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10-救援

 死はいつまで経っても訪れなかった。バウルはハッチをこじ開ける。死ぬほど痛かったが、このままではただ苦しみが続くだけだと理解していた。


「アレは……!」


 曇天の空に純白の飛翔体――すなわち弾道ミサイル――があった。ジャミング環境下では使えないはずの長距離弾道弾が。いったいなぜ?


(……そうか、俺たちの機体が中継器となっていたのか!)


 バウンズでは二体のドローンが中継器となり、データリンクを形成していた。自分たちはその代わりをさせられていたのだと、バウルは理解した。どこまでも自分たちは捨て石であったのだ。仮に生き残ったとしても、弾道弾がすべてを焼き払う。そういう公算だったのだろう。すべては掌の上だったのだ。


『人類兵器に侮り難い力があることは理解しました』


 一発目の弾道ミサイルはミカエラの体を捉えていた。卵型のボディにヒビが入っている。だが二発目のミサイルはバウルを無視し戻って行ったランバス・スフィアによって迎撃された。爆炎と衝撃もまた、盾状に展開されたスフィアが防いだ。ミカエラの肉体から生成された最強の攻撃兵器にして、防御兵装の力だ。

 アルタイル社の、あるいは連邦の計画は瓦解したのか? そうではない、バウルは巨神の足音を聞いていた。山岳部から、平野から、あるいは空から。大地を埋め尽くすほど大量のバトルウェアが現れたのだ。彼らが手にしているのは大型のキャノン砲やミサイル。遠距離からミカエラを滅ぼす構えだ。


『最初の接触から何も反応がない時点である程度予想はしていました。天使になりたくなければ、私から離れて攻撃を行うほかありませんからね』


 圧倒的な鉄量が戦場を埋め尽くす。ランバス・スフィアに迎撃され直撃弾はないが、スフィアの数は段々と減っている。続ければミカエラは死ぬ。


『私も対策を立ててはきました。行きなさい』


 突如として、バトルウェアの一団から火の手が上がる。見ないでも分かる、あの四足獣の天使が暴れ回っているのだ。砲兵部隊の真ん中で。


『生きたランバス・スフィア。核を破壊しない限り彼らが死ぬことはない。我らが供回り(コンパニオン)の力、味わうがいい。私を侮った報いを受けよ』


 天使が笑った。否、嗤った。

 無計画な、愚かな人間たちを。


『第二段を始めるとしよう。この場の人間たちを使って』


 戦い、否、虐殺が始まった。ランバス・スフィアの攻撃力はバトルウェアを一撃で損壊せしめるほどではないが、着実にダメージは蓄積する。そこをコンパニオンと呼ばれた四足獣が狙う。同じ存在であるがゆえに、連携精度は極めて高かった。圧倒的火力を持って攻め入ったはずの人類は、次第に追い詰められていった。

 バウルは歯噛みした。自分たちが命を懸けて戦った、その結末がこれなのかと。こんな地獄を見るためだけに、いままで生き永らえて来たのかと。


『――らフェネクス、A型変異疾患対策隊の皆さん、応答を!』


 通信機から聞き慣れた叫び声が響いた。幻聴かと思うほどだった。


「イリー、ナ? どうして、俺は……」

『ああ、やった! 応答してくれてありがとう、バウルくん!』


 泣き出しそうだった。どうしてこの少女は、自分が助けて来て欲しい時にドンピシャのタイミングで現れてくれるのだろうか?


「部隊は、俺を遺して全滅した。あの、化け物の。極光天使のせいで……」

『うん……知ってる(・・・・)。こっちもバウルくんを確認した、すぐに行くよ』


 重いモーター音が響く。視線をそちらに向けると、見慣れた機体があった。DS03ドラウム、彼がイリーナと出会った時に乗った機体だ。大型のランドセルを背負っており、機体の大きさは倍くらいにも見える。バルカーでも稀に使われる大型ブースターだ。


「まさか、イリーナ!? よせ、そんなものじゃ!」

『だからって、そっちが頑張ってるんだからさあーっ!』


 一直線に向かってくるイリーナ。だがバウルも待っているわけにはいかなかった。頭上から降り注ぐランバス・スフィアが彼を駆り立てる。痛む体に鞭打ち機体から飛び出す。受け身も取れず地面を転がると、スフィアの攻撃によってバラバラになったバルカーが見えた。いままでともに戦ってくれた相棒が、消えた。


(すまん、バルカー。ありがとう。俺をここまで生かしてくれて)


 イリーナのドラウムとバウルの距離が徐々に縮まる。だが背後からはスフィアが迫る。このままでは追いつかれ、バルカーと同じような状態になるだろう。


「バウルくん! 絶対、止まんないでよ!」


 イリーナはその場で急旋回。同時にランドセルを固定していたボルトが弾けた。遠心力に従いランドセルは一直線に飛んで行き、スフィアのところへ。ランドセルにスフィアが突き刺さり、内部の燃料に引火。大爆発を引き起こした。周りにあったスフィアも爆発に巻き込まれ、粉々に砕けて消える。

 バウルは跳んだ、イリーナはドラウムの腕を向けた。関節に掴まり指に足を乗せる。イリーナはギアを完全稼働させ、全速力で戦場から離脱した。


「どうして、イリーナ。キミは、帰ったはずじゃ……」

「帰れなかったよ。こんなことになるって、分かっちゃったらね」


 アルタイル社とミカエラの戦闘は続いている。それが段々と遠ざかっていく。音が消えて行くのと同時に、バウルの意識も途切れそうになった。この状態で意識を失ったら本当に死ぬ、そう思い気力だけで何とか意識を保った。


「キミたちに危機が迫っているって、ある人から連絡を受けてね」

「いったい誰から? 俺たちを助けてくれるような人なんて……」

「名前を言えば、キミなら分かるって言ってたよ。あの子……クオイちゃんは」


 クオイ。それは予想だにしていなかった名前だった。

 最初の、天使。

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