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01-鋼鉄の棺桶

 傭兵二人を速やかに射殺、バウルは窓から外に飛び出した。ゴロゴロと転がりながら周囲の状況を観察。酒場の方がザワついている、急がなければ。

 素早く立ち上がり路地裏に入り、走る。リュックに括りつけられた小銃が、バウルの動きに合わせて揺れた。ガレージの手前辺りについた時、甲高い警報が鳴り響いた。サーチライトが点灯、闇を切り裂く。反応が意外にも早い。


(無警戒の段階ならともかく、いま村を強引に出るのは難しい)


 要所には24時間体制で警備用のAAが立っている。敵は追いかけて来るだろう、穴倉に隠れ震えて逃げるのは御免だった。

 脱出が無理ならば、強行突破を図る他ない。バウルは闇に紛れ、身を屈めチーターの如き俊敏さで駆けた。括りつけた小銃を外し、ガレージの死角に入り込む。薄い壁に耳をくっつけると、内部の様子が少しずつ伝わって来た。


(中にいるのは二人……ガレージの警備と即応担当か)


 軽装、火器類の携行はほとんどなし。

 これならば、行ける。


 バウルは一呼吸の後影から飛び出し、ガレージの扉に向けて発砲した。小銃弾を叩き込まれ鍵はあっさりと破壊された。バウルは跳躍、全体重を込め扉を蹴る。勢い良く扉が開き、バウルはガレージ内部に転がり込んだ。

 そして、中にいた傭兵二人が反応するよりも先にトリガーを引く。一人は肩と胸をウチ抜かれ絶命、もう一人は両肩に銃弾を受け転倒した。


「がああ! お、お前は……!?」

「始動キーをどこだ。命までは取らん」


 男は目線で自分の胸元を指した。

 頷き、バウルは男の頭に銃弾を撃ち込む。


(このタイプはアルタイル製じゃない。アルゴーン系か)


 バウルはガレージ内を見回した。このキーを使うタイプの機体はガレージ内に一機しかなかったので、探し出すのは容易だった。

 DS04『バルカー』。戦前、軍需最大手だったアルゴーン重工が設計、開発を行ったAA。全長3.8m、機体重量14t。生産性を重視したブロック構造を採用しており、角張った外見が特徴的だ。厚めの装甲と冗長性を持つ構造からパイロットの生存性が高く、また同社が専用のオプション装備を多く開発しているため様々な任務に対応出来るというメリットがある。もっとも、これはプレーンな機体だったが。


 搭乗用の足場を伝い胸元まで近付き、ハッチ横にある開閉ハッチを押す。重い駆動音を立ててハッチが開き、砂漠用の黄と白の迷彩の中に黒が挿した。


(……久しぶりだな。たった一人だが、知った奴がいると安心する)


 バウルは苦笑し、シートに腰掛ける。硬く、無骨で、冷たい、だが慣れ親しんだ感触だった。殺伐とした日常の中で、バウルが安心出来たのは皮肉にも兵器の中だけだった。操作レバーとペダルの感触を確かめつつ、始動キーを回した。

 科学の熱が機体を動かす。コンディション、オールグリーン。バウルは腰にマウントされた25mmアサルトライフルを手に取った。武装はただこれだけ、ガレージ内にも残念ながら保管されている兵装はなかった。何かないか、探してみたがシートの裏に対装甲歩兵用の15mmライフルがあるだけだった。


(まあいい、弾薬は十分。バルカーの頑丈さなら……!)


 バウルは鉄扉の真正面に機体を回し、ライフルで蝶番とロックを破壊した。そして右肩を突き出す、彼が搭乗するバルカーの両肩には可動式の装甲板が取り付けられているのだ。両足の駆動輪(ランニングギア)を作動させ、機体を走らせる。元々痛んでいたゲートは衝突の衝撃を受け吹き飛んだ。

 外に出たバウルを待っていたのは、銃弾の雨だった。それを予想していたから、バウルは一瞬も動きを止めなかった。死が自分の周囲を飛び交うのを感じながら、バウルは敵を冷静に観察した。7時方向、3時方向、5時方向にそれぞれ一体ずつ。武装は自分とそう変わらないが、機体の差は歴然だった。


 AA04『スラマニ』。全長2.5m、総重量7t、バルカーより遥かに細身だ。丸みを帯びたデザインと二つの『目』を備えた頭部、すらりと長く伸びた四肢。ブリキ人形と揶揄されるバルカーに比べれば、スラマニは遥かに人間らしかった。

 メーカーとしては新興のアルタイル社だが、スラマニは大いに市場受けし一躍彼らをヒットメーカーへと押し上げた。最大の特徴は炭素繊維製の人工筋肉による柔軟性と瞬発力、そして感覚フィードバックセンサー。生身の感覚を増幅するセンサーの登場により、機体の操縦を学習するという工程は必要なくなった。訓練期間は短縮され、鍛えれば鍛えるだけよりよく機体を動かすことが出来るようになったのだ。


 無論、それは単に効率というだけに留まらない。俊敏な機動性は近接戦闘において優位に働く。特にバルカーのような、前時代的なモーター駆動機と対峙すれば。


「……」


 バウルが放った反撃の銃弾を、7時のスラマニは走ってかわす。運動性能、センサー精度、そして数で劣っている。バルカーの優位はせいぜいあの機体よりは固い、ということくらいだ。バウルは瞬間思案し、対応策を捻り出した。

 バウルは右足のギアを停止し踏み込み、左足のギアを逆回転させる。最小限の動きで旋回を行うとバウルは三機の敵を同時に視界に収めた。


 主観時間が鈍化する。スローモーションの世界で、バウルは死の弾丸を見た。そして臆することなくトリガーを引く。彼を狙って放たれた弾丸の多くは狙いを外しており、また機体に着弾するコースの弾丸も致命傷には至らないと判断することが出来たから。

 7時、そして5時方向のスラマニに向け、バウルは弾丸を放った。放ったすべての弾丸がスラマニに着弾した。恐るべき射撃精度、7時のスラマニは左脇腹に3発、5時のスラマニは正中線に5発の銃弾を受け転倒し、動かなくなった。


 バウルも無傷ではない。脇腹と肩、左足に被弾。だが行動に支障はない。スラマニを始めとするAAシリーズがほとんど着込むように装着するのに対し、バルカーはコックピットブロックが独立している。操作性と習熟の容易さを取ったスラマニと、パイロットの安全性を取ったバルカー。今回は後者に軍配が上がった。


「……!」


 残ったスラマニは一機。バウルは両肩の装甲を正面に回し、突撃を仕掛けた。それを止めようとするものの、貫通力と連射速度を重視した20mm弾では装甲を貫くことが出来ない。左右にステップを踏み、逃れようとするが、バウルの小刻みなギア操作がそれを許さない。トップスピードでは車輪走行のバルカーに分があるのだ。

 数秒の攻防。バウルは距離を詰め、至近距離で残った7発を撃ち込んだ。そのすべてがスラマニを穿ち、止めた。それでもバウルは止まらない、止まれない。


『奴を殺せ! 仲間を殺され、機体を奪われたままでは面子が立たねえ!』


 怒りに満ちた男の声がスピーカー越しに響いた。同時に、重い機動兵器の足音がバウルの耳に届いた。轟、と炎が空を焼く音も。見ると村の西側に停泊していたホバークラフトから、何発もの地対地ミサイルが放たれていた。

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