05-自分へ戻る
エスピルの陸上船港にバウンズは停泊した。同時に格納庫に入っていた機体も外に出され、整備ドックに入れられることになった。
「砂漠では砂のせいで目詰まりを起こしたりしますからね。ドックに入るたびに総点検をしなければいけないので、俺たちとしては面倒なんだよね」
バウルがぼうっと作業風景を見ていると、横から声を掛けられた。自分はそんなに寂しそうにしているのか、と内心で苦笑しながらそちらに振り向く。先の出撃の際、ドラウムを整備していた整備員だ。いまはキャップを被っている。
「シズル・アンバス。対天使隊の整備担当で、キミの機体を担当している」
「よろしく……仕事を増やしてしまったようだな。すまない」
「俺が専門に担当している機体はないから、別にどうってことはないよ。アルタイル以外の技術に触れて勉強出来るから、俺としてはありがたいさ」
シズルの方から差し出された手を取り、握手をすると、バウルは作業の方にまた目を向けた。人が、機械が、動き回って一つの機械を取り囲んでいる。
「機械が好きなのかい、バウルくんは?」
「……好き、というか。それくらいしかすることがなかったからな」
教団の下で戦っていた時は、目に映るものはすべて敵だった。敵軍の兵はこちらの事情など少しも鑑みてはくれないし、教団の兵士たちも黄色い肌の異教徒に対して決して心を許さなかった。もしかしたら謀殺されるのではないか、という恐怖もあった。だから、バウルは機体の整備だけは常に自分ですることにしていた。
鉄の棺桶の中にいる時だけは、自分だけの時間が出来た。例え一歩先に死の平原が広がっていると分かっていても。だから、好きとは少し違った。
「そうするほかなかった、というのが正確なところかな……」
「ふぅん、それっていったい……あっ! おっ、お疲れ様ですッ!」
突如としてシズルはピンと背筋を伸ばし、敬礼をした。視線の先に立っていたのはアランとラウ、先ほどまでとは違い険しい表情、つまりいつも通りだ。
「バウル。着いて来い。貴様にはやってもらわなければならないことがある」
「了解しました、ダクスター艦長。それでは、失礼します」
バウルはおどけた挨拶を返し、その場を後にした。
そういえば軍の基地に連行された時もこんな風だったな、と思いながら、バウルは後部座席に大人しく座った。黒塗りのセダン、助手席にはアランが座り、運転席にはラウが。後部座席にはアーカムが収まっている。妙な面子だ。
「これから、俺はいったい何をされるんでしょうか?」
「別に殺されるわけじゃないんだから、そう構えんでも大丈夫だぞ」
「前を見て運転しろ、前を。機体と違ってこの車は脆いんだぞ」
ラウが茶々を入れ、アランに注意される。二人の出会いは星間戦争にまで遡るとバウルは先ほど聞いていた。単なる同僚に留まらない距離感はそういう事情があるからだろう。
「キミの戸籍が再度交付されることになった。その受け取りと承認だよ」
「戸籍の再交付……そんなことを。いったいいつの間に?」
「こちらの方で手続きは進めておいたんだ。そうしておかないとキミをここに置く際に、何らか問題が発生する危険性があるからね。黙っていて悪かった」
そもそも子供を兵士として活用することの是非を問いたいのだが、仕方がない。十八年前に改正された連邦法によって十六歳以下の少年少女の就業が自由化され、太陽系連邦もいまに至るまでその制度を温存している。そう父から聞いたことをバウルは思い出した。
太い幹線道路を通り、車は港湾部へ。街路樹で彩られた舗装道路を進んで行くと、白亜の壁に囲まれたビルが見えて来た。あれが目的地。
「生きている間にアルタイル社のビルに入るとは思わなかった……」
家電から始まり軍需産業に手を出し、成功。いまではおはようからおやすみにまで組み込まれた巨大産業複合体。おとぎ話めいたサクセスストーリーを演出したのは、若干二十二歳の若い三代目だという。現実感のない話だ。
車を停め館内へ。エントランスは一見何もないだだっ広い空間が広がっているだけだが、専用のAR投影機能を組み込んだ機器を介することで万華鏡めいて変化するという。輸送船などでは安定性の観点から枯れた技術である物理ディスプレイが重宝されるし、田舎町ではそもそも設置されてさえいないので、バウルは見たことがないのだが。
受付で来意を伝えると、すぐに奥へと通された。エレベーターで最上階まで移動し、その更に奥へ。磨かれた床に自分の姿が映る、自覚していなかったが表情が強張っていた。
「失礼致します。アラン・ダクスター以下三名、到着いたしました」
厚い樫の扉を叩くと、すぐに返事が来た。
「うん、入ってくれたまえ」
室内はやはりシンプルな調相だった。応接セットに執務机、その向こうには一人の男。キッチリと七三に髪をセットし、ダブルのスーツを着こなした恰幅のいい男だ。
「よく来てくれたね。キミたちを待っていたよ」
顔をくしゃっと歪ませ、男は笑った。バウルは背に氷柱を突っ込まれたような、寒気のする違和感を覚えた。本能が警告を発したのだ。
(こいつは……この男は、絶対に信用しちゃいけない……!)
確証があったわけではない。だがこの男の笑みは、時たま寺院に現れる教団幹部のものと同じだった。人を使い捨てて良心の呵責を覚えることのない人間。
「キミが馬頭くんだね? 大変な仕事だとは思うが、頑張ってくれたまえ」
男は空中をなぞった。ARディスプレイを操作しているのだと分かった。
「正式にキミと契約を交わしたい。詳しい話はダクスターから……」
言いかけたところで、扉が開いた。男のにこやかなな笑みが、一瞬素に戻ったのをバウルは見逃さなかった。まったくの無表情に変わったのを。
「……なぜ、あなたがここにおられるのでしょうか?」
男はすぐに笑みの仮面を戻した。バウルも振り返り、侵入者を見る。
「レアメタル鉱山との交渉が手間取っているとのことでしたので、アフリカ支部に少し顔を出して来ただけですよ。その帰り道に、立ち寄ったと言うだけです」
「フットワークが軽いですな……さすがです、社長」
そこにいたのは、美貌の女傑。
アルタイル社社長、メルティオ・アルタイル。




