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05-好

 機体購入の手続きはとんとん拍子で進み、納入の日。それまでの間にはラウに睨まれたり、ダリルに絡まれたりいろいろとあったが、些細なことだ。

 スロープを大型のトレーラーが昇り、それに引かれてバルカーが機内へと搬入される。艦の作業員とフェネクスの作業員とが協力し機体を下ろし、最終チェックを行う。遠巻きに見ているとミニチュアが動いているようにも見える。


「ウチの誇りに賭けて、完璧な仕上がりにしてあるわ。ご照覧あれ!」

「感謝する、いろいろとな。これで俺はまた、戦うことが出来る……」


 天使を倒し、天使を探す。

 それが目的のはずだった。しかし……


「バウルくん。あなたが本当に戦いたいのは……いったい何なのかな」

「それは……すまない。いろいろとあるんだ、言うことは出来ない」

「うん、この仕事が秘匿されてるのは知ってる。でもそうじゃないよね? あなたが戦っているのは、倒そうとしているのは、それとは……」

「それ以上は言わないでくれ。必死で忘れようとしているんだから」


 バウルは目を閉じ会話を終わらせた。イリーナもそれ以上踏み込まない。


「……あの男が、ムスタファ・クガニエルが憎いのは事実だ。アイツさえいなければ、俺はこんなところに来ることもなかったんだから。殺し合いをさせられることもなく、遠い世界で、幸せに暮らすことが出来ていたはずなんだ」


 あの日、バウルを救うために良心は命を落とした。

 もし、自分の体がこれほどまでに弱くなかったら?

 もし、グラディウスなどに来ることがなかったら?

 もし、あの時……クガニエルの攻撃が自分を直撃していれば?


 こんな苦しみを負うこともなかった。


「それでも、俺はいま、ここにいるんだ」

「……うん、そうだよねやることがあるもんね、バウルくんには」


 イリーナはバウルの意志を肯定し、首を縦に振った。だがその顔は晴れない。


「絶対に無茶しないでね、バウルくん」

「当たり前だ、分かっている。俺はまだ死ねない」


 そう言ってバウルは携帯端末を取り出し、画面を見せた。そこに書かれていたのは、ゼロの多い請求書。バルカーを購入する際に貰ったものだ。


「予算じゃまかない切れなかったようだ」

「ははっ、じゃあそれを返すまでは死ねないね」


 イリーナが笑う。バウルも笑う。ほんの小さな、下らないことでもよかった。ただ一つだけでも、生きていく理由が、死ねない理由が欲しかった。

 呼び出し音が鳴る。次の通達が上からバウルにもたらされたのだ。


「またお別れだな、イリーナ。キミに助けてもらったことは、絶対に……」

「お別れってわけじゃないよ。私たちはみんな、あなたたちについて行く」

「なんだって? いや、でもそれは……」


 天使に関する事項は秘密になっているはず。それなのになぜ、バウルは思ったが、彼の考えについてはイリーナが説明をしてくれた。


「ここから先は奥地に入って行くことになるからね、しばらく補給が出来ないの。だから武器弾薬、装備や設備類を運ぶために専属のキャリアーが必要になる。その仕事をアルタイルの人たちはフェネクスに回してくれたんだ」


 奥地。そういえばどこに行くのかを聞いていなかった、とバウルは今更ながらに思い出した。それにしても、死地に一般人を連れて行くとは。


「危険な旅路になるぞ。それこそ、命を落とす羽目にだって……」

「この世界で安全な場所なんて、もしかしたらないのかもしれない」


 バウルの言葉を遮り、イリーナは人差し指で口を押えるような仕草をした。


「だから今やりたいことをするのが正解だって、私は思っているんだ。フェネクスを再建するためには、これくらいの博打くらいはうたなきゃいけないからね」


 イリーナの目はここよりも遠いところを、フェネクスと自分の未来を見ている。彼女はバウルが想像していたよりもずっと強く、そしてしたたかだった。


「そういうわけで、これからもよろしくね。バウルくん」

「ああ。借りを返すまで、よろしく頼むよ」




 機体の積み込みをしている間にブリーフィングを開くこととなった。会合にはアラン、ラウ、対天使隊機動兵器パイロット。そして今回の作戦に同行するフェネクス商会の面々が同席することになった。会議室に入って来たイリーナの顔は、いままで見たことがないくらいに真剣なもので、バウルを驚かせた。


(あんな顔をすることが出来るんだな、イリーナも)


 当たり前だ、と自分の考えに苦笑する。誰もが余所行きの顔とそうでない顔を使い分けて生活をしている。商売人であるならより一層だろう。


「我々はこれより南下し、旧グラディウス首長国連邦首都マティウスを目指す」


 マティウス。バウルも名前を聞いたことはあったが、実際に行くのは初めてだ。質量兵器によって都市は壊滅、いまなお大量に残る残留物質から発する放射線によって対策なしでは数時間とて立ち入ることが出来ぬ場所のはずだ。


「フェネクス商会船団の皆様は、我々が責任を持ってガードさせていただく。しかし、我々も社の密命を受けている。その際は……」

「事前に通達さえ頂けば結構です。こちらも兵力はありますので」


 イリーナが返答し、アランが頷く。話を続けようとしたところで、ダリルが手を上げた。フェネクスの面々も、彼の幼さには驚いているようだ。


「そのマティアスとやらに行くとして、そこにはいったい何があんだ?」

「我々の目的。目指すべき最終地点。いま言えるのはこれくらいだ」


 人目があるところでは堪えられないことなのだろうか、とバウルは思った。だが、すぐにそれを打ち消す。それならば対天使隊の面々に公開しないわけがない。もし目的のものとやらを見つけたとしても、何も知らなければそれを素通りしてしまう可能性もあるのではないか? ならば必要な限り、最前線で働く者には情報を公開しておくだろう。


(あらば、艦長たちもそこに何があるのかを知らないということか……?)


 背筋が寒くなる。何か分からないものを探すために、命を懸けようとしている。そして、それが何なのかを上層部は把握しているのだろうと。

 その後もいくつか説明が続くが、バウルは完全に上の空だった。気が付いた時にはミーティングは終わっており、面々は次々部屋から出て行った。


「オイオイオイ、何ボーっとしてんだよ。バウル」

「ッ……何でもない。少しだけ、ボーっとしていただけだから」


 バウルは頭を振って立ち上がり、持ち位置に戻ろうとした。そんなバウルをダリルはじーっと、後頭部から射抜かんばかりの鋭い目で睨んでいる。


「おい、ダリル。何か言いたいことがあるんならはっきりと口で……」

「なあ、バウル。お前、あの姉ちゃんのこと好きなのか?」


 思わず叫んでしまう。幸い、周りに人がいなかったので聞かれることはなかった。だが見る人が見れば、顔を真っ赤に染めたバウルが照れていると分かるだろう。彼は自分の思いを打ち消すように、誤魔化すように必死で手を振った。


「そんなわけがないだろう、何を考えているんだお前は!」

「へえ? あの姉ちゃんを見る目が何だか普通じゃないからさ」


 あんまりな物言いに、バウルは思わずムッとした。


「でも何だか安心したよ。お前にもそういう楽しいことがあるんだな」


 ダリルはにんまりと笑い、バウルの横をすり抜けて走り去って行った。


(好き、いや……嫌いじゃない。けど、そんな……俺はそんな……)


 取り残されたバウルは、ただ呆然と立ち尽くすほかなかった。

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