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07-断崖の町

 ビスキスと停船した場所との直線距離は十五キロ程度。夜が明ける前に辿り着けたのは、バウルにとって幸運だった。もし人通りが多い時間帯だったなら、事はもう少し面倒になっていただろうから。

 高い崖の上から、バウルはビスキスの町を見下ろした。


(四方にサーチライトとガンタレット。歩兵も何人か哨戒に出ているし、機動兵器格納庫もあり。まったく、随分とガチガチに防護を固めているじゃないか)


 通常、首都圏でなければ有り得ないほどの高度な警備だ。しかも、上から双眼鏡で覗いているだけなのにこの有り様。下に降りればもっといろいろな――気が滅入るくらいいろいろなことが――分かるだろう。バウルは呼吸を整えた。


(この先に行って、あいつを見つけて、どうする。あいつが何らかの不正行為を行っていることは明らかだ。だが、その証拠は掴めていない……)


 ムスタファと刺し違える気はなかった。彼を倒し、自分は生き残る。そのためにはムスタファがしていることを最低限掴む必要があった。


(町の中に入らなければな。あいつらのことをもっと知らなければ……)


 小さく風が舞った。砂埃が舞い上げられ、しばしの間バウルの視界を塞ぐ。鬱陶し気に眼前を払うバウル。その背後に、彼は気配を感じた。


(――!? ここまで近付かれるまで、分からなかったのか?)


 そこにいたのは、白いワンピースを着た少女。

 透き通るような銀髪と空のように深い青の瞳。

 少女は微笑み、バウルを見る。

 時が止まったかのようだった。


「そう、やっぱり。キミは、そういう人なんだね?」

「……どういうことだ、何を言っている。お前は何者なんだ!」


 バウルは銃を抜き、突きつけた。まだ日が昇っていない、氷点下に近い気温の時間帯。防寒性の欠片もないワンピース一枚で外に出ているなど正気の沙汰ではない。おまけに白い足には靴すらも履いていないのだから。


「私はクオイ。あなたとは、友達になれるかしら?」

「何を言っているんだ、お前は……」

「あの町に入りたいの? それなら、手伝えるかもしれないね」


 クオイはクルリと背を向け、歩き出した。バウルはただ困惑するしかなかった、あの少女は銃をまったく恐れていない。まるで死なないと思っているかのように。そんな状態では、威圧することさえも不可能だった。


(何なんだ、あの娘は? 頭がイカれているのか?)


 だが狂人めいた不安定さは感じない。しっかりとした足取りで歩いている。時折バウルのことを待って立ち止まり、自分の方へと手招きしてくる。


(チッ、気が済むまで付き合ってやらないとどこまでも着いて来そうだ)


 こんな子供に付きまとわれたのでは探索に支障が出るかもしれない。バウルは彼女の後を追い、歩き出した。切り立った崖をすたすたと二人は進んで行く、クオイの方が足取りは軽やかだ。動作もバウルのものより俊敏だった。


「大丈夫? ついてこられる? 少し落とした方がいい?」

「チッ……俺のことはいい。それより、どこに連れて行こうとしている?」

「この近くに洞窟があるの、それが町の地下まで続いているわ」


 洞窟から町の中に入る。子供の頃にやったファンタジーRPGを思い出すような展開だった。少なくとも彼女はそう信じているようだが。


「ねえ、バウル。キミはどこから来たの? ここに何をしに来たの?」

「どうでもいいだろう、そんなことは。いいから黙って進んでくれ」

「どうでもよくはないよ。人と人のことだもの、どれも大事なことだよ」


 何が楽しいのか、クオイはクルクルと回りながら歩き続ける。崖から落ちるのではないか、と思って見ているが絶妙なバランス感覚で歩き続けている。


「……カルファ遺跡だ。あの辺りから来た」

「カルファ? 一度行ったことがあるよ。綺麗なお寺があるって聞いたけど、全然そんなものはなかったね。キミは知ってる、古い時代の仏像とか……」

「俺がいた時もそんなものはなかったよ。そんなものは、もう何年も前に……星間戦争の時代に失われている」


 返答してからも、クオイは次から次へと、手を変え品を変えバウルへの質問を続けた。何が珍しいのか、目をキラキラと輝かせながら。段々と答える内容がなくなってきたうえ、いい加減イライラして来たのでバウルは聞き返した。


「で、お前は何でこんなところにいるんだ? クオイとやら」

「私のことはどうだっていいんじゃないのかな」

「どうだっていいものなんてない、なんて言って問い詰めていたのはお前だろうが。だいたい人に聞くだけ聞いておいてアンフェアだと思わないのか?」


 クオイは返事をしない。

 ようやく黙ったか、と思いホッと胸を撫で下ろす。


「私はずっとね、象牙のお城に住んでいたんだ。怖いこともたくさんあったけど、みんな優しくて、温かくて、私はあそこが大好きだった。でも……」


 クオイは唄うように話し始めた。

 いままでとは違う寂しげな声色で。


「でもある日、空からお星が降ってきたの。私が大切にしていたものは、私が大好きだったものは、すべてなくなってしまったの」

「星が……? クオイ、まさかキミは……」


 落ちて来た星によって滅びた街、マティウス。彼女はそこにいたのだろうか? バウルは問い質そうとしたが、その前に二人は洞窟の前に辿り着いた。


「風が抜けている。町まで繋がっているんだよ、この洞窟は」


 クオイはスカートの裾を持ち、優雅に一礼した。


「この先に行きたいんでしょう? 行って来て、あなたがそれを望むなら」


 そしてクオイは、崖の下に向けて身を躍らせた。


「おい……!?」


 さすがのバウルも色を失くし、すぐさま彼女が落ちて行った崖の下を覗き込んだ。だが彼女が地面に激突した様子はない。何らかの方法で消えたのだ。


「クオイ、キミも天生体だったのか……?」


 しばらくの間、バウルは崖の下を覗き込んでいた。しかしすぐに立ち上がり、バッグからライトを取り出し立ち上がる。そして洞窟へと向かった。


(彼女が何者であろうとも、俺がやるべきことは変わらない)


 自分の心に従う。

 そう決めた今、バウルに迷いはなかった。

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