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11-ステラマリス

■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 アルタイル社エスピル支部、社長室。


「マティウスでの戦闘はまだ、膠着状態が続いているようだね」

「はっ。最初の打ち合いで主導権を天使側に握られてしまったようでして。また、敵の対応能力がこちらが当初予測していた数値を上回っていました」


 社長はふう、と大きなため息を吐く。社が主導し軍まで動員した大規模なプロジェクト。大きな障害に躓こうとしているのは胸が痛い。

 マティウスに落下したミカエラを過小評価していたわけではない。ただ、最初の攻撃でミカエラは地下へと逃れ手を出すことが出来なくなってしまった。更にパイロットの天使化によって攻撃をいったん中止せざるを得なくなった。いまから思えば、それが間違いだったのだ。無理矢理にでもミカエラを仕留めるべきだった。

 これにより、軍にはミカエラは火力によって制圧することが可能であるという認識が広まった。天生体がいると分かってからは、それを囮として弾道弾による攻撃を行うプランが考案された。敵がこちらの攻撃を学習し、対抗策を立てるなどということは思考の埒外にあったわけだ。敵が単なる生物であったことからその認識が誤っていたとは言えない。


「まさか設備も何もなしにあれほど的確な対処を取ることが出来るとは思わなかった。地球外生命体(エイリアン)を我々の常識で測ってはいけないということか」

「もし追跡していれば、被害は更に広がっていたと愚考しますが」

「まあ、終わってしまったことは仕方がない。失敗は次に生かせばいい。人死にが出ている以上、悠長にしてもいられんがね。何か手はあるか?」


 担当官はARディスプレイを操作。

 宇宙空間の映像が投影された。


「旧世代の、いまは稼動していない監視衛星が中東上空にあります。不幸にもこの衛星が地表に落下。幸い人的被害はなし、というプランです」

「質量兵器か……正確にミカエラまで誘導することが出来るのかね?」

「そのタイミングで攻撃を仕掛け、ミカエラの迎撃能力を飽和させるプランです。宇宙軍出身者もアドバイザーとして迎え入れましたので問題はないかと」


 いかにミカエラが超常的な能力を持っていようとも、宇宙空間から超音速で飛来する衛星を受けて生きていられるとは思えない。社長は満足げに笑った。


「これで落下人工衛星対策の予算を引っ張れるかもしれないな」

「対天使対策はこの程度です。それから、新造の06ですが現在先行量産試作機がビスキスへと移送中です。紅海を通り南アフリカ地区で稼働試験を行います」

「うむ、いいデータが取れるよう期待している」


 社長配送に関する書類について、特に確認せず決済印を押した。受取人がシズル・アンバスになっていることに気付けば、あるいは未来変わったかもしれない。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 あれから一週間。バウンズクルーとロナウドクルーは手を取り合い、八方手を尽くした。フェネクス商会にとっては確かに関係のない話だったが、義憤が勝った。上層部にはアルタイルの弱みを握れるという皮算用もあるだろうが。

 各方面に働きかけ情報を収集。またマティウス周辺に展開している部隊を監視、彼らの通信を傍受し作戦指示を盗み聞きした。監視衛星という名の質量兵器でミカエラを仕留めようとしていることも、当然耳に入っていた。


「核攻撃は体面が悪いから、事故っていうことで決着をつける気かな」

「果たして仕留め切れるかどうか……核を破壊しなければ殺せない怪物に」

「そう思っているからこそ、キミはこうして戦おうとしているんだろう?」


 すっかり回復したバウルとシズルは、運び込まれた機体を見上げた。


「これがアンタが話していた、アルタイル社の新型か」

「まだ試作機の問題点を洗い出した、先行量産機に過ぎないけどね。だがそれでも、ここにあるどのAAよりも高性能な機体であることは保証しよう」


 それはこの機体――EAM06『ステラマリス』の姿を見れば分かった。

 大きい、バルカーよりもなお。全長五メートル超、総重量は二十トンを越える。がっしりとした体突きをしており、AAというよりはダウンサイジングされたバトルウェアのようだった。背部バックパックと両肩、両足にはスラスターまで付いている。AAではないようだった。


「DSシリーズと同様、コックピットブロックと四肢とは分離している。それに伴い操作方法は変更されているが、キミなら同じ感覚で使えるはずだ」

「これだけデカくて重いと、機動性に不安があるんだがな……」

「それは安心していい。装甲材は硬くて軽い宇宙精錬金属(マーズメタル)を使っているし、全身を覆う人工筋肉はマルテに使われているものよりも強い(ナノ)(チタン)(カーボン)(ファイバー)。更にはスラスターとブースターを組み込み、脚部にはランニングギア。いろいろなところのいいとこどりなのさ、これは」


 いいとこどりというよりは節操なくいろいろなところの技術を組み込んだようにも思える。しかもまだ説明が終わっていないのだから恐ろしい。


「しかもバトルウェアの重力制御技術も組み込まれている。操作系を提供したのはアルゴーン、つまりDSの作り手だ。人類の総決算って感じだね」

「苦心して塗料を塗っているみたいだが、あれは?」

「熱反応発散塗料、(リアクション)(ビーム)(コート)だ。天使戦ではビームが出て来ることが多いからね、あれがあれば生存性を大幅に高めることが出来るだろう。喰らったところは塗装が剥げるから過信は出来ないんだけどね……」

「棺桶に積み込むようなものじゃないな、あれは」


 バウルは苦笑したが、シズルは真剣な顔でバウルを見た。


「そりゃそうだ。僕たちはあれを棺桶にするつもりはない。キミを守り、キミを生きてここまで帰すための力だ。僕たちはキミに死んでほしくはないんだ」

「……そうだな。もう誰かが死ぬのは、これで沢山だな」


 バウルとて死ぬつもりはない。他人のために命を懸け続けて来た人生、それに後悔はない。だが自分の死を望む人間たちの思い通りになってやることだけはどうしても納得出来なかった。絶対に生きて帰る、そして……


「全身全霊を使って隊長たちの魂に報いる。約束するよ」

「ああ、どんな手を使ったっていい。五体満足で生きて帰って来てくれよ」


 バウルとシズルは拳を打ち付け合った。

 ちょうどそこで、イリーナが来る。


「よっす、バウルくん。最後の打ち合わせ、やろう」

「分かった。それじゃあ、行ってきます。シズルさん」

「ああ、こっちは機体の最終調整をしておく。また後でな」


 二人は分かれた。シミュレーターで訓練は行っているとはいえ、ぶっつけ本番。出来ることはすべてしなければならない。これが最後の戦いになるのだから。

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