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07-決着

 都市南西側からも絶えまなく戦闘音が聞こえて来る。ダリルと治安部隊が、先行していたムスタファの軍勢と交戦しているのだろう。残ったAAの数は多くない、陸上戦艦もミサイル菅の損壊で多大なダメージを受けているようだ。それでも艦は止まらず、進路上にあったフェンスをなぎ倒しながら進む。


「いい加減、諦めろ! お前たちに生き残る術などない!」


 バウルはギアの角度を調整、機体を正面に向けたまま横方向に移動。備え付けのガトリング砲が彼を狙うが、彼は一瞬早くそれを避け続ける。反撃の二十五ミリ弾を繰り出すものの、陸上戦艦の堅牢な装甲を前にしては豆鉄砲も同然だ。


(ミーアの攻撃でもなければこいつを落とすのは難しい……!)


 戦艦の隣からバトルウェアが消えていることに気付いた。見上げると、空に巨体が浮かんでいた。ブースターと機体の脚力、そして重力制御機構を利用し、十メートルの巨神は空を飛んだのだ。そして一直線に落ちて来る。


「小僧ッ! 貴様、この程度で勝ったつもりか!」


 ドリフト気味に急停止、路地に入る。一瞬遅れてバトルウェアが持っていた矛が地面に突き刺さった。衝撃でアスファルトが砕け、更に一瞬遅れて機体が着地した時の衝撃で地面が陥没した。頭部が回転、カメラがバウルを射抜く。

 大きい。ずんぐりむっくりとした巨体だ。腕も、体も、足も、何もかもが太い。生産性を重視した角張ったボディが特徴的だ。大型、高重量、低機動性を特徴とする宇宙軍正式量産機、MBT02『ゲデルシャフト』だ。すでに一線を退いて久しいが、古い機体ゆえの安定性からこれを好む兵士は多い。


「我らは死なん、我らの信仰は死なん! なぜならば――」

「思想はいずれ忘れられる。そしてお前はここで死ぬ」


 右のライフルとグレネードを同時に発射、ゲデルシャフトに強烈な一撃を見舞う。しかし、対バトルウェア用に開発された二十五ミリ弾を受けてなおゲデルシャフトに大したダメージを与えることは出来ない。バウルは舌打ちする。


「神が私についている限り、貴様如きの攻撃など受け付けんッ!」

「こけおどしのナマクラ弾ってだけの話だ! いい加減うんざりだ!」


 ムスタファは突き刺さった矛を引き抜き、なぎ払った。バウルはギアを作動させ前進、身を屈めることでこれを避けた。矛がビルを粉砕する。カーブを曲がり、背を向けたバウルにムスタファは追撃を行おうとするが、それを断念する。陸上戦艦が撃ち込んだ大口径砲弾が両者の間を通過したのだ。その隙にバウルは反転する。

 二挺のアサルトライフルを構え、更に脚部ロケットランチャーを展開。ライフルでムスタファを牽制し、ロケット弾で仕留めにかかる。ムスタファは弾幕に臆することなく突撃、ロケット弾を装甲がもっとも厚い場所で受け止めた。


「まったく、インチキ極まりない性能だ! バトルウェア!」

「これが信仰の力よ! お前には分からんだろうがなァーッ!」


 ムスタファは踏み込み、矛を振り上げる。上体を逸らし避けようとするが、かわし切れず左肩の盾を吹き飛ばされる。機体の重量バランスが崩れ、転倒しそうになるが必死に持ち直す。どうするか、考えていたところでムスタファの後方からビームが閃いた。ミーアの一撃が陸上戦艦を完全に沈黙させたらしく、一際巨大な爆発音が辺りに響いた。


「信仰とやらもズタボロだな。いや、これが貴様らの本当の姿かもな」


 敵が踏み込んで来たということは、こちらも懐に踏み込んでいるということでもある。バウルはゲデルシャフトのコックピットに銃口を向ける。ムスタファは急所への一撃を嫌い一歩後退、二十五ミリ弾は空を切った。


(退いた……とはいえ、二十五ミリで事足りるかどうかは分からんな。もっとデカい弾を……例えば三十五ミリを、至近弾でぶち込めたならば……)


 問題は、三十五ミリ砲の射角が狭く至近距離ではバトルウェアのコックピット七、八メートル地点まで届かないということ。そしてそこまで接近するための手段が果たして存在するのか、ということだ。バウルはしばし思案し、辺りを見回す。どうすれば敵の攻撃を掻い潜り、致命的な一撃を繰り出すことが出来るか?


「……やってみるとするか。なに、ミスったら死ぬだけのことだ」


 バウルは自分を鼓舞すべくニィ、と唇を歪める。もしその場に他人がいたなら、いやにひきつった笑みを見たことだろう。


(ああ、死ぬほど恐ろしいね。だがこいつを殺せないのはダメだ!)


 バウルは南東方面に、すなわち轟沈した陸上戦艦方面に機体を走らせる。ムスタファもそれを追い、腰にマウントしていたアサルトライフルを引き抜いた。AAが使うそれの、倍以上口径の大きなものだ。一撃でも喰らえば機体がバラバラになるのは必定。背中から襲い来る死を、バウルは避け切り大通りに出た。


(ああ、認めるよダリル。楽しいさ。ギリギリの感覚は病みつきになる)


 バウルは角をほぼ直角に曲がり、陸上戦艦の方へ向かった。ムスタファもそれに追いすがる。乱暴に振り下ろされた矛が地面を抉る。


「どうした、無様に逃げ回るだけか!? 俺を殺すとか言っていたな、小僧!」


 ムスタファは弾の切れたアサルトライフルを投げつけて来た。頭を少し掠めるように飛んで来たライフルは、陸上戦艦にぶつかり跳ね返りバウルの足下に落ちた。あれ式のものでも、ギアに頼ったAAの移動を妨げるには十分。


「オオオオオオオ! 死ねええええええ!」


 止まるか、方向転換をするか。いずれにしても隙は必ず一瞬生じる。そして、ゲデルシャフトはその一瞬を見逃さない位置にいた。矛がなぎ払われる。

 脚部駆動系リミッターを解除。ランニングギアを展開している時、両足は少しだけ地上から浮いたような状態になる。もちろん、引っ掛かりを防止するための措置だ。バルカーの足はサスペンションであり、また障害物を乗り越えるために取りつけられた装置だ。だが十分に加速を乗せ、半ばクラッシュするように――


「飛べ、バルカー!」


 バウルは、バルカーは、跳んだ。


「なにっ!?」


 ムスタファが驚愕の声を上げる。バルカーを始めとするDSシリーズの機動としてはとても考えられなかったからだ。関節の柔軟性はAMシリーズとは比べるまでもなく、障害物を乗り越えるための屈伸機能がある程度だ。だからこそ曲げてタメを作り、伸ばすことで力を解放し、跳ぶなど誰にも想像出来なかった。

 ましてや機体が五メートルほど跳躍し、陸上戦艦に乗り上がるなど。


「バカな、そんなことはあり得ないぞ!?」


 ムスタファは狼狽し、矛を振りかざしバウルを追った。一方のバウルは着地の衝撃を屈伸で軽減しつつターン、艦首方向へと向かう。


(関節が悲鳴を上げているな。これ以上の無茶は出来ない、が)


 あと一回は無茶に付き合ってもらわなければならない。ミサイル発射管を破壊した段階から目を付けていた。ねじ曲がり、ジャンプ台のようになった装甲板を。おあつらえ向きに、ムスタファはこちらに突撃してきてくれている。


 機体を最大限まで加速させ、ジャンプ台から跳躍。ふわりとした浮遊感の中、バウルは敵をしっかりと見据え脚部ロケットランチャーを発射した。アトランダムに降り注いだロケット弾がムスタファの足を止め、ロケットの噴射炎が機体を反転させる。バルカーの足を、進路上にあったビルの壁の方に向けた。

 角度を調整。全力で壁を蹴る。空中でもう一度体を捻り、足からゲデルシャフトの下腹部に突っ込む。十五トンの質量弾とかしたバルカー。さしものバトルウェアもその圧力には負け、もつれあうように二機は転倒した。


「くっ……!? この、私に地を舐めさせるなどッ……」

「こっちから狙うことが出来ないなら、簡単なことだ」


 これしきのダメージ、バトルウェアにとっては大したことではない。すぐに立ち上がることも出来るだろう。だが、バウルはそれを許さなかった。装甲上で立ち上がり、バックパックの三十五ミリ速射砲を展開。


「ムスタファ・クガニエル! 貴様のことは大嫌いだ、だが一つだけ感謝する!」

「なにをっ!?」

「お前のおかげで、俺は! お前を憎むことが出来る!」


 迷うことなくトリガーを引いた。弾丸は一発としてコックピットを外すことはなかった。ひしゃげる装甲、繰り返される衝撃。果たしてコックピット内は如何なる状態になっているのであろうか? 自らのしたこととはいえ、その恐ろしさに身震いした。ゲデルシャフトが動き出すことは、二度となかった。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……やった。やったのか、俺は……?」


 同時にバルカーが倒れた。

 膝関節が折れ、立っていられなくなったのだ。


(あの日からどれだけの時が経ったのか。もう、顔も思い出せないけど)


 バウルはコックピットハッチを開いた。

 白む空、清らかな光が世界を包む。


(終わったよ、全部。仇を、取ることが出来たかな? 父さん……母さん)

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