06-独断専行
決意を固めたから、強くなれるわけではない。五戦やって白星は一つ。ダリル、ミーア、いずれにも負け越した。その後は通常の訓練メニューをこなし、生身の訓練プログラムを受け、それがすべて終わると休憩になった。
「一本取られたな。まあまあやるじゃん、バウル」
「一本しか取れなかった。しかもほとんどラッキーヒットだろ、あれは」
バウルは憮然とした表情でコンビーフをスプーンでさらい、口に運ぶ。シミュレーターでの一勝はダリルが飛び乗った岩が崩れ、体勢を崩したところに弾丸を撃ち込むという何とも情けない勝ち方でようやく拾うことが出来ただけだ。
「ダリルは無茶な動きをして、隙を作った。バウルはその隙を拾い、勝った。そういうことだ、どっちにも反省点はあるだろうがダリルのポカは大きすぎる」
その隣にラウが腰掛ける。士官であるはずだが、メニューは自分たちと変わらない。量さえも変わらないのだ。
「なにせ、あれは実戦でやったら死に直結するミスだからな」
「うぐっ……ま、まあそうなったら確かにそうだけどさあ、でも……」
「言い訳無用。死なない訓練で分かってよかったな、次に生かせるだろう」
さしものダリルも、ラウには頭が上がらないようだ。いろいろと言いたげだが、言い返せずに黙々と食事を再開する。その様が何だかおかしかった。
一方で、ミーアはたった一人、クルーともパイロットとも離れた場所で食事をしている。その背中からは他人を寄せ付けまいとする強固な意志を感じる。孤独を愛しているのか、それとも他人に不信感があるのか。どちらかは分からない。
「ミーアってのはいつもああなのか? 不愛想というか、何というか」
「お高くとまってやがるんだよ。イイトコのお嬢さんだか知らないけどさぁ」
「時間が解決してくれるさ。彼女も、悪い人間じゃあないんだよ」
文句を垂れるダリルを、ラウは諫める。ダリルの方は言い過ぎという感もあるが、ラウの方も甘すぎるのではないか、とバウルは思う。ミーアは他者を寄せ付けない、まるで憎んでいるかのように。周囲もそれが分かっているから、ミーアへの当たりが強くなる。このままでは余計な軋轢を呼んでしまうのではないか。
(俺が気にしても仕方がないとは思うが、うーむ……)
考え事をしながら食事をしていたので、注意が散漫になった。だから机を叩く大きな音がするまで、バウルは事態が進展していることに気付かなかった。
「偽善者のおせっかいなんて、私には必要ありませんから……!」
絞り出すような声でミーアは言った。それを向けられていたのは、オペレーターのミスティ。彼女と同席しようとしたのだろうか、その手には配膳ボードがあった。呆気にとられ呆然とするミスティを、ミーアは睨んだ。そして自分の荷物を掴んで去っていく。
「オイオイちょっと待て! ああ、もう何してんだか……大丈夫か?」
「い、いいえ。なんでもありません、ドーレン隊長」
ミスティは青ざめていたが、ラウから声を掛けられると平静を装った。それでも指先が小さく震えていたので、演技だとすぐに分かったが。
「構うなとは言わないが、相手のことも少しは考えてやれ。お前は……」
「分かっています、あの子が傷ついているのは。あの子のことをいま、一番よく知っているのは私なんだから……でも、だからこそ放っておけないんです」
眼鏡をかけ直し、ミスティは天を仰いだ。事態を飲み込めないでいると、突如としてダリルが立ち上がった。その顔には獣めいた笑みが浮かぶ。
「どうした、お前……」
「感じねえのかよ、バウル。あいつらが近くにいるってことよ……!」
少し遅れて警報が鳴り響いた。
南東4Kmの地点で民間船が襲われていると。
パイロット一同は格納庫へと向かい、機体に搭乗。ダリルたちは特に説明することがないのですぐさま機体に乗り込んだが、バウルには説明が入った。
「キミの要望を叶えるにはかなりの無茶をしなきゃいけなくなった」
「申し訳ない。ただ天使と正面からやり合うにはこれくらいないとと……」
開口一番、バウルはシズルに頭を下げた。
「35mm速射砲二門、バックパックから展開し両脇から出せるようにしておいた。手動操作も遠隔操作も可能、ただ射角は狭いから注意して。
肩背面レーンには八連装ミサイルポッドを、前面レーンにはシールドユニット。結構硬いから付ける人はいたけど、両肩にこれだけ付けるのは珍しいなぁ……
で、両腕にはグレネードランチャーと両足にロケットランチャー。メインアームは短銃身型の25mmライフル。これだけ積み込んでも動けるのは驚きだけど、当然ながら重くて使い辛い」
我ながら、よくぞここまで積み込んだものだとバウルは思う。だが敵がどれだけ強大になるか分からない段階では、詰める限り火力は積み込んだ方がいい。
「ありがとう、シズルさん。無様な戦いは絶対にしないと誓う」
「整備員として最良の仕事をした。絶対にそんなことはさせないさ」
シズルはバウルの胸を叩き激励した。バウルもそれに笑って答える。乗り込むと同時に機体が側面ハッチへと誘導された。カウントと連動しランプが点灯、グリーンのランプが灯るとハッチが開いた。バウルは砂漠へと身を躍らせる。
『状況を確認。側面モニターに映像を回します』
オペレーター、フォルカの声がヘッドセットから聞こえて来た。つい先ほどまで取り乱していたとは思えないほど冷静な声、彼女もまたプロなのだろうとバウルは感じた。モニターには四足歩行の奇妙な天使に追われるホバークラフトが映し出されていた。天使は船よりもかなり小さいが、その代わり速かった。
『気持ち悪ィ! あんなのもいるのかよ、天使ってのは!』
『多脚戦車か何かを取り込んだんだろうな……防御力と攻撃力は高そうだが、機動性には難があるだろう。包囲して攻撃を散らせばそれほど難しい相手じゃない』
口々に天使への感想を述べる面々。だが、ミーアだけは黙っている。各時点呼を取る段階になっても反応がないので、さすがにラウが苦言を呈する。
『クロツィエフ機、応答しろ。対天使隊は散開し、天使を包囲する。お前は』
天使が口を開き、ビームを放つ。光線は船を貫き、爆発させた。凄惨な状況、そこでミーアが弾けた。突如として叫び出し、走り出したのだ。
『クロツィエフ、下がれ! 単騎で向かえば死ぬだけだ、隊列を――』
「聞かないでしょう、彼女は。俺たちも行くしかありませんよ、隊長」
『チッ! それしかないな、対天使隊は隊列を維持しクロツィエフ機を追う! 各自、フォローを怠るな! 下手な行動を取れば、死ぬぞ!』
死、その言葉がバウルにのしかかる。あまり考えないようにしながら、バウルはスロットルレバーを倒し、アクセルペダルを踏み込んだ。




