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11-希望への飛翔

 ブリーフィングルームのモニターに表示されているのは、マティウス周辺三十キロの拡大図だった。現在、ミカエラを中心とした円を描くようにアルタイル社の部隊は展開している。ミカエラを守るのはコンパニオンの群れだ。


「ここ数日、この膠着状態が続いているみたいだね。アルタイルの部隊はよっぽどミカエラに近付きたくないと見えるかなー」

「そりゃそうだろ。近付けば化け物になるような敵と戦いたいわけがないからな。任務の性質状極秘、金も勲章もないんじゃやる気も上がらんだろう」


 しかし、このままでは千日手だ。アルタイルはこの状況をどう収束させるのか、と思っているとカメラが引き、宇宙空間が映し出される。


「宇宙には出たことがないんだけど、こんな風に綺麗なもんなのか?」

「大気がない分星はもうちょっと暗いんだって。ここまで綺麗じゃないよ」


 イリーナは軽く流し、人工衛星の一つをフォーカスした。軍事監視衛星『ミネルヴァ』、現在は稼動していないものだと書かれている。


「これが再起動しているのが見つかった。軌道は徐々に下がって行って、マティウスへと……もっというとミカエラのところまで落下するはずだよ」

「質量兵器でボコボコになったマティウスにミカエラが落ちて来て、今度は人工衛星か。つくづく宇宙に縁があるな。それで殺せるのか、ミカエラを?」

「難しいんじゃないかな。また地下に潜られたら仕留められない」


 ブリーフィングルームにクオイも入って来る。いつもと同じワンピース一枚だけを着たスタイル。これ以外に着るものを持っていないのだろうか?


「そうだね。硬い岩盤で質量兵器の威力は大きく削がれる。地表にある建造物なんかは崩れて更地になるだろうから、再開発はやりやすくなるだろうね。ただ、対天使と考えると詰めが甘い気がする。この期に及んで侮っているんだね」


 イリーナは大きなため息を吐いた。アルタイル社の初動が遅れたことにより天使の被害がこれだけ増えた。それを経てなお、彼らは同じ過ちを犯そうとしているのだ。愚痴の一つも言いたくなって当然だ。


「奴の喉元に喰らい付く。直接天使核を破壊する。それだけだ」

「うん、それだけ。人工衛星落下までのタイムリミットはあと四時間。何をしてもそれは防げない。それまでにミカエラを殺し、脱出する。いいね?」

「ああ、分かっている。整備班も仕事を終えてくれたらしいからな」


 機体はある。

 やることは分かっている。

 覚悟も決まっている。


 ならそれ以上何もいらない。

 後は一歩、足を踏み出す。

 それだけだ。


「頑張ろうね。ミカエラを倒して、幸せになろう。キミにはその権利がある」

「幸せになる権利、か。そんなもの無くても幸せをもぎ取ってみせるさ」


 イリーナとクオイに頭を下げ、バウルは部屋を出た。己の手を見つめながら格納庫へと急ぐ。その手は血塗られている、あまりにも多くの人を殺し過ぎた。二人にはああ嘯いたが、果たして本当に幸せになる権利があるのだろうか?


(……愚問だな。誰に命じられたからでも、許されたからでもない。生きられる限り生きる。後悔したって、それも俺にとって大事なものなんだ)


 対天使隊の仲間たちは死んだ。助けられなかった人は多い。だからこそ生きていく。どれだけ痛くても、苦しくても、後悔の先に道があると信じたかった。


「よう、来たな。機体の調整は終わってる、あとは飛ばすだけ」


 入ってきたバウルをシズルが出迎える。

 親指で指した先にはステラマリスがあった。


 両肩には細長い八連装ミサイルランチャー。

 両腕は武装と一体化しており、右腕には二十ミリレールガトリングガンが、左腕にはビーム砲が取りつけられている。いずれも平常時は肘から突き出すように格納されており、使用時にバレルが展開するようになっている。発砲方式は緊急用の物理トリガーと平常時のスティック接続トリガー。

 腰のホルスターには愛用の二十五ミリアサルトライフル、その上には超硬度実体刀が二振り。両足にはロケットランチャー。過剰な武装化、ここに極まれり。


「バウンズの余剰物資なんかも使って、詰め込める限り詰め込んでみたよ。ガトリングはさすがにバトルウェアサイズだったから、改造したけどね。ビーム砲は連射速度を重視したショートバーストモードと、砲身を展開しての長距離砲撃モードとに使い分けられる。細かいところは分かっているよね?」

「二日ばかりシミュレーターで調整したからな。アサルトの方は?」

「銃身下部にグレネードを取り付けた。弾数は少ないから気を付けてね」


 ステラマリスに詰め込まれたのは、対天使隊の面々が使っていた武装だ。形は変われども、仲間とともに戦いたかった。シズルたち整備班の面々はバウルの無茶な要望によく応えてくれた。後はそれに報いるだけだ。


「本当に感謝している、シズル。最初からいろいろ無茶を聞いてもらったな」

「なあに、武装の詰込みはバルカーで慣れているからね。俺もこんな風に機体を好きに弄繰り回せて、楽しかった。ああ、それとこれを……」


 思い出したように、シズルは端末用のデータチップを渡して来た。


「あの戦いの後、艦長から送信されて来たんだ。時間指定でね。俺たちにも知らされなかった対天使隊の真実と、そのために行われていた措置……あの人でも、ミカエラに近付くだけで天使化するってことは知らなかったようだがな」

「最後の最後で、あの人は全部ぶちまけてくれたわけか」

「おかげで俺たちも覚悟が決まったよ。使い捨てじゃ終われない」


 やがて、時間が来た。

 バウルはステラマリスに乗り込もうとした、と。


「待ってくれ、バウルくん!」


 走り寄ってくる影があった。

 それは医師、アーカム・ベルゼウスだった。


「先生。どうしたんですか、いったい……」

「キミに……キミに、私は謝らなければならない!」


 体を投げ出し、アーカムは床に這いつくばった。

 背中が小刻みに震える。


「キミたちを戦場に追いやれば、どうなるかなんて初めから分かっていたんだ! けれど私はそれを伝えなかった……欲望に心を奪われていたんだ! あわよくば天使化の仕組みを解析し、次代に名を残せると思っていた! そのためにキミたちを実験台に使った!」


 アーカムは言葉を吐き出し続けた。

 あたかもそれは告解のようだった。


「私がキミたちを殺したんだ! 私の、私のせいでみんな……」

「あなたのせいじゃない。俺は感謝しているんです、アーカム先生」


 バウルはそこから一歩も動かないまま、きっぱりと言い切った。


「アルタイル社の陰謀がなければ、俺たちは出会うこともなかった。こうして戦うことも出来なかったでしょう。俺は砂漠の砂の一粒となって果てていた」

「それは……」

「苦しいこともたくさんあった。それでも、みんな選んだ道に間違いはなかったと思っています。だから、あなたが謝ることなんて一つもありません」


 バウルはアーカムに背を向け、ステラマリスに乗り込んだ。


「あなたが俺たちを救おうとしていたことを、俺は知っている。あなたが背負うべき罪なんて、ほんの一つだってありはしないんですよ。先生」


 そしてコックピットハッチを閉める。

 アーカムにシズルが歩み寄る。


「あなたに罪はない。だから、許されることだって出来ないんですよ」

「……」

「僕たちはみんな、数え切れないほどの罪を背負ってしまった。決して償えない罪を。だからこそ進むしかないんです。僕たちに残された道は、それしか……」




 シートに深く腰掛け、ベルトを締める。

 ヘッドセットを被り、深呼吸。


(久しぶり、だな。あと何時間かですべての戦いに決着がつく……)


 生き残って何をしたいのか分からなかった。何のために戦うのか、その意味が分からなかった。だがいまのバウルには、生き残るだけの理由がある。


(俺は生きる。みんなが生きられなかった明日を。俺のための明日を生きる。だからそのために……みんな、力を貸してくれ。いまを生きる力を)


 ロナウドの発進ハッチが開く。

 赤、黄、青とシグナルが点灯。


『それじゃあ、行ってらっしゃいバウルくん! 帰る場所は、ここだよ!』

「分かっているさ、イリーナ。

 EAM06ステラマリス、バウル。

 対天使隊、最後の作戦を開始する!」


 ぐっ、とバウルは、ステラマリスは一歩目を踏み出す。人工筋肉が伸縮する感覚。バウルは床を踏みしめ跳躍。空のような深い青に塗られた機体が月夜に舞った。スラスターに炎が灯り、ステラマリスが高速で飛翔する。戦場へと。

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