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04-仲間

 『A型変異疾患対策委員会』実働隊、略称対天使隊はノーデンより出港。安定軌道に入ったことで艦内の自由移動が許可された。バウルはラウに連れられ、艦内の機動兵器格納庫まで向かった。船体下部の大部分を使った格納庫デッキには複数の機動兵器が鎮座していた。一番大きなスペースを取っていたのは、ラウが搭乗するバトルウェアだったが。


「EBA04『ゼブルス』。この船が所有している最大戦力だ」

「なぜ俺たちにはバトルウェアを配備しないんですか?」

「いろいろ理由がある。感覚フィードバックセンサーを搭載している分習熟が容易である、天生体の感覚は生身に近い方が冴える、そもそも予算が足りない。だが一番大きいのは、万が一天使化した時処理が容易になるってことだ」


 さらりと言われたが、ラウの口調は真剣そのものだった。


「天使化した時、いまある肉体は分解され消える。そして周囲の物体を吸収し再構成、新しい体を作るんだ。ノーデンでも見ただろう、あれが天使の体だ」

「ならば戦わせなければいいでしょう。監視の目を置いておけば……」

「天使は核と呼ばれる部分を破壊しない限り、いくらでも再生する。そして現状、核を識別出来るのは天生体だけだ。覚えがあるんじゃないか?」


 天使の体にかかっていた霞のようなもの、あれが核なのだろう。


「俺たちだって、子供を戦わせたいだけじゃない。だが、天使一体を殺すために何十人もの味方が犠牲になった。業腹だがお前たちに頼るしかないんだよ」

「別にいいじゃん、そんなことなんてさ」


 ラウの苦渋を知ってか知らずか、男の子供が二人の会話に口を挟んだ。日に焼けた肌とくすんだ髪の毛。歳のわりには筋肉質で、悪ガキといった感じの風貌だ。


「ダリル・アーカスターだ。まだ自己紹介してなかったよな? 一応、俺と一緒に戦うことになるんだからな。よろしく頼むぜ」


 差し出された手を取り、バウルは自分の名を名乗った。握った瞬間ギュッと力を込めて握られたが、意に介さない風に振る舞った。


「ミーア・クロツィエフ。何やってんだか、まったく……」


 聞こえるようにため息を吐きながら、後ろの少女が名乗った。肩までかかる長い銀髪、ダリルとは対照的に色素が薄く細い体つき。こんなところでもなければ、木陰で本を読んでいるのが似合う、そんな少女だった。


「仲良くやれよ、今後は一緒に過ごして行くことになるんだからな」

「小学校の入学式かなんかか? それで、俺が使う機体は……」


 ラウはバトルウェア格納ブロックの手前を指した。壁際で膝立ちになっているものが二機、直立しているのが一機。ダリルが胸を張るのが見えた。


「俺のだ、超強いぜ。やってみるか?」


 挑発的に笑うが、『やってみるか?』という表現は何となくおかしかった。まるで子供の喧嘩じみている。ダリルを無視し、バウルは機体を観察する。全長2.5m、オーソドックスなマルテだが左右の腰部マウントには鞘が取り付けられている。いま機体の前でチェックを行っている実体剣があそこに収まるのだろう。


「ダリル機は両肩と背部のブースターで機動力を向上させている。やや機体を浮かせながら動く感じだな、中々読み辛い。主力は二本の剣だな」

「おっさん、俺が言おうとしてたこと取るんじゃねえよ!」

「銃は持っていないのか? 取り付ける場所が見当たらないが……」

「んなもんは、撃ち切ったら投げ捨てるに決まってるだろう?」


 正気の沙汰とは思えなかった。いかに機動力に優れているとはいえ、火器を持たずに戦場に飛び出して行くなどと。目の前が揺らぐのをバウルは感じた。


「……で、それでだ。奥の機体が、ミーアが使っているやつか?」

「呼び捨てにされるほど親しいとは思っていなかったわ」


 思っていたよりもキツかった。バウルは気を取り直し、機体の観察に専念する。最大の特徴はランドセルめいた巨大なバックパック、そしてそれと接続された手持ちの砲だ。ライフルというには、それはあまりに巨大過ぎた。


「ビーム兵器運用試験のために作られた武装だ」

「そんな不安定で危険なものを子供に扱わせるのはいいんですか?」

「痛いところを突いてくれるな。それに、天使の肉体を貫くには通常の弾丸では不足な場合が多い。強力なビーム兵器はウチにとっても有用なものなんだ」


 AAが主力では火力が足りていない、それは同意する。だがバウルは納得がいっていなかった。天生体が戦わなければならない理由に。


(天生体が指示を出し、人間が倒す。それでいいんじゃないか? いや、それどころかただ単に火力を集中させ、粉々にすれば倒せるのでは……)


 あるいは、本当に天生体しか天使を倒せない理由があるのか。自分が知らないだけで、天使とはもっと強力な存在なのだろうか。疑念が広がって行く。


「ともかく、よろしく頼むよ。仲間が増えるのは俺たちにとって心強い」


 それをバウルは口に出さなかった。下手に疑念を口にして、不興を買う必要はなかったからだ。対天使隊には存続しておいてもらわなければ困る。


「キミの機体は積み込んだが、いずれもっとマシなやつを……」


 ラウが言い掛けたところで、警報が鳴り響いた。艦内の雰囲気が変わった。


『本艦に接近する反応、複数あり。総員、第一種戦闘配備。機動兵器パイロットはハッチ内で待機せよ。繰り返します、総員第一種戦闘配備!』


 スピーカーから女性の声が聞こえた。格納庫内で作業を行っていた整備員たちが仕事を中断し、戦闘準備に入る。ラウもパイロットたちを見回し、言った。


「第一種戦闘配備だ! お前たち、準備を進めておけ! 戦いになるぞ!」


 頷き、全員が走り出した。バウルもドラウムのところへと走る。整備員数名が最終チェックを行っており、バウルの姿を認めると道を開けた。機体をよじ登りハッチへ、シートに腰掛け感触を確認する。と、整備員もそこまで昇って来た。

 ところどころに汚れがこびりついた作業服に身をつけた男性。歳としては20くらいか。がついたままの顔といい、人懐っこい笑みといい、人柄の良さというか、育ちの良さが所作からも滲み出ていた。


「コンディションは万全だ。けど、ところどころガタが来ているパーツがあるからね。戦闘が終わったら総とっかえだ。どんな状態で使っていたんだい、これ?」

「いや、これは……」


 言いかけて、ようやくこのドラウムがイリーナのものだと思い出した。何も言わずに盗って来てしまった。いや、正確には対天使隊がバウルの所有物だと勘違いして持って来てしまった。結果としては同じだが、これは。


「……? まあいい、無理はしないように。キミが思っているよりもずっと危ない状態だよ、この機体は。それじゃあ、気をつけてね」


 整備員は親指を立て、機体から飛び降りた。コックピットハッチが閉じ、闇が世界を包み込む。バウルは目を閉じ、深呼吸をして意識を集中させた。


(死ねない理由が出来たな。こいつを返すまで、俺は死ねない)


 どんな些細なものであっても。

 それは死にたくないと思える理由になった。


(ここが例えどんなところでも、俺は生き抜く。もう一度天使と出会うその日まで……イリーナに借りを返せるその日まで。俺は死ぬわけにはいかない!)


 船体の側面ハッチが開く。黄金の地獄が目の前に再び現れた。発進許可を示す青いランプが灯る。バウルはギアを作動させ、船から飛び出した。

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