三十九話 光に映るは思惑か意志か
――数分前――
計画が、狂っている。
王宮内を走るフウは焦燥に駆られていた。
計画では王宮内のカタがついたら王宮から蒼焰を上げ、それを合図にスイがフウの元へ合流する予定だったのだが、合流はおろか確認の合図さえもが全く返ってきていなかった。
「何やってんのさお兄ちゃんっ……!」
外から聞こえてくる斬撃や爆発音はまるで止む気配がない。
天を貫く巨大な白雷こそ消えたものの、轟くような雷電音は未だ続いており、空間を震わせるスイの術圧は先程よりも濃く禍々(まがまが)しいものへと変わっていた。
炎術の展開範囲と割れるような衝撃音からして、一騎討ちに持ち込まれたのだろう。そしてその相手は恐らく、あのルシアと言う氷術者だ。
――今思えば、全てがおかしかった。
いくら舐められているとはいえ、あんなただの時間稼ぎのような護衛を国王につけるなんて。
術者でもあった国王自身がフウに殺されることはないと思っていたのは事実だろうが、それにしても兵数と策の質が偏り過ぎていた。
まるで最初から、スイだけを待ち構えていたかのように。
「なっ、貴様何者……ほぶぉっ!?」
「何で気づかなかったんだよ私っ! 邪魔だってば!!」
近道をするべく塀から渡り廊下へ進路を変えたフウは、そこに偶然走ってきた高官を眼下へと突き落とし次の廊下に飛び乗っていく。隣接する王宮内は侵入時よりも酷い混乱状態で、貴族や兵の声や走り回る音が床越しに聞こえてくる。
「流石に人目につくかッ……」
辺りを見回し舌打ちをしたフウは二つ目の廊下の下にある庭園へと飛び降りる。そしてそのままスイの術力を頼りに走り始めた。目的地に近づくにつれ異様な緊張感が濃くなり、雷撃と氷の衝突が木々の隙間から目視出来るようになる。
やはりスイが戦っているのは例の氷術者で間違いないだろう。
だがあの氷術者はマズイ。戦闘力は勿論のこと、この策を考えたのもきっと彼。となると彼の目的はスイただ一人ということ。そして何よりも恐らく彼は、スイの過去に関係しているのだろう。その過去に何があったかは分からないが、スイが記憶を失う程のこと。もし彼がそれを知っていて、スイを嵌めたのだとしたら……。
「っ、先にアイツを殺っとくべきだった……!」
フウは己の不甲斐なさに顔を歪めた。
どうして彼の存在を伝えなかったのか、前日に乗り込んだことも、素直に伝えておけば良かったと今更ながら後悔する。
早くしなければスイに二度と会えなくなるかもしれないのに、と。
これ程までの力を使い続けていれば、いくらスイと言えども術力が尽きるのは時間の問題。彼が何の考えもなしに動くとは思えなかったが、状況が状況のため一刻も早く合流し離脱しなくてはならない。
フウは庭園の中を駆け抜けつつ、尚も思考を巡らす。
もうじき突入から一時が経つ。貴族らの兵がいつ動き出してもおかしくない上に、死体がバリケード代わりになっている玉座の間の扉も開かれる頃合いだ。この状況でスイを落ち着かせ且つあの氷術者を時間内で倒す、もしくは離脱の隙を作らなくてはならない。
(――どうする?)
スイでさえてこずるような彼を、果たして自分が短時間で追い込むことが出来るだろうか。背筋に冷や汗が伝うのを感じ、それでもフウは必死に策を講じていく。
その時、
「待って!!」
「っ!?」
後方から投げかけられたその声に思わず足を止めた。
違える筈がない、しかしこの場で最も聞きたくなかったその声に。
「ねぇ、これは……あなたがやったの……?」
少し離れた場所から、彼女は震える声で問うた。
「…………」
フウは背を向けたまま、何も答えない。
時間にして僅か数秒。だがフウの背を見つめる彼女にとって、それはとてつもなく長い時間のように思えていた。
「はぁ……」
フウはため息にも似た吐息を洩らす。そして振り返り、
「そうだよ、当たり前でしょ」
笑顔で答えた。
彼女は――フウを呼び止めたフィアは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
それを見たフウは僅かに表情を雲らせたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「あちらへ……行かれるのですか」
フィアが声を絞り出すように言った。その視線の先には白雷と綠氷が邂逅する、この非常事態のもうひとつの中心があった。
「だとしたら何? ……はあ、貴方のせいでやることが増えちゃったのだけど」
肯定の意を示したフウは、そのけだるそうな口ぶりに対し全身から殺気を滲ませる。
「…………てください」
悲愴な顔をしたフィアが、何かを小さく口にした。だがその言葉はフウの耳には届かない。
ゆるりと笑みを浮かべ蒼焰を腕に纏った白銀の少女は、軽い足取りで金色の少女の元へと歩いていく。
「貴方とはもっと話してみたかったけど、こうなってしまった以上は――」
「私の話を聞いて下さいっ!!」
フィアが叫んだ。
「――ッ!?」
その声にフウは動きを止め、驚きに目を見開いた。




