製の人工筋肉は落下の衝撃をしなやかに受け止めた。
『行きなさい、我が子たちよ。不心得者を始末するのです』
瓦礫の街から白色のコンパニオンたちが飛び出してくる。自身が作り出したランバス・スフィアはあまり使いたくないらしい。敵がどこから来るか分からない以上、温存しておきたいのだろう。バウルは二挺のアサルトを構えた。
その時、視界の端に白い羽が映った。ふわりと飛んで行った羽は迫り来るコンパニオンに当たり、そして爆発。右足を吹き飛ばした。
『キミの戦いを邪魔させたくないんだ。それに、私も……』
ふわりと砂の上にワンピースの少女が、クオイが降り立った。
『天使には恨みを持っているの。先に行って、バウルくん。私が押さえる』
「……いいのか、クオイ。一人でこいつらと戦うとなれば……」
『いいの。ここがギリギリミカエラの干渉を受けずにいられる場所だし、それに私はこれ以上多分保たないだろうから……制御出来るから、分かるの』
クオイの体が白い光に包まれ、膨張。人間だった彼女は十メートル大の天使に変わった。凹凸の少ないスラリとした人型、だが背負った翼が人外の存在であることを声高に主張する。
『行って、バウルくん。ミカエラを殺せるのは、あなただけだと思うから』
「買い被りだな。だが、それを実現したいといまは思っているよ」
バウルは二挺の銃を構え、ランニングギアを作動させた。クオイは翼をはためかせた。羽根の先に光が灯り、アトランダムな方向にビームを放つ。進路上にいたコンパニオンはビームによって貫かれ、あるいはそれを避けるために大きく横に跳んだ。いずれにしろ、バウルが潜り抜けるには十分な隙間が開いた。
大通りを通りミカエラの下へ。だが簡単に通してはくれない。市内に待機していたコンパニオンたちが躍り出て、彼の前後を塞いだのだ。
「かかって来い、天使ども! どいつもこいつも残らず殺してやる!」
両腕をクロスさせトリガーを引く。二十五ミリ弾は余すことなくコンパニオンたちの肉体を削り穿つ。意志を持たぬ怪物は躊躇うことなくバウルに突進を仕掛ける。ギア操作で立ち位置を目まぐるしく変え、猛攻を凌ぐ。
(ステラマリス……俺のオーダーに完璧に答えてくれる!)
大口を開いたコンパニオンが飛びかかって来た。バウルは銃口を口に合わせ、グレネードを発射する。口中で爆発した弾はコンパニオンの体内をズタズタに引き裂き、天使核を破壊。空中で怪物は石灰質状の物体へと変わり砕けた。
更に背後からもう一匹が迫る。前方からは三匹。バウルはギアを後退に入れ、全力で機体を後方に走らせる。そして脇の下から銃口を通し、ノールックで発砲。天使核の位置は感覚が教えてくれる、ゆえにこれが一番合理的な攻撃だ。正確に叩き込まれた二十五ミリ弾が拳大の天使核を打ち砕く。
機体を左右に振り、後退しながら両手の銃を連射する。コンパニオンもビームを撃ちながらそれを追う。ビームはステラマリスの表面を掠めるが、RBCに阻まれる。全身を引き裂かれながらも行進を止めない怪物たちを見て、バウルは哀愁にも近い感覚を覚えた。
(お前たちはそれで満足か? ただ近付くものを殺すためだけに生み出され、生みの親にすら顧みられることなく死んでいく……それで)
生きたランバス・スフィアとして生み出されたコンパニオンたちに、こんな哀愁を覚えるのは間違っているのかもしれない。だが、死ぬためだけに生み出されたのは彼らだけではない。他の天生体たちもそうだった。
左右のランチャーから放たれたグレネード弾が二体のコンパニオンを滅ぼす。だがそのタイミングで二挺のアサルトは弾切れ。グレネード弾もなし。好機を見たコンパニオンは前方にビームを集中させながら突撃して来た。体ごとぶつかり、自重でステラマリスを押し潰そうとしているのだろう。本能的な攻撃。
「お前たちを哀れには思う……だが!」
バウルは二挺のアサルトを突撃してくるコンパニオンに投げつけた。ぶつけられた衝撃で、一瞬コンパニオンの動きが鈍る。その隙さえあれば十分だった、バウルは両腰の鞘に手を持って行き、一閃。二振りの超硬度実体刀が天使の体を核ごと四つに分割した。
「来客へのもてなしがなっていないな、ミカエラ。子供の教育はどうなっている? あるいは、お前自身そういうのが苦手なのかもしれないが……」
バウルは反転し、地を蹴った。背部ブースターを作動させ機体を押し上げ、崩落しかかったビルの屋上に着地。ミカエラと目線を合わせる。
「礼儀というものを叩き込んでやる。地球の流儀に従って死ね」
『お前如きが、私の命を脅かすことなどあってはならない』
大量のランバス・スフィアが一瞬で展開された。
闇を塗り潰すほどの光が。
『子の不始末は親の責任。だから私は不出来な子を始末する』




