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05-過去

 あの後追いついたラウに連れられ、バウルは船に戻った。自由時間に調べた限り、あの時起こった爆発はやはり、テロである可能性が高いと目されているようだ。一番近くにいたバウルにも、そんなことは分かり切っていた。


(あいつらが未だに、活動を続けている……)


 それが分かったところで、バウルに出来ることはない。対天使隊は天使を追うために編成された部隊であり、テロ鎮圧は業務に入っていないのだ。

 もっとも、それで納得することが出来るわけではないのだが。


「ッ……!」

「オラオラ、どうしたんだおいお前! すっとろいんじゃねえのォーッ!」


 そんな散漫な注意力でやっているものだから、当然シミュレーター訓練にも身が入らない。今日も今日とて一つも白星を挙げられず訓練は終わった。


「オイオイオイ、なんだよお前! 弱すぎて話になんねえって! あン!?」


 ダリルが分かりやすい挑発をしてくるが、それに反応するだけの余裕がバウルにはない。シミュレーターを掃除し、座学へと向かう。


「んだよつまんねえな、楽しくやろうぜバウル?」


 ダリルはバウルと並んで歩き、ソバカスだかけの生意気そうな顔をニヤっと歪める。戦い自体が楽しいのだろうか、そんな風な態度を取っている。


「俺はこんなことをしても楽しくない。やらなきゃいけないからやるだけだ」

「戦ってるとカーッと体が熱くなって、興奮して気持ち良くなるじゃん?」

「アドレナリンが出てるだけだろ。生理現象だ、それに俺は気持ちよくない」


 跳ねたり回ったり忙しく動き回りながら、ダリルはバウルの周りをうろちょろと動く。自分と同じ年齢の割には落ち着きがないな、とバウルは思う。


「俺はお前の同類じゃない。殺し合いは好きじゃない。他の奴を当たってくれ」

「ちぇっ、なんだよ。ようやく仲間が出来たと思ったのにさぁ。たまんねえよ、バウル。それじゃあただのつまらない奴じゃんか。楽しく行こうぜ、なあ?」


 ダリルは馴れ馴れしく手を伸ばす。バウルはそれを跳ね除けようとした。


「俺は殺し合いを楽しんでいるわけじゃない――!」


 だがその手首をダリルが素早く掴む。目にも止まらぬ早業だった。


「誤魔化すなよ、バウル。お前も俺と同じ、天生体なんだぜ?」


 だから自分のことはよく分かる、とでも言いたいのか。ふざけるな、とバウルはダリルを睨み付け、無理矢理手を振り払った。ダリルは尚もニヤニヤと笑う。


「天使とは戦う。それだけだ。俺が戦う意味は、それだけだ」


 二人はまた歩き出した。今度は、もう互いに口を開くことはなかった。

 ところが、その次の日。バウルは別の敵との戦いを決意することになる。




 翌日、土曜日。アルタイル社の年間休日は百十日、及び有給休暇。もちろん、兵士として戦うことになっている間は不安定になるが、その場合は補填の長期休暇が用意される。それは各地で転戦している兵士たちも同様で、休日用のシフトを組むことが義務付けられている。そしてその日は、バウル最初の休日だった。


「入社直後は色々やることがあるだろうから、そのための配慮だよ。やりたいことがあるなら、早めにやっておけよ。本格的に仕事が始まりゃこうはいかん」


 そうラウに言われ、街に繰り出して来たはいいものの、やることなど思い浮かばなかった。生活必需品の類は社が用意するし、バウルにはそれで十分だったからだ。何の予定もなくポンと投げ出され、バウルは途方に暮れてしまった。


「……そうだ、イリーナに連絡を取れれば……」


 あのドラウムを返さなければ。そう思うと同時に、それでいいのかとも思う。あのドラウムは、外の世界とバウルとが持つ唯一の繋がりだったからだ。

 いろいろ迷ったが、義理を欠くのも気持ちが悪かった。とにかく彼女のことを調べようと、バウルはネットカフェへと向かう。自室の端末で調べてもよかったが、検索内容が集中管理でチェックされていることを考えると少し気恥しかった。


(……平和だな。二年前、この国に来た時とは大違いだ)


 バウルは感慨深げに街を見回した。道行く人々は笑顔にあふれ、愛する人々との生活を謳歌している。ほんの少し前までバウルがいた場所には、憎しみと痛みしかなかった。そんな感情を抱えた者たちは、いまは砂の底にいるのだろう。


(こんな平和な場所で、あいつらみたいな亡霊が受け入れられる場所があるはずがない。忘れよう、あんな奴らのことは。俺にはもう関係ない)


 バウルは支給されたARグラスをかけ、起動した。アルタイル社のお膝元であるこの街は復興が進んでおり、こうした電子ネットワークをも活用することが可能だ。ARディスプレイ上にはこの街のありとあらゆる情報が記録されており、思考一つで望む物を引き出すことが出来る。久しぶりの操作に戸惑いつつ、バウルはネットカフェを探した。


「あそこの喫茶店の角を曲がり、前方二百メートルに進んだところ……」


 チェックポイントである喫茶店を見る。そして、バウルはそれを見た。


(……ウソだ、そんなはずはない。あいつは、あそこで死んだはず……!)


 己の目を疑った。優雅に茶を楽しんでいるのは、死んだはずの男だった。

 白のジャケットに赤いシャツ。いずれも皺ひとつなく、パリッと糊が利いている。髪は短く刈り揃えられ、ジェルで撫で付けられており、清潔感が漂う。パッと見の印象は真摯なサラリーマン。下顎から右目に伸びる刀傷めいたものだけがその印象とはそぐわないが、この時代において傷を負った人は珍しくもない。


 バウルだけが知っている。その男の異常性を。


(……ムスタファ・クガニエル。あの男が、なぜ生きている……!?)


 グラディウス教会、司祭。

 バウルたちをテロリストに仕立てた張本人だ。

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