05-縁
サイレンを響かせ、すぐに警察が現れた。バウルはイリーナと一緒に連れられ、そこで拘束を解かれ事情聴取を受けた。その対応は非常に丁寧なもので、そしてそれはイリーナが近くにいたおかげだ。感謝せざるを得ない。
「それにしても、なぜここに? キミを呼んだのは今日のことだし……」
「ああ、移動中にメッセージが来た。でも、ここまで来れたのはバウルくんが起動キーを持っていたおかげだよ。あれを追跡してここまで来たんだ」
ほとんどありとあらゆる物――盗品や違法品を除けば――には追跡用のチップが埋め込まれている。電波を拾える範囲内ならどんなものでも追跡できる、というわけだ。ドラウムを返していなかったことが、こんなところで生きるとは。
「ありがとう、助けられてしまったな」
「私も助けてもらったからね。お相子だよ、これは」
イリーナはまるで屈託なく笑った。その一言にバウルは癒される。それから少しずつ、二人は取り留めのない話をした。数日の間に何があったのか、どんなふうに過ごしていたのか。どうってことのない、それでも大切な話を。
「それじゃあイリーナ、キミはこっちの方に映ることになったのか?」
「どっちにしろ、ノーデンでは商売が続けられそうになかったからね。向こうの事務所をたたんで、物資を持ってこっちに来たの。目的地がどっちも重なったのは幸運だったかな……欧州に引き返す可能性もあったのに、すごい偶然」
「いままで住んでいたところを離れるのに、不安はないのか?」
「そりゃちょっとは怖いけど、でも怖がってちゃ立ち竦んでいるだけだし」
そんなことを話していると取調室のドアが開いた。警官が入って来るのかと思い居住まいを正した二人だったが、それは違った。入ってきたのはラウだった。
「よう、バウル。美少女と同室とは、思ったよりもやるじゃないか?」
「そんなんじゃありませんから」
「ははっ、美少女とはなかなか見る目がありますね」
バウルは照れたように顔を逸らし、イリーナは動じずに返した。
「イリーナ・フェネクスです。御社の商品の取り扱いもさせているんです。今後ともどうか、フェネクス商会をご贔屓にお願いします」
「フェネクス? フェネクス商会の御令嬢か。こちらこそ」
ラウは名前を聞いただけで、相手の素性を察した。やはり有名人なのだな、と、バウルは今更ながらに思うのであった。
「いろいろ厄介事があったみたいだが、出てから話そう」
「俺は無罪放免、ということでいいんですか?」
「すんなり行き過ぎていると思ったが、フェネクスのお嬢さんが間に立っているなら納得だ。どうしてあんなところにいたのか、お前の口から聞かせてくれ」
三人は警察署を出て、手近にあった喫茶店に入った。皮肉にも、そこはムスタファが使っていた店だった。複雑な気持ちのままバウルはぽつぽつと語る。
「テロリストが……そのことについては、もちろん話したんだよな?」
「ええ。アイツを捕まえることが出来るなら、別に誰だってかまわない」
「そうだな。俺たちは対天使戦のために編成された部隊だ。テロリストの相手が仕事じゃない。無理に動けば、上から突っ込まれる可能性だってあった」
ラウはじろりとバウルを睨み、彼の軽率な行動に釘を刺した。
「組織に所属すると決めた以上、規律は守れ。それを守らなければ、傷つくのはお前だけじゃない。俺たちもだ。一蓮托生、とまでは言い過ぎだがな」
「肝に銘じておきます」
これまでのように強制されているわけではない。自分で選んで決めたことだ。ならば、その責任だって果たさなければならないだろう。少なくともバウルは、対天使隊の面々には恨みや殺意を抱いているわけではないのだから。
「分かればよろしい。それじゃあ、帰るぞ。三日後には移動だ」
「了解しました、隊長。ああ、ところで彼女のことなんですが」
バウルはイリーナと会った経緯を軽く説明し、ドラウムの所在についても一応の説明を行った。ラウは不思議そうに聞いていたが、やがて納得した。
「なるほどな、ドラウムはお嬢さんの持ち物だったわけか」
「私の、じゃなくてフェネクス商会の持ち物ですけどね」
「勝手に持って行っちまって、そりゃすまなかったな。現場での確認不足といえばそれまでだが、本当なら行くトコ行ってもおかしくはない話だからな。バウルが機体をぶっ壊すようなことにならなくて、本当によかったよ」
返せなくなった時のことを考えると、背筋に冷たいものが走る。
「ありがとうございます。ああ、ところでバウルくん……」
イリーナは身を乗り出し、バウルに顔を近付けた。
ふわりと甘い匂いが漂う。
「ドラウムがなくなるなら、新しい機体が必要でしょう?」
イリーナの熱意に圧され、バウルとラウはフェネクス商会の保有する輸送船まで一緒に向かった。新しい機体を調達しなければならないというのは理に適っているし、替えの機体が存在しないいま他から持ってくる他に方法ない。
「バウルくんはDS系列の機体がいいですよね? 慣れてるみたいですし」
「そうだな。前から使っていたのはあれだし、体に馴染んでいるんだな」
資産に乏しいグラディウス解放同盟では、整備が用意で数が調達出来るDS系列機が重宝された。育成コストの低さや機動性においてはスラマニなどアルタイル社のAM系列機に分があるが、高価だ。元より育成を行う気がなかった解放同盟においては、枯れた技術で構成されたDSの方がもてはやされた。
「DSもDSで悪くないな。人工筋肉は瞬発力はあるが、継続的な作業には向いていない。ランニングギアならトップスピードの確保も容易だ」
「売れ筋はスラマニですけど、やはり生存性に難がありますからね……」
「アルタイルの人間がアルタイルの人間を腐すことは出来んのでノーコメント」
微妙なコメントを繰り返しながら進んで行く一行。多くの機体があったが、その中の一機にバウルの目が留まった。既存のDSシリーズよりややシャープだ。
「お目が高い。DS04S、通称バルカー・ストライク。後期量産型の機体でこれまで集積してきたデータを使って機体を再構成したものです。電装系や細かいパーツの流用は利くんですけど、エネルギーの変換率が改善されたのでより高出力になっています」
「見た目にそれほど変化はないな。むしろシャープなくらいだ」
「機動性を高めていますから。スラマニには及びませんけどね」
滔々とイリーナは機体の説明を始める。
「注意すべきは操作系が複雑化しているところだね。03までは下半身と上半身がほとんど完全につながっていた……サスペンションとしての役目しか果たしてなかったの。だから射角を変えるには機体ごと動かさなきゃいけなかった。
でも04はそれが分離している。ようするに腰の捻りやのけ反り、前屈が出来るようになったのよ。稼動角は上下60度、左右90度まで。間違いなく操縦は難しくなったけど使いやすくはなったよ。どうかな、バウルくん?」
一目惚れ、というのだろうか。
バウルはバルカーが気に入り始めていた。
「隊長、こいつを使わせてもらうことは出来ますか?」
「会計課と交渉して機体を一機回してもらう予定だ。しかしこれは……」
「いまのところの俺では、マルテを貰ったとしても二人と同じ働きをすることは出来ないでしょう。ですがバルカーにはマルテ以上の出力を持っているという利点がある。武装を積み込み、中距離支援に徹すれば役には立てるでしょう」
自分の能力を鑑みたうえで、最善の選択だとバウル自身は思っていた。そしてそれは奇しくも、ラウも同様だった。少し考え、頷いた。
「いいだろう、艦長と会計の連中には俺から言っておく。フェネクスさん」
「イリーナで結構です。ええ、もちろん私も行かせていただきますよ?」
話は固まった。バウルはバルカーを見上げ、そして辺りを見回した。
「積み込む武装も見ておこう。忙しくなるな、これは」
「お手柔らかに頼むぞ、ウチの予算も無限じゃないんだから」
珍しくテンションを上げるバウルに、ラウは苦笑するしかなかった。




