04-新たな旅立ち
衝撃的な事実が発覚したそのすぐあと、ラウたち『A型変異疾患対策委員会』は移動の準備を始めた。慌ただしい行程に合わせ、バウルも荷物を回収し出発の準備を整えた。
(イリーナは無事なのだろうか? 死んではいない、と思うが……)
気にはなるが、探している時間はない。別れも言えなかったな、と感傷的な気分になる。と、その時人ごみの中からよく知った声が聞こえて来た。
「バウルくん! 無事だったんだね、よかった……!」
「イリーナ! よかった、そっちこそ怪我がなくてよかった」
バウルはほっと胸を撫で下ろした。これで心置きなく行くことが出来る、と。一方のイリーナは、既にバウルが旅装になっているのを見逃さない。
「バウルくん、その恰好はどうしたの? まさか……」
「すまない、イリーナ。行かなきゃいけないところが出来たんだ」
バウルはノーデンに向かって走る間にしたイリーナとの約束を思い出した。返事こそしていなかったが、彼女の願いを聞き届けられなかったのが心苦しい。
「どうやら、あのアルタイルの連中について行くことにしたみたいだね」
二人の間に割って入る者がいた。こちらも知った声だった。
「ローゼン中尉……あなたも無事だったんですね、よかった」
「キミが助けてくれたおかげだ。あの化け物とあいつら、何か関係があるんだろうな。そうじゃなきゃ、事態の収拾も終わってないのに出て行くはずがない」
「ちょっと、アルタイルってどういうこと? 商売敵よ、私たちの!」
バウルはイリーナに落ち着くよう頼み、ローゼン中尉の目を見て話を続けるよう促した。こういうシチュエーションでは大人の言葉の方が効くだろう。
「彼らは所属を明かそうとはしなかったが、入港書類にはアルタイル社所属だとあったからね。彼らは何らかの任務を本社から帯びているのだろうな」
アルタイル社。
世界最大級の軍需メーカーであり、同時に傭兵たちの元締めでもある。死の商人、否、運び手とさえ呼ばれている。最新鋭の設備と最精鋭の人員を備えた彼らは軍との繋がりも深く、表沙汰に出来ない任務を請け負っているという陰謀論めいた噂もある。もしかしたら、これがそうなのだろうか。
「あいつらはあの化け物について何かを知っている。そしてそれを生み出した存在、天使についても。あいつらがそれを追いかけるというのならば、俺はそれについて行く。俺は、天使に再び会うためにいままで旅を続けて来たんだ」
あの時バウルは天使に救われ、生き返った。ワケも分からぬまま。もう一度会えば、あの時見た美しさをもう一度見れば。何かが分かる気がした。
「でも……あんな、おかしな化け物がいるってことでしょう?」
「そうだ。それを乗り越えなければきっと辿り着けないだろう」
「そうしなきゃいけないの? どうしても? 私には分からないよ……」
バウルは視線を逸らした。自分でも言葉に出来ないし、それが正しいとも思えなかったからだ。それでも、最初に決めた一つの芯を外してしまえば、もう動けなくなるような気がした。ならば止まる意味も、迷う意味もなかった。
「ローゼン中尉、このことは内密にお願いします」
「多分、上からも緘口令が敷かれるだろう。心配しなくたっていいよ」
中尉は自嘲気味に笑った。歯痒さ、悔しさ、そんなものが滲んだ声だった。
「キミの決定に異を挟む権利はないし、上もそんなことを許さないだろうな。ただ、せめてこれだけは言っておくよ。気をつけてな、バウルくん」
頷き、バウルは踏み出した。立ち止まらない、決して。そう決意して。ただ、背中に突き刺さるイリーナの視線だけは。痛くてたまらなかった。
「用事は終わったかな、バウルくん?」
「元々、残して来たものなんてないからな」
ラウは皮肉気に鼻を鳴らし、バウルを先導するために歩き出した。どことなく信用出来ない、大人の笑顔が浮かんでいた。
「どこに行くんだ、これから。俺はいったい何をすればいいんだ?」
「これから説明する。さっさと行こう、ボスがお待ちだからな」
それっきり、ラウは口を閉ざした。これ以上聞いても無駄だな、と悟りバウルも黙る。無言の二人は階段を昇り、艦橋まで向かった。
「失礼します。ラウ・ドーレン、及びバウル。到着いたしました」
返事を待たずにラウは艦橋へ入った。艦橋ブロックの中央、艦長席には厚手のコートを纏った老齢の男が座っており、彼を囲むように二人の子供が立っていた。生意気で好奇心に満ちた、勝気な視線。その目はバウルに向かっていた。
「遅れました。新入りを待っていて時間を食いましてね」
「構わん。その子がバウルか、まったくなんだってこんな真似を……」
艦長は目深に被った軍帽を手で押さえ、大きなため息を吐いた。
「私がガキどもで構成されたクズの如き兵団、『A型変異疾患対策委員会実働隊』の司令官。アラン・ダクスターだ。貴様の話は少しばかり聞いている」
「俺が元テロリストだということも、ですか。ダクスター司令」
「口の利き方がなっていないのは置いておいてやる、ここは軍隊ではないからな。そして答えはイエスだ、バウル。貴様の経歴には興味がない、それは上も同じだ。大事なのは貴様らが天生体であり、天使を探し出す能力を持っているということだけだ。どれだけ特別な力を持っているかは知らないが、ここでは俺の、そしてラウの命令に従え。いいな?」
アランは鋭い目でバウルを睨んだ。凄まじい眼力を感じ、バウルは思わず頷いた。目の前にミサイルが着弾した時も、これほどの圧力は感じなかった。
「結構、我々は天使を倒すために存在する。それ以外の任務は存在しない……そして天使は強大だ、他のどんな敵よりも。それだけは心しておけ」
そういうとアランは立ち上がった。左足を庇うような体勢、先の戦争で傷を負ったのだろうか? それでも彼の放つ威圧感は、凄まじいものだったが。
「私から言うことは一つだ、決して死ぬな。貴様らには少なくない金がかけられ、多くの人員が貴様らに時間を割いている。貴様らの死はそのちっぽけな命では払い切れないほど大きな損失を生むと心得よ……以上だ、解散。出港する」
アランが演説を締めくくると同時に、船が動き出した。砂塵を巻き上げ、進んで行く。果たしてそれがどこへ続く旅なのか、バウルには分からない。
「たっぷり脅かされてビビったか? 安心しろ、ここからは楽しいことだ」
パン、とラウは手を叩き子供たちの注意を自分に向けた。アランの方はすでに彼らから興味を失ったように視線を外し、艦橋のクルーたちも目を向けることさえもない。解放同盟とは違う、連携の取れた兵士たちなのだ。
「バウル、初日は自己紹介を兼ねたレクリエーションと行こうじゃないか。お前はこれからここで戦っていく……仲間なんだからな」
仲間。
その言葉を聞き、猜疑心が鎌首をもたげる。そんな人間がこれまでいたことはないし、これからもいないだろうと彼は思っていたから。




