七話 嵐の前の、何とやら
「ったぁっ!?」
次の日の朝方、フウは鈍痛に襲われ眠りから覚めた。
「おはよう~フウ。良く寝れた?」
向かいに座るスイは既に起きていたようで、少しからかうような笑みを浮かべていた。そう言えば、それぞれ屋外と自室以外の場所で寝るのは随分久々だったような気がする。
(ん? ちょっと待てよ)
フウは首を傾げる。
と言うことは今朝の起床も昨日に続いてスイに先を越された訳だ。ついさっきまで寝顔を見られていたのかと思うと、苛立ちが湧き上がってきた。スイの癖に……いつもはフウのドッキリで叩き起こされているスイの癖に、何という失態だと。
「ぬぬぅ……良く寝れる訳ないでしょ。逆に何でそんな余裕持て余した顔してられんのかが分からん」
馬車が大きく揺れた拍子にぶつけた背……目を覚ます原因となった箇所を擦りながら、フウは寝起きの目でスイを睨んだ。
フードを被り直してから外を覗くと、草地と砂地の入り交じった断崖が広がっている。どうやら、目的地付近のようだ。
「そろそろ降りた方がいいね」
フウが馭者に声をかけようとした時、馬車が急停止した。それなりのスピードで走っていたため身体が前方へ引っ張られる。
「ぉぶごあおぉぉぉぅっ!? 慣性の法則うぅっっ!?」
「っあぁ危ない!!」
外へ吹っ飛ばされそうになったフウの腕を掴んだスイ。しかし近づいてくる馭者の気配に気づきどうにかしてフウの広がった銀色の髪を隠そうと焦った挙げ句、
「ぶごおおっっ!?」
何を思ったかフウをめり込む勢いで積荷に叩きつけた。
「嬢ちゃん達、申し訳ないんだがこの辺りまでで……えっ、ちょ、大丈夫かい?」
何事もなかったかのように座るスイの背後には、俯せになったままピクリとも動かないフウの姿があった。
「あぁ、はい。大丈夫です。全然全くもって問題ないです、ハイ」
「…………」
スイが全力で頭を押さえつけているのと、馭者が直ぐ側にいるのでフウは大人しくぶっ倒れている。
この世にも奇妙な光景は、いくら顔見知りとは言え両親から銀髪を隠すよう言われていた彼にそれを晒すのは避けるべきだと考えた故に起こってしまった悲劇。
今まで疑問だった事、彼の前に出ようとする度に両親からフードを被るようしつこく言われてきたその理由が、今の二人には分かっているのだから。
二人が家を出た時から常にフードを被っているのはそういう理由からだった。
「そ、そうかい? 悪いんだが、馬車だとここらが限界なんだ。これ以上は道が悪くてね……」
すまなそうに頭を掻く馭者。
「いえいえ、そんな。無理を言ってこんな所まで送ってくださり、ありがとうございます」
「いいんだって! 親御さんの留守中くらいしか俺もこんなことやってあげられないからなあ」
ばしばしと馬を撫でながら照れくさそうに言う彼に、スイは先程の布を取り出す。
「お代なのですが、今度改めて渡させて頂きたいので……今はこちらを受け取って頂けませんか?」
「ん? ああ、いつもの布地か……折角だけど受け取れないな。これは俺からのプレゼントってことだ、それはこっそり奥さんに返しときな」
スイはその言葉に驚き、目を瞬かせた。
「……分かりました。ふふっ、本当にありがとうございます。では僕たちはこれで失礼します」
そう馭者に頭を下げ、何故かまだ動こうとしないフウを引きずるようにして馬車から降りたスイ。馭者からの迎え時間の問いかけをやんわりと誤魔化すと、東へ向かって歩き始める。
そして馬車が通ってきた道を戻り、やがて見えなくなるまでの間、スイはフウを引きながら歩き続けていた訳で。
「フウ~、もういい加減自分で歩い……っぶぴゃあぁっぶない!?」
「ぷはぁぁあっっ!!」
引きずられていたフウがいきなり頭をもたげた。間一髪の所で避けたスイだったが危うく顔面陥没しそうになった。
「よし! これで良し! 許してあげよう! お相子だからね!!」
「…………へ?」
フウが何のことを言っているのか理解出来ず唖然とするスイ。
一方でフウは馬車での顔面強打が余程痛かったのか、瞳を潤ませながらそれでいてやりきった感溢れる顔をしていた──が、
「……あ、やめて。なんかまた悲しくなってきた。私がすっごい大人げない人に見えるからやめよう。よし、歩こう」
「え!? いいの!? よく分からないけどそれでいいのっ!?」
勝手に自己完結して歩き始めたフウの後を追うスイ。
追いつくついでに『お相子』の意味を聞こうとしたが、何故か恐ろしい形相で睨まれたためそっとしておく事にした。