07-殺戮の道程
殺した兵士から銃と通信機を奪い、バウルはハッチから這い上がった。通信機からは応答を求める声が聞こえるが、すぐに相手の死を悟り通信をカットした。やはり歴戦の兵士、勘がいい。ならば次に敵はどんな手を打ってくる?
(商売道具を積み込んでいるなら、船ごと俺を殺すような雑な真似はしないだろう。相手は少数、ならば白兵戦でケリを付けようとして来るはず……!)
二挺の拳銃の感触を確かめ、下部デッキへと向かった。エンジンルームなどごちゃごちゃした薄暗い下部は単身で敵を迎え撃つにはピッタリだ。
走るバウルは通路の角から曲がって来る敵の気配を察知する。
(数一。中肉中背、手にはサブマシンガン。これならいける)
スピードを緩めず、音を立てずに駆け曲がり角へと差し掛かる。ちょうど角から男が顔を出したが、背の高さ来る視界の高さからバウルを一瞬見逃した。その一瞬の隙にバウルは男の顎下に銃口をねじ込み、トリガーを引いた。
弾丸が脳をグチャグチャに粉砕し、頭蓋骨を砕いた。血を浴びる前に手を引き、背中側に向けてノールックで発砲。格納庫側から追い立てようと息を潜めていた兵士たちに牽制弾が飛来した。男が落とした銃を拾おうとしたが、スリングで肩に掛けられていたので断念。反撃の銃弾をかわすべく通路に飛び込んだ。
(さてどうする、ここからどうする。下部デッキまで向かうにはあいつらを処理しないといけないが、既に向こうからも兵士が向かって来ているだろう。サンドイッチにされるのが最悪、となると下部デッキへの退避は諦めた方がいい)
瞬時に決断し、男の死体に手を伸ばす。ポーチに入っていた手榴弾を取り出すと、格納庫方面に投げ込んだ。悲鳴とともに爆発音が響き渡った。爆音を聞きつけた兵士た正面からも向かってくる。この先にあるのは上部デッキへ階段だ。
(市街地まで逃れるか。いや、それでは処理の時間を与えるな)
スウ、と深呼吸。
息を整え、バウルは床を力強く蹴った。
主観時間が鈍化し、ありとあらゆるものがスローモーションに見える。
床を蹴ったバウルは空中で身をひるがえし、通路の角にあった天井を蹴った。
角にいた兵士が口をあんぐりと開けるのが見える。躊躇わずトリガーを引いた。
誰かが放った弾丸が、空気を歪ませながら進んで来るのが見える。だがその時にはバウルは天井を蹴り斜め下方へ。更に身を捻り二本の足で着地、屈みながらトリガーを引き続ける。両方の拳銃からすべての弾を吐き出し切る頃には、そこにいた三人の兵士は物言わぬ肉塊へと変わっていた。
(人間じゃない……そうか、これが俺なんだな)
人を殺しても罪悪感さえ覚えない。いままでだってそうだったし、これからもそうだろう。結局のところ、始まりからすでに化け物だったのだ。
(それを作ったのはお前で、ムスタファ。俺はお前を許さない!)
転倒の衝撃で肩から外れたサブマシンガンを奪い取り、バウルは尚も進む。止まるという選択肢はない。止まらずに進んだ先が、例え逃れようのない袋小路だったとしても。
(下部が押さえられたいま、奴らとこの船で撃ち合うのはあまりうまくないな。まず制圧すべきはどこか……集中管理室か?)
船内の保安警備を受け持つ部屋であり、監視カメラや電子ロックといったデータがすべて集約される。前後から足音が聞こえて来る、こうまで先回りされるのも、いま敵の腹の中にいるからに他ならないだろう。ここから生き延びる術はたった一つ、敵の内側から脳を食い破ることだけ。バウルは身を低くして進んだ。
通路の曲がり角から銃口が飛び出て来る。奥には上部へと続く階段。バウルは床を蹴り、背中が擦るほど天井スレスレのところを跳んだ。人間がそれほど高く跳べるなどと思いもしない兵士たちが放った弾丸は空を切った。
空中で体を捻りながらサブマシンガンを発砲。左右にいた兵士が絶命し、倒れる。弾が足りない、だが銃を取り上げている暇はなかった。階段を駆け上がり、船内上層へ。艦橋や船長室といった、船にとって必要不可欠なスペースがここに集まっている。当然集中管理室も。当然ながらここにも敵が待ち構えている。
「これ以上ッ……俺の邪魔をするなァーッ!」
吼えるが敵は止まらない。通路の端から三人の兵士がお出迎え、三挺のマシンガンから放たれた弾丸が空間を埋め尽くした。バウルは小刻みなステップで敵の攻撃を避けるが、弾丸が掠め鮮血が舞う。舌打ちし、彼は側面の扉に飛び込んだ。艦橋へと続く扉に。
跳びながら銃口を正面に向け、発砲。待ち構えていた一人の正中線を弾丸が撃ち貫いた。ゴロゴロと転がりオペレーター席の方で待機していた兵士の銃撃を避け、立ち上がる。マガジンが空になったサブマシンガンを投げ捨てると、椅子の影から悲鳴が聞こえた。適当に投げたものが敵に当たったのだろう。
(あいつを拾って、体勢を立て直さなければ……!)
跳ね跳び、死体が抱えたサブマシンガンに手を伸ばす。
その時、艦長席の影から手が、銃口が伸びて来た。
銃声と痛みがバウルを貫く。
「まったく、キミはたった一人で何人殺せば気が済むのかねえ?」
右掌から出血。弾かれ、床に倒れ込んだ体に立て続けに弾丸が撃ち込まれた。体を丸め、致命傷を必死で避ける。弾丸が彼を抉り続ける。
「おいおい、ワンマガジン撃ち切っても死なないってどうなってるんだ?」
全身にまんべんなく弾丸を撃ち込み、安全を確保してからその男、ムスタファ・クガニエルは計器の影から出て来る。顔にはうっすらとした笑み。
「だがこれで終わりだ、少年」
揃えられた足並み。
兵士たちがあっという間に彼を取り囲んだ。




