06-心の傷
ラウに連れられ、バウルたち三人は医務室へと向かった。一人で行かせればいいものを、とも思ったが、謹慎中のミーアを部屋の外に出すには上長の指示が必要なのだという。規律の取れた組織の持つ特有の面倒臭さだ。
「失礼いたします。ラウ・ドーレン以下三名、到着いたしました」
「お疲れ様です、ラウ隊長。収容した女の子はこちらで眠っています」
部屋の中で待機していたアーカムが一行を出迎える。かしこまらないでくれ、と言っていたはずだが、特に気にしていないのを見るに諦めたのだろう。
「あの、この子の容体はどうなんですか? 目を、覚ますんですか?」
「頭を強く打っており、頭骨に損傷が見られる。また、船が緊急停止した時に壁に叩きつけられてしまったんだろうね。打撲痕がいくつもある」
ミーアは口元を押さえた。
だがそれにしてはアーカムは冷静だ。
「普通の人間だったら死んでいてもおかしくない。だが、彼女は息を吹き返すだろう。彼女はキミたちと同じ、天生体だからね」
「この子が、天生体? 見た目からはまったく分からないな……」
「なるほど、確かに言われてみればそんな感じがするかも……」
バウルにはまったく分からなかったが、ダリルには何となく感じ取ることが出来るようだ。悔し紛れにハッタリを言っているだけかもしれないが。
「聞いた通りだ。この子は生きている。お前がしたことは重大な規律違反かもしれないが、ここは軍隊じゃない。この功績に免じていくらか減刑したのさ」
それをミーアが聞いているかどうかは微妙なところだった。彼女は大粒の涙をボロボロと流し、泣き崩れてしまったから。ラウはやれやれと頭を掻く。
「……ということで、ここまでだ。ダリル、バウル、本日の業務はここまで。訓練は規定通りなしだ。ただし、何があるか分からんからな。警戒はしておけ」
二人は敬礼し、医務室から出た。
後のことはラウに任せるのがいいだろう。
「どうなるかとおもったけど、よかったな。ミーアのやつ」
「あいつに処分が下らなくて安心したのか? 意外だな、ダリル」
「そりゃ決まってんだろ。あいつのことは嫌いだけど憎んじゃいないさ」
憎んでもいない相手の不祥事を望むなど、確かにおかしな話だ。
「それより飯にしようぜ。腹が減ってたまらねえ、出撃の後は特にな」
「単に働いて腹が減っているだけじゃないのか、それは?」
見た目だけではなく、こういうところも子供っぽい。やけに突っかかって来るところといい、歳の近い弟を持ったような気持にバウルはなっていた。実力でいえばあまりにも隔絶しているが、それでも手を焼きたくなる。
「そうだな、行こう。今日はお手柄だったからな、好きなの一品取ってけ」
「マジかよ、バウル? へへ、そりゃ俄然楽しみになってきたな!」
そういうわけで、二人は少し早めの夕食を取ろうと食堂に向かった。一番乗りかと思ったが、意外にも先客がいた。待っていたのは、フォルカだった。
(今日で何度目だ、彼女と会うのは。なんだか珍しい日だな……)
そんなことを考えていると、フォルカの方から話しかけて来た。
「お疲れ様です、バウルくん、ダリルくん。少し、時間を貰っていい?」
「……? ええ、それはもちろん。ちょっとだけ待っていただければ」
すぐに話を始めてもよかったが、それではダリルの忍耐が保たないだろうと判断した。二人で食事を持って、フォルカと同じ席に着いた。
「今日はみんなに、ミーアが迷惑をかけてしまいましたね」
「それについては、ラウ隊長からもう処分が下っているからな」
「別にいいって。アイツが何やろうと、俺は別に何ともないんだからな」
ダリルは適当に相槌を打つだけで、食事に専念している。話を聞くのは自分だけしかいないようだ、と認識すると途端に気が滅入る。
「時間を貰いたい、とはいったい? 何か話があるということですか?」
「他でもない、ミーアのことです。あの子についてどこまで知っていますか?」
「どこまで、と言われると何も知らないとしか言いようがない」
ミーアが自分のことを語ることもないし、またバウルの方から他人の過去に詮索するようなこともなかった。このままではマズいとは思っていたが。
「あの子が天生体として覚醒したのは、三か月ほど前のことでした。戦争が終わって、訓練キャンプから帰って来て、やっと平和に過ごせると思っていたのに」
「訓練キャンプ? ミーアは、軍人だったのか?」
「その前段階、訓練兵だったんです。禁止されていた少年兵……その候補です」
旧軍は人員不足を解消するため、戦災孤児を中心とした少年兵部隊を編成していたという。そしてその多くは、戦場から帰らなかった。
「前線に向かう前に、戦争が終わった。ミーアは家に帰り、平和に暮らしていました。でも、故郷に一機の飛行機が、天使に浸食された飛行機が落ちたんです」
飛行機を取り込んだ、空戦能力を有する天使は町を破壊し尽した。生存者はやはり、ミーア一人だけ。瓦礫の中から発見されたのは発生から三日後だった。
「助けを求めて、跳ね除けられたって言っていました。それも、他ならぬ親に」
「自分の肉親から、捨てられてしまったのか……」
「そういうもんじゃねえの、人間。親だって命惜しけりゃ何でも捨てらぁ」
ダリルが適当な相槌を打つ。そうだろうか、とバウルは思う。あの日、自分が浚われた時両親はどうしただろう? もはや思い出せなかった。
「でもだからこそ、戦渦に巻き込まれている人々を見捨てることが出来なかった。だから今回、あんな無茶な真似をした……そう思っているんですね?」
「悪い子じゃないんです。ただ、少し心に傷を負っているだけで……」
フォルカは苦渋に顔を歪ませながら、バウルの目を真っ直ぐ見た。
「勝手なことを言うけれど、ミーアのことを気にかけてやってもらえないかしら? あのままじゃあの子、決定的な間違いを犯してしまいそうで……」
あのまま動けば、ミーアは死ぬ。それだけはバウルも理解していた。
ただ、あの少女に何かが出来るのだろうか。それは分からなかった。




