09-変貌する少女
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一足先に訓練から上がったミーアは、アロアと一緒に食堂にいた。食べやすくすり潰したハンバーグを掬い、アロアにやろうとするが嫌々と首を振る。
「はぁ……困ったわね、この子は。嫌いになっちゃいそう」
アロアはビクリと震え、視線を落とした。
ミーアは慌てて訂正する。
「じょ、冗談よ。あなたを嫌いになったりするわけないでしょ」
ミーアはアロアの頭をワシャワシャと撫でた。いつもはくすぐったそうに身をよじるアロアだったが、今日に限ってはそんな反応すらない。傷ついた子供に、ちょっと辛辣な態度を取り過ぎてしまったか。ミーアは少し後悔した。
「……私もいつか、あなたの前からいなくなる。ずっと一緒にいられない」
聞いているのか。
いないのか。
どちらでもいい。
とにかくミーアは自分の心をアロアに伝えようとした。
「私の両親は、私を見捨てて逃げ出した。あの時私は初めて知ったわ、この世には自分を絶対に愛してくれる人なんていないんだ、って」
その日から、ミーアの心は闇に閉ざされていた。誰にも愛されていなかったと分かったから、誰も愛さないようにした。そうすれば、傷つくことはないと思ったから。それでも、目の前で愛する人を失った少女を見捨てられなかった。
「でも私は……いつかあなたを失望させてしまうかもしれない。愛されたことのない人間に誰かを愛することは出来ない。だから、私は……」
振り向いた。
そこにもう、アロアはいなかった。
「あっ……? なっ、に?」
それの大きさはアロアと同じくらい、百五十センチといったところだった。ふさふさとした長い毛で全身を覆われているが、隙間が多く剥き出しの筋繊維が見える。グロテスクさをより一層強調しているようにも見えた。ミチミチと肉を裂くような音を発しながら、それは段々と大きくなっていった。
毛髪の隙間から、真っ赤な目がミーアを射抜いた。それは柔毛に覆われた手をミーアに差し出す。彼女はその手に引き寄せられるように自分の手を伸ばした。
「ダメ、ミーア!」
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ダリルに導かれ、バウルたちは食堂へと向かった。階段を昇り切った時、鋭い発砲音が三度聞こえた。三人は顔を見合わせ、走り出した。
「おい、どうなっている! 何があった!」
食堂に飛び込むと、三つのものが目に入った。一つはミーア、もう一つは彼女に組み付かれたフォルカ、最後は柔毛に全身を包まれた怪物。
「いったい何がどうなっている……!? あれが天使なのか!」
「天使化初期はああなる! 近くに吸収するだけの物質がなければな!」
ラウは天使に銃を向けるが、入れ代わり立ち代わりミーアとフォルカが射線を遮るためにトリガーを引くことが出来ない。ミーアがヒステリックに叫ぶ。
「ダメ、この子を撃たないで! あの子は、ただ!」
「もう無理よ、ミーア! 知っているでしょう、天使になったら戻れない!」
体力ではミーアが勝る。フォルカの手から銃がもぎ取られ、一瞬ミーアとフォルカの位置が入れ替わる。瞬間の出来事、誰が悪かったわけではない。
「がぁっ!」
ただ、天使の攻撃の軌道上にフォルカがいたというだけの話であって。
「あっ……? ふぉる、か? ちょっと、いや、私は……」
「逃げ、なさい。これは、もう、アロアちゃんじゃなっ……」
フォルカの全身がピンク色の筋繊維に覆い尽くされ、消えた。骨をへし折り肉を潰す音がそこから聞こえて来て、筋繊維の塊は徐々に小さくなっていく。
「あいつ、人間を食っているのか……!? おのれ、このッ!」
バウルも銃を抜き、発砲。フォルカがいなくなり、開いた隙間から天使核を狙った。だがその一瞬前に核は遥か下方に移動し、銃弾は肉を抉るだけになった。
「なっ……! こいつ、まさか……!?」
アロアだったものの足元には肉の絨毯が広がっていた。どんどん広がっていき、部屋全体を覆い尽くさんばかりの勢いだ。三人は後ずさる。
「まさか、こいつバウンズそのものを取り込もうってんじゃないだろうな!」
「その通りだろうな……これほどまでに巨大な物体を吸収するなど」
バウルとラウは目線を交わす。バウルは呆けるミーアの手を引き、アロアの攻撃から彼女を危うく守る。ラウはポーチに仕舞っていた手榴弾を取り出し、ピンを抜き投げた。肉塊がそれをキャッチするのと、三人が退出しドアが閉まるのは同時だった。三秒ヒューズの手榴弾は分解されるよりも早く爆発、天使の甲高い悲鳴が中から聞こえた。
「クソッタレ! こちらラウ・ドーレン! 緊急事態発生だ!」
一行は格納庫に向けて走った。あれだけ大規模な敵を前にして、生身で立ち向かえるはずもない。少なくともAA、悪くすればバトルウェアが必要だ。
「アロアが天使化した! 現在この船を食って膨張を続けている、指示を!」
『機動兵器隊は総員、持てる限りの火器を持って出撃。非戦闘員は脱出だ』
「なんだと?」
ラウは訝しげな声を上げた。
脱出の指示があるとは思わなかったのだ。
『天使の浸食現象についてはこちらでも確認している。奴には確かな知能がある』
「待ってくれ、艦長。どういうことだ、分かるように説明してくれ!」
『すでに火器のコントロールが奪われているということだ。大部分の制御系もな。どういう理屈かは知らんが、コンピュータまで掌握するとは恐れ入る』
ラウは色を失った。
バウルたちも同様だ、脱出すら覚束ないだろう。
『だが完全に掌握するには至っていない。こちらからもある程度の抵抗が可能だ。お前たちが逃げる道くらいは開いてみせる、とっとと外に出るんだ!』
「なっ……それでは」
言いかけて、ラウはやめた。
分かり切っていることだからだ。
「了解。対天使隊は出撃、これより天使殲滅のために行動を開始する」
『分かっているならいい。ひよっ子、殻が取れたところくらいは見せてくれ』
「……分かっているよ、艦長。いや、少佐。いままで世話になったな」
最後の別れを簡単に済まし、通信は終了した。機動兵器隊が出撃するまで時間を稼ぐということは、最後までこの船に残るということだ。そうなれば、自分が脱出出来るかどうかなどもはや考えるまでもないだろう。
「……行くぞ! 艦長が作ってくれた時間を無駄にするな!」
分かっていても、バウルたちは走り続けるしかなかった。




