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09-巨像天使

 肉の触手の妨害を切り抜け、バウルたちは格納庫へと辿り着いた。無傷というわけにはいかなかったが、幸い重傷を負わずに済んだ。

 格納庫では整備員たちが機材の運び出しを進め、無理なものは爆破準備を行っている。また、緊急用の脱出ポッドには生活班、医療班を始めとした非戦闘員が殺到している。対汚染スーツには十分な備蓄があるが、果たして。


「バウルくん、機体の準備は済んでいる! ハッチは手動で開けるから――」

「危ないっ!」


 入り口に走り寄って来るシズル。そこに横合いから触手が突っ込んで来た。バウルはシズルに跳びかかり、押し倒すことで危うくそれを回避。伸びて来た触手にラウは銃弾を叩き込んだ。するすると引き下がるが、効果はないだろう。


「シズルさん、アンタも早く脱出してくれ! この船は保たないッ……!」

「バウルくん……分かった、こちらでも脱出の準備を進めているところだ」


 シズルに逃げるよう促し、バウルは機体へと走った。シートに座りベルトも締めぬままに機体を起動。格納庫内の惨状がディスプレイに映し出される。


(思ったよりひどい……このままじゃ船そのものが保たない!)


 機体を立ち上がらせ、階上から迫る肉の触手目掛けて弾丸を放つ。


「みんな、早く行け! こいつを食い止めているうちに、早く!」


 触手を迎撃しながらも、バウルは辺りを見回した。何か使えるものはないか。すると、ほとんど抜き身のまま放置されているミサイルを発見した。装填しようとしているところに天使が現れたのか。バウルはそれを掴むと、頭上目掛けて投げた。すでに天井を浸食していた天使の触手は見事にそれをキャッチ。


「よく受け取ってくれたな。こいつはお礼だ、くらえ!」


 取り込まれかけたミサイルに銃弾を撃ち込む。ミサイルが誘爆し、天井の触手を吹き飛ばす。室内にいたものは衝撃に煽られるが、被害は最小限だ。


「これはッ……!」


 天井の向こうには肉の絨毯が広がっていた。ところどころには巨大な眼球も形成されている。巨体ゆえの死角をそれで潰そうとでもいうのか。おぞましい光景だった。破壊された触手も即座に再生を始めている、やはり核を破壊せねば。


『非戦闘員の退避、完了! これより機動兵器ハッチを解放する!』


 整備版の半ば悲鳴にも近い呼びかけ。声に反応したのか、天使はスピーカーやバウル目掛けて触手を伸ばす。バウルに向かって来たものは途中でダリルが切り落とした。両手のアサルトを天井に向け連射するが、もはや痛がる素振りすら見せない。あまりに巨大になり過ぎた天使からすれば、二十五ミリ弾など豆鉄砲同然だ。


『対天使隊、出撃! 外部から天使核への攻撃を行うぞ!』


 バウルとダリルは頷き合い、外へと飛び出した。遅れてミーアも現れる。アロア天使化のダメージが抜け切っていない、その反応は鈍いものだった。

 脱出し、天使を見上げる。その姿は兎に似ており、全身を白い柔毛が覆っていた。突き出た口からはギザギザの歯が見て取れ、鼻がヒクヒクと動いている。もっとも、毛の間から二十を軽く超えるだけの赤い目が露出した様はグロテスクだ。似て非なる存在、と言った方が正しいだろう。

 天使は完全にバウンズを吸収し切れていないようで、特に下半身はまだ形成され切っていない。背中からは艦橋が生え、右手からは右舷武装コンテナがそれぞれ見える。徐々に船を覆う筋繊維は広がりを見せており、完全に吸収されるまでは時間の問題だろうが。


『クソッタレの化け物が! 俺たちの家をこれ以上壊されてたまるか!』


 バウンズ甲板よりラウの乗ったバトルウェア、ゼブルスが噴射炎を吹き上げながら飛び立った。両手には大型の手持ち(ハンド)キャノンが握られていた。二十発の百二十ミリ弾を連続発射出来るようにされたタイプのものだ。両肩にはリボルビング弾倉を備えた大型ロケットランチャーを装備している。当然、バルカーに装備されているもの以上の威力を備えたバトルウェア仕様の武装だ。

 ラウが放ったロケット弾は、しかし天使に着弾することはなかった。船のCIWS機構が作動、弾幕でロケット弾を迎撃したからだ。砲弾は何発かが天使の体を捕えるが、しかし再生能力が威力に勝った。次弾を放とうとするラウだったが、それをミサイルが追う。舌打ちし、彼は回避機動を取った。


「バウンズの武装を使うことが出来るのか……! 反則だな、こいつは!」


 バウルたちも次々と放たれる艦砲とミサイルを防ぐために回避を余儀なくされた。内部にどれだけの武装が残っているかは分からないが、少なくとも四機の機動兵器を殲滅するだけの物量は残っているのではないか。


(天使核は……上半身! だが、あれだけの厚みがある筋肉に阻まれては!)


 天使核は人間でいうところの心臓部にあった。しかも、どっしりと根を張っているように感じられる。いままでの天使のように、核が柔軟性を持っていない証拠だろう。そこを破壊すれば、この天使はいままでのものと同じく恐らく死ぬ。だが、それを許さない鉄量と防御力がこの天使にはあった。


「ミーア、ビームで奴の防御を貫くことは出来ないのか!?」


 問いかけるが、返答はない。

 思わずバウルの口から罵声が飛び出した。


『どうやら苦戦しているようだな。もっとも、こちらもまったく手も足も出ん。そういう意味では、俺もお前たちも似たようなものだがな……』


 ヘッドセットから自嘲気味の声が聞こえる。アランのものだ。


『お前たちが逃げる時間くらいは稼ぐことが出来たが、船のコントロールを取り戻すことは出来なかった。最初に火器管制を奪われたのは痛いな』

『そこで出来ることはもうないだろう! 脱出してくれ、艦長!』


 ラウは悲痛な叫びを上げる。だがアランの方は穏やかだった。


『無理だ。扉も脱出経路も塞がれている。万一脱出出来たとして、迎撃システムに撃ち落とされるのがオチだ。もはやどうすることも出来んよ』

『バカな……』

『この命の使いどころとして、奴に少しでもダメージを与えることくらいか』


 コンソールを叩く音。しばらくすると、聞いたことのない警報が鳴った。


『ガスタービンエンジンを暴走させ爆破。続けて艦橋に搭載された機密保持用の爆薬を使う。木端微塵とはいかんが、火器と装甲を削ることは出来よう』

「よしてくれ、艦長! 俺たちがこいつを倒す、だから――」

『ここはお前たちが命を懸けるべき場所じゃない』


 アランのこんなに穏やかな声を、バウルは聞いたことがなかった。


『お前たちは生きろ。天使を倒し、お前たちの運命を覆して見せろ! 子供を戦場に追いやり、死地へと駆り立てた人間の死に様としちゃあ、こいつは出来過ぎているくらいだ! 俺がくれてやった命、せめて有効に活用しろ!』

「ダメだ、艦長! やめろ!」

『半年前から覚悟は決まっていた――! この命はお前たちのため使うと!』


 もはや言葉は通じなかった。

 爆音が、閃光がすべてを塗り潰したから。

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