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01-旅立つ傷だらけの少年

 襤褸(ボロ)布を纏った少年、バウルは砂漠を当てどなく歩き続けた。死をも覚悟した最終決戦から三カ月、彼は未だ彷徨い続けていた。あの時見た『天使』を求めて。

 切断された右足は傷一つなく癒着した。それだけではない、あの事件以来バウルは自分の体が自分のものではないような、端的に言えば異常なほど強化されているように感じていた。心肺能力、筋力、持久力。あるいは視覚も聴覚も触覚も、ほんの三か月前の自分とは比べ物にならないほどに高まっていた。


(これも、あの天使が何かをしたからなのか……?)


 あの戦いを生き残ったのは、バウルだけだった。解放同盟も、連邦軍も、あるいは民間人も、一人として生存者はいなかった。誰一人として例外なく、脆い石灰質の人型へと変えられ、朽ち果てた。異常な前衛芸術めいた光景。


 なぜ生き残ったのか。

 どうしてこんなことをしたのか。


 そんなことに興味はない。もちろん、多少気にはなる。だがそれより会いたいという気持ちが先立った。どんな手段を取ったとしても、自分をあの地獄から救い出したのは確かなのだから。身体機能を回復し、自分のものとするのに一月。街中を捜索して金と物資を調達するのに一か月。そして一か月、バウルはぶっ通しで歩き続けた。


(飢えも乾きもある。だが、それでもかなりマシだ。

 本当なら干物になっている)


 解放同盟からの訓練を受けているとはいえ、これほど長期間で、そして過酷な行軍を続ければ歴戦の兵士であろうとも消耗し、憔悴するだろう。バウルにはそれさえなかった。過酷な大地の上において、彼はベストコンディションを保った。


(さて。ここまでは人と出会わず来ることが出来たが……)


 険しい斜面を昇り終えたところで、バウルは岩陰に腰を下ろした。自然の岩山ではない、大戦期に雨霰と打ち込まれた質量兵器の爪痕だ。小惑星にブースターを取り付け、加速をつけた上で地表に打ち込むという単純にして効果的な兵器。安価な大量破壊兵器によって地球の地図は大幅に変わってしまった。消滅した場所さえもある。

 バウルが見下ろしているのは、小さな町だ。村と言ってもいい。住居のほとんどは平屋で工場や倉庫の類もまばら。単なる中継点なのだろう、だが。


(傭兵が駐留しているな)


 村の西側には武装化されたホバークラフトが停泊しており、北東部には機動兵器整備用のガレージがあった。ポールには赤地に髑髏マークを組み合わせた挑発的に旗がはためいており、戦後急増した傭兵団だとすぐ分かった。


 星間戦争が終わって政府が最初にしたことは、軍備の削減だった。絶滅戦争中に生産した兵器も、雇用した軍人もすべてを養うことなど到底出来なかった。地球、宇宙両軍は大幅な軍縮を敢行。主要都市を除いた全都市から軍を撤退させた。

 当然、治安は悪化した。それを解決するため、また解雇された軍人たちの再就職先を手配するために政府が行ったのは軍備の民間委託だった。政府は軍事費を削減することができ、職を失った兵士たちは自分のスキルを十全に活かせる新しい職場が手に入る。まさに両得だった、その恩恵と被害を受ける民間人以外には。


 星間戦争によって傷ついたのは大地だけではない、打ち込まれた質量兵器から発する異常磁場によって旧来の無線通信システムはほとんど使えなくなった。世界は再び閉じられ、それは圧制者にとっては有利に働いた。小規模な傭兵団はゴロツキと変わらないところも多く、お上の目が届かないのをいいことに暴虐の限りを尽くした。

 バウルの眼下にある村も、似たようなものだと思えた。物資を積んだトラックはお手製の検問で止められ、中身を改められている。あそこからかなりの量が中抜きされているのだろう。住民の手に届くのは、恐らく僅か。


(まあいい、単なる中継地点だ。俺には何の関係もない)


 バウルは立ち上がり、斜面を慎重に降りて行った。




 古めかしいコンクリート造りの村。周辺に侵入を阻むトラップや柵の類はなく、入り込むのは容易だった。バウルは一直線に進み、宿を探した。肉体的、精神的にはまったく問題はない。だが数年ぶりにベッドで寝たいと彼は思った。解放同盟にいた時は、他の信徒と一緒になって雑魚寝していたのだ。

 くたびれた住人たちが奇異な視線を向ける。バウルはそのすべてを無視し、宿を探した。そのうち、傭兵と思しき者たちがたむろしている店を見つけた。彼らが身に着けている衣服は、住人が着ているのより上等なものだ。

 彼らに視線を向けないようにし、バウルは店内に入る。彼が入ったのと同時に入り口に陣取っていた兵士のうち二人が立ち上がり、彼を追った。


「……この村に宿はあるか?」


 なるべく低い声を出すように努めながら、バウルは言った。子供だと思われると面倒だと考えたのだが、店主の混乱は彼が考えるよりも大きかった。


「小僧、どこからここに来た?」


 苛立つバウルの背から声が掛けられた。振り返ると、飾りをいくつもつけた軍服を着崩した二人の男が立っていた。小僧は自分しかいない、バウルは素直に振り返った。


「……隣の町から来た。いまは、一人旅の途中だ」

「一人旅! 小僧一人で! 面白い冗談だ、なあ?」


 二人はさして面白くもないことで笑い出した。チラチラとポケットからナイフを覗かせている。自分か、あるいは民間人を威圧しているのだとバウルには分かった。


「この町を通るには通行料が必要だ。分かるか、小僧? ン?」


 逆らわなかった。面倒事になるのは嫌だったし、何より自分の金ではなかった。バウルは古ぼけた小袋と、その中に詰められた紙幣を二人に差し出した。要求していたはずの二人が面食らい、袋とバウルを呆けた面で交互に見た。


「何だよお前、持ってんじゃねえか。でも足りねえよ、これじゃ。もっと……」

「オイ、何をしているお前」


 横合いから野太い声を掛けられ、男たちはビクリと体を震わせた。バウルも目線だけをそちらにやり、声の主を見た。禿げあがった頭と傷だらけの体躯、そしてはち切れんばかりの筋肉が印象的な男だった。主だろう、とバウルは思った。


「外から来た人間と揉め事を起こすな」

「なっ……ですが、ボス」

「黙れ。兄ちゃん、面倒をかけたな」


 バウルは軽く頭を下げ、店主に質問の続きをした。宿は二階だと案内され、バウルはそれに続く。上階へと向かう彼はリーダーと男たちの会話を聞いた。


「あのガキはどこかヤバい。関わり合いになるな、絶対に」




 柔らかなベッドでバウルは眠れなかった。『聖戦士』として戦ってきた時の記憶が、反射が、彼に安らかな眠りを許さなかった。横たわり、身を預けていても少しも安心出来なかった。バウルはまた、自分をこんな境遇に追い込んだ者たちを内心で呪った。

 そうしていると、蝶番が悲鳴を上げ扉が開いた。中に入ってきたのは、店の入り口で因縁をつけて来た二人の傭兵だった。


「ボス……日和やがって。こんなウマい話を見逃すなんてな」

「ああ、あいつ絶対もっとため込んでやがるぜ……奪ってやる」


 奪う。

 また自分から奪おうとする奴がいる。

 バウルの思考が弾けた。


 上体を跳ね起こすと、枕元に隠していた拳銃を手に取り発砲。ほとんど狙いをつけずに放たれた弾丸は、側頭部に吸い込まれるように着弾し男の頭を砕いた。もう一人の男の反応は早く、一人目が絶命した瞬間にはホルスターに手をかけていた。だがそれよりもバウルが早い。男の掌に銃弾が突き刺さった。


「ARRRRRRRGU! お、お前、お前誰に何を!」


 バウルは起き上がり、男の頭に銃口を向けて言った。


「俺から奪い取ろうって言うんだろう? そうはさせるか」

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