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遙星の少女は紅く舞う  作者: 秘空 命永
第一章 前編
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三話 燃やすと書いて殴ると読みます

窓の外──陽はすっかり落ちて、夜空には数多(あまた)の星が(またた)いている。

 森林の中にひっそりと建つこの家は、いつもの賑やかさからは想像も出来ない程に静まり返っていた。

 リビングではレナリアが縫い物をしており、フウとスイはそれぞれ読書に(ふけ)っている。互いに会話はなく、ミシンと紙が(めく)られる以外の音はしない。

 そんな中、フウが口を開いた。


「お母さん」

「ん?」

「お父さんはどうして、国王に呼ばれたの?」


 ミシンの音が止んだ。スイも手を止め、顔を上げる。


「フウ、もう遅いしその話はまた今度に……」

「ごまかさないで。お父さんは昔、戦争で復帰不可能な怪我をしてる。なのにどうして今になって召喚させられたの? 昨日はてっきり徴兵かと思ったけど、そこまで戦況は不利でない筈だし、今は隣国のライゼール公国に追い込みをかけている最中でしょ? ……このタイミングに徴兵、ましてハンデの大きいお父さんを呼ぶのはやっぱりおかしいよ。お母さん、まだ私たちに話してないことが何かあるんじゃないの?」

「…………」


 黙り込むレナリアを、フウとスイは静かに見つめる。


「……なさい」

「え……?」

「ごめんなさい。どうしても、今は話せないの。近いうちに必ず話すから……それまで待っていてくれる?」


 声を絞り出し、心から辛そうに表情を歪める母の顔を見るのは初めてだった。


「……分かった。おやすみなさい」


 両親が隠し事をしているのは事実。しかしとても追及する気にはなれなかったフウは、そのまま足早に部屋から出ていった。


「…………」

「母さん、僕も寝るよ。フウの言うこと……余り思い詰めないでいいからね」


 少しの間の後、自分の本とフウの置いていった本を本棚に仕舞(しま)ったスイは心配そうに母へ笑いかけ、自室へと戻っていった。

 室内が再び静寂(せいじゃく)に包まれる。

 一人残されたレナリアはゆっくりと立ち上がり、棚の引き出しから手紙を取り出した。封蝋(ふうろう)も印もない色褪(いろあ)せたそれを胸に抱き、目を(つむ)る。


「…………」


 やがて何かを決意したかのように目を開けると、(てのひら)から発生させた白炎(はくえん)に手紙をかざし燃やしていく。瞬く間に炎に包まれたそれは跡形もなく消え去ってしまい、後には燃焼の臭いと(すす)だけが残った。


「イリス、ごめんなさいっ……」 


 部屋の中に一人、嗚咽(おえつ)と共に涙を流した彼女を、夜空の月が静かに見下ろしていた。



***



 数日後。

 どどどどどどどどどどどどっ

 廊下から、恐ろしい勢いで何かが近づいてくる。


 バンッッ!!


「グッモーニンっ! お兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「…………」


 バカでかい声に朝の穏やかで快適な目覚めをぶち壊されたスイは、不機嫌そうに毛布を被り直しまだ寝ている振りをする。


「……ちっ」


 すると舌打ちが聞こえ、足音が遠ざかっていく。


(……行ったか)


 ほっと安堵のため息をついてスイが再び微睡(まどろ)み始めた、その時。


「どおぉぉぉーん!」

「ぉぶほおぉぉぉっっ!? またかあぁぁぁぁっ!!」


 一昨日の草原での悪夢を思い出す衝撃。

 助走をつけてベッドに飛び乗ってきた白い悪魔は不気味な……いや、ゲスの極みの名が相応(ふさわ)しい意地の悪い笑みを浮かべて、スイの顔から毛布を引き()がした。


「へっ、いつまで寝てんだ兄貴(あにき)よぉ。さっさと起きてきやがれぇい! それとも何ですかい? 目覚めに一発、燃さ(なぐら)れねぇと気合いが入んねぇってか? ぁあんん?」


 ちょっと待って、キャラが違いすぎる。兄貴(あにき)ってなんだ。

 というか殴るの漢字が違う。燃さ(なぐら)れるって何だろう燃さ(なぐら)れるって。

 などなど突っ込みたい所が多すぎるが、スイにそれを口に出す程の余裕は与えられなかった。

 フウはせっせとスイに馬乗りになると再び見事なゲス顔をかまし、右手に炎を造り出す。


「えええぇぇっ!?」

「へいへいへいよぉ~兄貴ぃ~どうするんでぃ? 起きるんでぃ? 燃されるんでぃ?」

「ふぐぐっ……」


 桁外れとしか言いようのないフウのバカ力で押さえつけられ、スイの身体は全く動かない。

 その間にも蒼炎(そうえん)はじりじりと迫ってきていて、色んな意味で顔が引きつる。

 いくら義理だとしても、朝っぱらから兄をこんな状況にさせて笑っていられるフウの神経は大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫な筈がないだろう。いくつか破損または欠損している筈だ。

 そんなことを思いつつスイは必死に抵抗を続ける、そしてとっておきの反撃に出るため大きく息を吸い込んだ。


「ああっ! 『アンコアゲイナリ』だ!!」


 開け放たれたままの扉を指差して叫ぶと、悪魔は瞬時に首を百八十度回転させ後ろを向いた。

 念の為もう一度言うと、百八十度回転させ後ろを向いた。フウはとうとう身体まで本物の悪魔になってしまったのだろうか。


「えっ! 本当!? どこやぁっっ!!」


 隙あり。


「ぅわあああああぁぁっ!! 危険生物予備群撤去~っ!!」


 スイは雷を(まと)った炎でフウの腕を払うと、そのままマッハスピードで廊下へつまみ出す。即刻閉めたドアノブを握り、電流を流す準備も(おこた)らない。

 ポイッと撤去……もとい部屋から追い出されたフウは閉められたドアに手を掛ける。


「アンコアゲイナリいないぞ(だま)したなぁああっ!! とっとこ出てこいこの卑怯も……っどあぁぁぁぁぁっっ!?」


 と、ドアノブを介して流されていたスイの電流がフウの全身を駆け巡る。


「こんっの……!」


 フウは負けじと歯を食い縛りドアノブを強く握ると炎を出す。金属で出来たノブはあっという間に溶けて熱を反対側へと伝え、ドアの向こう側でスイの叫び声が響いた。


「フウ!! いい加減にしなよっ!? 本気でやらないと分からないぃ!?」


 火傷(やけど)した手を(かば)い、ドアを蹴り開けたスイの顔は笑っていながらも怒りで引きつっている。


「うへへぃっ、分っかんねぇなぁぁ~? そろそろ本気で行きましょ~ぜ兄貴ぃぃ~」


 (てのひら)を電流で焦がしたフウもまた、嫌味(いやみ)ったらしい笑顔でスイを見上げた。

 (あお)白群(びゃくぐん)の炎が二人から巻き上がり始めた時──


「ふ~た~り~と~も~?」

「っあぐ」

「うげ」


 鬼の形相をしたレナリアが、二人の直ぐ側まで迫っていた。



***



 ルベルタ王国、王宮。

 玉座の間は天井が吹き抜けになっており、大理石の床の中央には赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれている。衛兵が立ち並ぶこの広い空間の中心にいるのは、二人の男性だった。

 玉座に座る国王とその目前、数人の兵に囲まれ拘束されたまま(ひざまず)く銀髪の男。

 開いていた扉が重々しい音を響かせ閉じられると、空気が張りつめるような沈黙(ちんもく)が広がった。

 その静寂(せいじゃく)の中、玉座から腰を上げた国王は(こうべ)を垂れる男性の元へ歩いていく。男を拘束していた兵らが数歩後退してから(ひざまず)き、王へ道を開けた数秒後──


「っ!?」


 鈍い衝撃音。

 国王が男の頭を踏みつけ、()いで背に(かかと)を力強く落としていた。銀髪の男は苦悶の表情で大理石の床に額を(こす)り付けられる。


「ぐぅッ……!」

「──久しいな、メドウ」


 と、国王がメドウを見下ろした。その目には憐れみや喜びといった(たぐい)の感情はなく、軽蔑(けいべつ)とも取れる憤怒(ふんど)の色が映し出されている。


「十二年前、姿を消して以来この日を待ち望んでいたものだ。同族のみでは飽き足らず我々をも裏切ろうとは、大層な忠義もあったものだな」

「申し訳っ……ございません。どのような処罰も、覚悟しています」

「『銀の民(シロガネ)』、女はどうしたのだ」


 王の側に控える宰相がメドウに問う。


(じき)に参ります。家内は病持ちのため、(いささ)か到着が遅れているものかと具申します」


 頭部を踏みつけられながらも、揺らがぬ光を携えた紫瞳に国王が眉を(ひそ)めた。


「そうか、もう良い」

「がっ……!?」


 足が離された直後、王の腕から放たれた電撃がメドウを襲う。

 通常であれば死亡してもおかしくない電圧だが、メドウは意識を失っただけだった。崩れ落ちた彼を再び兵らが拘束する。


「これを牢へ、歓迎をしてやれ。ただし殺さぬように気をつけよ」


 宰相の言葉に敬礼を返した兵達は朦朧(もうろう)とするメドウを引きずって下がっていった。


「……あれが、『銀の民(シロガネ)』でございますか。まさかとは思いましたが十二年前と少しも(たが)わぬままの姿とは」


 つい言ってしまったように宰相であるサイラスが口を開いた。以前に国王から聞いたことはあったものの、余りにも変化のない容姿に驚いたようだった。


「サイラス、余がお伽話好きだとでも思っていたか? 確かに姿は変わらぬようだが、あれはもう寿命が近かろう。ところで、首尾の方はどうだ」

「いえ、そのようなことは微塵(みじん)も。例の件は先程伝令が参りました。順調なようです」

「そうか。『銀の民』は絶滅したも同然、一筋縄では子供を出さぬだろうからな。かの帝国には今後のためにも、顔を売っておいた方が良かろう」

「はっ、此度(こたび)の状況においては(こと)に大帝への良き手土産にもなりましょう」


 国王は玉座に腰掛けると、サイラスの言葉に笑みを深めた。


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