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05-潮風

 昼間は訓練を行い、夕方は座学。それ以降は自由時間となる。軍隊と考えても企業と考えても緩い。もっとも、バウルの頭の中にある企業人のイメージは、いまは亡き父の姿によって構成されたあやふやなものだが。


「十本やって白星なしか。まあ、そういうもんだ。落ち込むな」

「別に落ち込んでるわけじゃない。こっちはただの素人なんだからな」


 シミュレーターを介した実戦訓練。『バカ高い3Dシューティングゲーム』と揶揄されることもあるが、少なくとも機体の挙動や感覚を掴む上ではこの上なく優秀なものだ。伊達に正規軍で採用されているわけではない。

 実力を把握するという意味で行われた一対一、全五本三本先取のマッチでバウルは惨敗を喫した。口には出していなかったが、相当悔しがっている。これまで元軍人や盗賊たちを圧倒して来ただけに、多少なりとも自信がついていたのだ。


「まるでこっちの動きをすべて見切られているような……天生体ったのは、未来予知でも出来るのか? そうとでも考えないと説明が……」

「そこまで便利じゃない。ただ、危機を察知する本能やら反射神経やら、そういうものが増幅されているんだ。要するにあいつらは滅茶苦茶勘がいい」


 勘がいい。そんなあやふやなものに自分は倒されたのかと、バウルはまた内心で落ち込んだ。そんな彼の心の機微を感じ取ったのか、ラウはふっと笑う。


「悔しいと思えればそれを踏み越えるために出来ることはあるさ。それより、食え。腹ァ減ってるだろ、食って寝て明日の糧にするんだな」


 バウルは盛りつけられた夕食を睨んだ。そして少しずつ口に運ぶ。


「お疲れ様です、ドーレン大尉。あれ、そちらは……」

「ああ、フォルカか。交代の時間か、ご苦労さん。こいつが新人だよ」


 バウルは顔を上げ、声を掛けて来た女性を見た。そういえば、その声をバウルは聞いたことがあった。いつもヘッドセットから聞こえて来るあの声……

 皺ひとつないタイトなパンツ・スーツを身に纏った女性。髪も爪もきっちりと切り揃えられ、埃の一つ、ゴミの一欠片さえも付いていない。鋭い目つきといい、漂う張り詰めた緊張感といい、デキる女という風体だ。


「そういえば、ブリッジクルーの紹介はしていなかったな? 彼女はフォルカ・ミスティ。我が艦隊のオペレーターだ」

「バタバタしていましたからね、いろいろと」


 フォルカは軽く頭を下げて席に着き、食事を始めた。


「そういえば、これから俺たちはどこに行くんです?」

「それも説明していなかったな。ひとまず、西の方に向かう」

「アフリカに?」

「いや。地中海港湾のエスピルで停泊し、補給なんかを済ませる……おっ」


 ラウは窓の外を見た。真っ青な、戦争の爪痕を残す海が広がっていた。




 甲板デッキに上がると潮風がふっと吹いた。さんさんと降り注ぐ太陽、潮騒の音。見たことはなかった、だがどこか懐かしいような気がした。

 手すりに体を預け、目的地であるエスピルの街を見た。都市部は近代的な鉄筋コンクリートの建物が並んでいるが、そこから少し離れると崩れかかった伝統的な住居や寺院が無残な姿を晒している。これもまた、戦争の傷跡だ。


(どこもかしこも、誰も彼も。傷痕を背負ったまま生きているんだな……)


 バウルは呆けたように風景を見続けた。時折船が砂丘を飛び跳ねる。と。


「こんなところで何をしている、お前」


 もう一人甲板に昇って来た男がいた。アラン・ダクスター艦長。バウルは自然と居住まいを正した。そうしなければ、あの世界では生きていられなかった。


「楽にしろ。俺たちは軍隊ではない、鯱張った規律はいらんよ」


 意外にも、アランは寛容だった。やや困惑するバウルをよそに、彼は大きな体を揺すってぎこちなく歩いた。肥満体というわけではないが、元々体格がいいせいだろう。少しばかり肉がついても膨らんだような印象を受けてしまう。


「足を怪我されているんですか、艦長」

「七年前に足を丸ごと失いかねないくらいの傷を負ってな。生き残ったのは新兵だったラウだけ、負傷のせいで俺は前線から外され療養することになった」


 そして後遺症が残った、とアランは続けた。それにしても杖さえ使わないのだろうか、とバウルはやや訝しんだが、口には出さなかった。アランは手すりにもたれかかり、風を感じうっとりしたような表情をした。


「やはり風はいい。地球がどんな状態になっても、風だけはいつも変わらん」


 厳格な男の意外な一面。バウルはどう反応していいのか分からなかった。


「どうだ、ここに来てみて。もう慣れたか?」

「……問題はありません」


 かと思ってみれば、アランはどこか探るようなニュアンスで質問をしてきた。意図が見えないし、何を聞こうとしているのかもよく分からなかった。


(もしかしてこの人は、俺のことを心配してくれているんだろうか?)


 まさか、と思いながらもこの質問に一番合理的な解を与えられる気がした。曖昧な返答をすると、アランはふっと笑い手すりから体を離した。


「ゆっくり馴染んで行けばいい。我々は一つの目的で繋がれたチームなんだ」


 バウルの肩を優しく叩き、船内に戻って行った。ブルリ、と体を震わせる。寒かったのだろうか。バウルは撫でられた肩に、そっと自分の手を置いた。

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