07-行きて戻る場所
「よぉ、ムスタファッ……! お前を殺すために、わざわざ来てやったぞ」
「ようこそ、名前も知らないキミ。どうやって私を殺そうというんだね?」
なおも武器に伸びる手を、ムスタファは撃った。拳骨を抉る銃撃を受け、バウルの左人差し指はほとんど千切れかかった。だが声は上げない。
「そこまで撃たれてやせ我慢が出来るとは、随分ガッツがあるな。キミは」
ムスタファは二人の兵士に守られており、更にバウルを五人の兵士が囲んでいる。下手に動けば蜂の巣にされるだろう。万事休す、か。
「相も変わらず、汚いやり口を続けているようだな! ムスタファ!」
「底にある商品を見たんだって? いけないなあ、そんなことをするのは」
やれやれ、とムスタファは頭を振るう。
「アレは我々、グラディウス教徒たちの革命に必要不可欠なものなんだよ」
「小さな子供を捕え、売り払うのがか? ふざけるのも大概にしろよッ……!」
「そうだ。教化された子供たち、それが未来にグラディウスの種を運ぶんだ」
ムスタファは陶酔したような様子で手を広げた。
「彼らはこれから、我々が予想も出来ないような苦難を受けるだろう。受難の道だよ。あるいはその中に死に至る者さえもいるかもしれない。そのような理不尽を前にして、人が頼ることが出来るものはなんだろう? ただ一つ、神だ。
苦難を生き抜いたことを神に感謝し、理不尽を打ち砕くために神の力を求める。一つ一つは小さくとも、重なり合うことによって人は想像も出来ない力を発揮する。受難の道を越え、反逆を選んだとき、彼らは神の戦士となるのだ」
ああ、まったくふざけた妄想だ。自己陶酔の最中にあるムスタファを見て、バウルは唇を噛み締めた。こんな男に自分はこれまで傷つけられてきたのか?
「笑わせてくれるな、ムスタファ。子供の落書きの方がまだ現実的だ」
「なに?」
バウルの心に再び、怒りの炎が灯る。
彼を突き動かして来た原動力が。
「苦難の道だった。昨日まで隣にいた誰かが死に、明日まで生きていられるか定かではない。誰も信用出来ず、誰もが俺の敵だった。鋼鉄の棺桶にしか、俺の安らぎはなかった。死を望んだことさえ、一度や二度じゃあない……
だがな、ムスタファ。俺は神を呪ったことはあれど、神に祈ったことなど一度だってありゃあしない! 貴様らの信奉する石クズを、この手で粉々に粉砕してやりたかった! 神の戦士となる? クソ喰らえだ、貴様らの手勢になるくらいならこの場で首吊って死ぬ!」
憎悪を込めて睨むと、ムスタファは一瞬怯んだ。だが次の瞬間にはプライドが勝ったのか平時の顔に戻り、その後怒りをあらわにした。
「死に損ないのクズが、よくもまあそこまで吼えられたものだな」
ムスタファの銃口がバウルの頭に向く。
バウルは目線を逸らさない。
「貴様のクズ肉は砂漠に捨てる。誰にも顧みられることなどないと知れ」
トリガーを握る指に力が籠もる。
その瞬間、ガレージの外壁がいきなり爆発した。
「なに……!? いったい、何があった」
ムスタファの視線が一瞬逸れる。周りにいた兵士たちのものも。バウルは素早く手を伸ばし、サブマシンガンを手に取る。動きに気付いたムスタファは慌ててトリガーを引き、コンソールの影に飛び込む。バウルの頬が浅く抉れた。
銃を薙ぎ、弾丸を兵士に見舞う。装甲の隙間を狙い放たれた弾丸が兵士たちの命を奪う。彼らはトリガーを引く暇すらもなく絶命した。掃射が終わった瞬間を見計らい、ムスタファはコンソールの影から飛び出す。バウルはその背に銃口を向けたが、しかし弾は出なかった。五人を殺すために撃ち尽くしていたのだ。
「ハァッ、クッ。何があったのかは知らんが……助かったな」
ムスタファを追い掛けなければ。頭はそう命令するが、体が言うことを聞かない。渾身の力を振り絞った一撃を放ったのだから、当然だ。バウルは大の字になって床に転がった。痛みと出血で動く気力さえも湧いてこない。
(あいつに一発くれてやるまで、死ぬわけにはいかないのに……)
その時、バウルはかすかな音を聞いた。緊急脱出用に艦橋に開けられたハッチから聞こえて来る。何が、と思うより先に、ハッチがいきなり吹っ飛んだ。
「……!?」
「オイオイ、なんだこりゃあ? 死屍累々じゃないか……クリア! お嬢ちゃん、もう入って来ても大丈夫だ。っていうかこれはなぁ……」
吹っ飛んだハッチから入ってきたのは、アーマーを着たラウ。そして……
「船体の構造はほとんど変わらな……って、バウルくん!?」
イリーナだった。彼女は血相を変えてバウルの方に近寄り、その体を抱き寄せる。大丈夫だ、と言おうとしたが上手く体が動かなかった。
「こんな、酷い……! 大丈夫、バウルくん!? どうしたの!」
「あいつらにくれてやった弾の方が多いさ……それより、どうしてここに」
「お前がここに忍び込んで行かなければ、こんな博打を打たずに済んだんだ」
頭を掻きながらラウが言い、本部に向けて何らかの通信を打った。
「実はキミたちには追跡用のタグが埋め込まれているんだ」
「いつの間に……いや、確かにそれらしい検査をした覚えがあるな」
天生体がいつ天使に代わるか分からない以上、それは当然の措置だろう。
「で、あいつらが怪しいのはアランさんも分かっていたみたい。近くにいた治安部隊にそのことを報告して、任せるつもりだったらしいんだけど……バウルくんが突っ込んで行ったから、やや強硬的に事を進めたんだって」
ここまでスムーズに行動を起こすことが出来たということは、ムスタファたちにはもともと嫌疑がかけられていたのだろう。良かった、と思う。この機を逃せば、もはや奴に裁きを下すことは出来なかっただろうから。
「隊長、本当にすみませんでした。そして、ありがとうございます」
バウルはイリーナを優しく退け、立ち上がる。
「ちょっと、バウルくん! その傷で、まさかムスタファを……」
言いかけて、イリーナは止まった。
穿たれた手の傷が塞がり始めていた。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だ。俺は化け物だから……」
ムスタファを追うべく、一歩踏み出した。
ところで、イリーナに抱き着かれた。
「人間だよッ……どんな風になっても、バウルくんはッ……人間だよ!」
何も返せなかった。
ただ、困惑して。
「行って来い、バウル。そして帰って来い。必ず俺たちのところに」
ラウは街の外を指さした。
ちょうど、バウルが入って来たのと同じ方向。
「お前の機体を使ってこっちまで来た。決着をつけるにはちょうどいいだろ」
ラウはバウルの端末を投げて渡して来た。表示されているのは周辺地図と、バルカーの所在を示すビーコン。イリーナも彼から離れ、親指を立てる。
バウルは走った。
憎悪に決着をつけるために。
生きて戻るために。




